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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
9/52

蛙の気持ち

 あぁ、もう。茂みが深すぎて、ろくに前も見えないわ。もちろん森は好きよ。でも道としては不適切よね。


「ねぇ、こんなところ、通らなきゃいけないの?」


 遠くから呼ばれているのであれば、森を避ければいいわよね。なんだってこんなところを通っているのかしら。


「いや? ただ、あっちに行こうとしているだけだぜ」


 やっぱり能天気の結果なのね。


「ハァ、ちょっとは道くらい選びなさいよね」


 遠回りしてでも街道を歩いたほうが(はる)かに速いわ。こっちは目の前が障害物で埋め尽くされているのよ。


「道ばかり歩いていると飽きないか?」


 やっぱり遊び気分なのね。飽きる飽きないの問題じゃないわ。呼ばれているほうへ進むことがあんたの目的なのよね。目的地が不明じゃ、いつまでかかるのかすらも予測できないわ。危険なところを通って大けがでもしたら、旅を続けることもできなくなっちゃうのよ。


「飽きる以前に歩くのも大変よ、ここ。視界も悪いし…… きゃ!」


 また獣が飛び掛かってきたわ。


「キャイーン」


 ふぅ。(わな)アイテムは本当に頼りになるわね。アルフと違って。


「やった肉だ」


 く。まったく、こいつときたら。


「ちょっと。まずあたしを心配しなさいよ」


 無事だったとはいえ、か弱い乙女のあたしが獣に襲われたのよ。


「おぉ。ベルタ大丈夫か」


 なによ、その棒読みのセリフは。


「遅いわよ!」


 ありえないわ。あたしが襲われるところを見て喜んでいたのよ。無論、喜んだのは、獣の肉を食べられるからだとわかっているわ。それでも喜べるような状況じゃないわよね。


「すまん。(わな)アイテムを信用していたからさ」


 無事だと確信していたということね。それでもふつうは心配をするものなのよ。人がつくるものに絶対なんてないんだからね。


「てか、どうして、あたしばっかり襲われるのよ」


 今までに襲ってきた獣は全部あたしを狙ってきたわ。全部よ。アルフが先導しているし、あたしは一番大きなガルマさんにくっついているわ。それなのに、どうしてあたしばかりを狙うのよ。配置から考えれば、あたしが狙われる可能性は低いはずよね。


「どうしてって…… 肉だから?」


 アルフの表現はいちいち頭にくるわね。おそらく、わざと怒らせようとしているわけではないと思うわ。天然だろうから一層始末が悪いのよね。


「誰が肉よ」


 誰だって肉くらいはついているわ。あたしだけが狙われる理由を知りたいのよ。


「いや、襲うのは肉を食いたいからだろ? ベルタが一番うまそうな肉なんじゃねぇの?」


 ……まぁアルフは食べるところが少なそうだし、ガルマさんは、そもそも食べられそうにないわよね。一応筋は通っているわ。でもそれじゃぁ今後もずっと、あたしが狙われ続けるしかないのかしら。そんなのは理不尽よ。


「ここでは視界も利かぬし、おそらくはにおいであろうな」


 うぇ。においですか。あたしはにおうのかしら。今はそうかもしれないわね。こんなに歩きづらい森の中で、荷物をいっぱい背負っているんだもの。さすがにどうしても汗はかいちゃうのよね。


「おぉ。俺もベルタのにおいは好きだぞ」


 ぶ。またこいつは恥ずかしいセリフを平然と吐くわね。


「ちょ、変なことを言い出さないでよ」


 参ったわ。好きってことは、アルフにもわかるほどに、においが強くなっているってことよね。草花のにおいが濃い、森の中であるにもかかわらずよ。困ったわね。こんな状況じゃ、いくら汗を拭っても服にしみ込んじゃっているし、どうしようもないわよ。


「町で香料アイテムでも買っておけばよかったかしら」


 汗のにおいをごまかす目的としては使えそうよ。少量ならいい香りなんだしね。


「それは俺が死ぬ」


 あんたが気絶したのは覚えているわよ。でもあたしだって、あそこまでくさくする気はないわ。


「殺さないわよ! 獣に狙われない程度になら大丈夫よ、きっと」


 むしろ、においを強くすれば獣も逃げ出すかもしれないわよ。あたしたちよりもにおいに敏感でしょうしね。


「ではベルタのにおいを分析・強化して、我から発散してみるか」


 へ? 今なんと……


「おぉ! そんなことができるんだ」


 えーと。あたしの、においを、分析……


「や・め・て・く・だ・さ・い! いろいろ恥ずかしすぎます!」


 ありえないわ。嗅がれるだけでも恥ずかしいのに、分析ってなによ。そのうえ強化ですって。さらには発散って、どんな羞恥プレイですか。そんなのは絶対にダメよ。獣に襲われ続けるほうがよっぽどマシだわ。


「恥ずかしさとやらは、獣に襲われる恐怖にも勝るのだな」


 死んだほうがマシだと思えることすらありますよ。


「そうですよね。ガルマさんには恥ずかしいことなんてないでしょうし、気づかれなくても仕方がないかしら」


 食事が不要とおっしゃっていたし、恐らくは排泄(はいせつ)すらもなされないのよね。実際に今までもそんな様子はなかったもの。


「俺もないぞ」


 ハァ。あんたは恥ずかしいことだらけだわ。ガルマさんと一緒にしないでよ。


「あんたは、無知とか能天気とかデリカシーのなさを恥じなさい!」


 あんたにないのは自覚よ。恥を恥として認識もしないんじゃ治しようがないわよね。


「えー」


 えー、じゃないわよ。どうしていつもあんたの言動で、あたしが恥ずかしい思いをしなくちゃいけないのかしら。あんたの恥ずかしい言動は、あたしのせいじゃないのよ。少しは自覚をしてよね。


「ではアルフのにおいでやってみるか。強化すれば効果があるやも知れぬ」

「おぉ!」


 あら。それならアルフ当人も喜んでいるみたいだし、問題はないのかしらね。


「それなら、ありがたいかもです」


 あ。ガルマさんに力を使っていただくのは、まずかったかしら。

 いや、ゆっくり調整できるなら加減も容易だとおっしゃっていたわよね。きっと大丈夫よ。そもそも、破壊や攻撃じゃないものね。


「これで様子をみてみるか」


 もう終わったのね。何事も起きなくてよかったわ。


「よくわかんねぇな?」


 今はガルマさんから、アルフのにおいを発散しているってことよね。アルフがわからないというのは、自分自身のにおいだからなのかしら。どれどれ。


「たしかに、アルフのにおいを強くした感じはするわね」


 強いといっても、意識して嗅がないとわからない程度よ。こんなに緑のにおいが濃い森の中で、遠くから嗅ぎ分けられるとしたらすごいわ。


「ベルタのにおいを少し上まわる程度の濃度に調整してみた。獣にとってうまそうかはわからぬがな」


 ぐ。あたしのにおいも分析されていたのね。それはしてほしくなかったですよ。


 きゃ。また獣が襲ってきたわ。


「キャイーン」


 あたしじゃなくて、ガルマさんに向かっていたわね。効果は抜群だわ。


「やはり、においであったようだな」


 うんうん。お見事ですよ。


「ガルマさんがいて本当によかったわ」


 あたしのにおいの分析さえなければ最高でしたよ……


「でもどうしよ。こんなに食いきれねぇぞ」


 またこいつは。本当に食べることしか考えていないわね。


「全部食べなくてもいいのよ! 捕らえただけだし放してあげなさいよ」


 殺しちゃったのならともかく、無傷で捕らえただけなのよ。無理に食べる必要なんてどこにもないわ。


「おぉ!」


 あら。素直に放しているわ。食べることに固執するわけでもないのね。


「お主を襲う獣を放すのか」


 え。言われてみれば、おかしいのかしら。でもねぇ。


「そりゃ襲われたくはないですよ。でも獣だって生きるために、必死なのはわかりますしね」


 あたしが憎くて襲ってきたわけじゃないのよね。ほかの獲物を探してくれればそれでいいのよ。

 食物連鎖は自然のおきてだものね。獣も、自然を構成するうえでは大切な一員だわ。草食動物ばかりが増え過ぎたら森が枯れてしまいかねないものね。どの種も、不必要に減らさずに維持することが大切なはずよ。


「やはりお主はおもしろいな」


 おもしろい? 大願のお話のときにもおっしゃっていたわね。でもガルマさんがおもしろいと思われるポイントがわからないわ。おもしろいことなんて言った覚えはないわよ。


「変ですか?」


 襲ってきた獣はすべて殺すことが正しいとでもおっしゃるのかしら。たしかにそれで再び襲われる可能性はなくなるわ。でもふつうは放したところで、再び襲ってきたりはしないのよね。敵わないと学んで逃げるようになるわ。不必要に殺しちゃう意義があるとは思えないのよね。


「いや。ただお主は、世界のあり様を正しく認識しておるようだ。欲望が『調和の維持』に傾いておる」


 んー? 世界のあり様? 調和の維持?

 正しく認識しているとおっしゃりながらも、傾いているとおっしゃっているわね。さーっぱりわからないわ。


「傾いているなら直さないとダメなのですかね」


 自分でわからないものは指摘していただくしかないわ。


「そうではない。好ましい方向に傾いておるぞ」


 あら。傾いていてもいいのね。


「へぇ。ならよかったです」


 なんのことかはわからないままよ。でも好ましいとおっしゃるのであれば気にしなくてもいいわよね。

 ただ、ガルマさんが口にされるくらいだから、なんらかの大きな意味はあるはずだわ。覚えてはおかなきゃね。


「きたー!」


 ん? アルフったらなにを喜んでいるのかしら。こんなところになにがきたというのよ。


「どうかしたの?」


 よいしょ。茂みが深すぎて、すぐそこにいても近づくだけで大変よね、ここは。


「広場になっている。飯にしようぜ」


 あぁ。たしかにこの茂みの中では火なんて使えないものね。食事の場所を探していたんだわ。まぁあたしも茂みからは抜け出したかったからちょうどいいわね。


「はいはい…… って、なにあれ?」


 広場の中央あたりかしら。ピラミッドのような大きな黒い塊が見えるわ。こんな深い森の中にポツンと建造物だなんて不自然よね。


「なんだろ。でっかい○○○?」


 ……比喩するにも対象を選びなさいよ。


「下品ねあんたは! え、とぐろ巻いた形って、大蛇?」


 ちょー! 気づかれたわ。こっちを向いて鎌首をもたげているわよ。間違いなく大蛇だわ。


「ひ、ちょっとでかすぎよ。(わな)アイテムじゃ吹き飛ばされるというか、丸ごと()まれそうだわ」


 先日、町に入り込んだ怪獣みたいな化け物すらをも()み込んじゃうと思えるわ。大きいにもほどがあるわね。なにを食べたらあんなに育つというのよ。


 走って逃げるべきかしら。いや、無理無理。

 普通の蛇ですら移動速度は半端ないわ。あの大きさじゃ平地を全力で走って逃げてもすぐに追いつかれるわよ。

 茂みに逃げれば…… いや、それはむしろ蛇のほうが有利よね。蛇は木の上ですらも登ってくるわ。あの大きさじゃ登る必要すらなさそうよ。

 たしか蛇は温度で獲物を察知するとか聞いたわね。……子どもで女性なうえに肉量も多いあたしが、一番高温で狙われやすいのかもしれないわ。今回はガルマさんに向かってはくれないわよね。いや、向かわれても困るんだったわ。戦っていただくわけにはいかないものね。


「うーん。ついに俺が食われる番になっちまったか」


 またなにバカを言い出すのよこいつは。


「諦めが早すぎるわよ、あんた! かなりムダ足になっちゃうとしても瞬間帰還器で戻るわよ」


 またこの森を歩きなおすのは正直にいってつらいわ。でも命には代えられないわよね。いや、次は森を避ければいいのよ。どうせここは通れないんだしね。


「ふむ。食われるというのも手か」


 ぶ。前にお願いしましたよね? アルフに合わせるなんてやめてくださいよ。


「ガルマさんまでなにをおっしゃっているんですかー」


 そんなのは全然、手じゃないですよ。食べられる意義がどこにあるというのですか。ガルマさんは食べられても平気なのかもしれませんが、あたしたちは食べられたら死んじゃうんですよ。


「アルフが食われる選択をした。なら死なぬように、結界を張って食われてみてもよかろう」


 結界? あぁ、小石を砕かれたときに、あたしたちを護ってくれていた玉のことかしら。あれならたしかに、食べられても死ぬ心配はしなくてよさそうね。って、そういう問題だけじゃないですよ。


「いやいや。死なないからって、食べられなくてもいいじゃないですか。戻りましょうよ」


 ん? 急に暗くなったわね。厚い雲なんてあったかしら……


「え……」


 そっか。蛇って音もたてずに移動できるんだったわ。まさか話している間に密接されちゃうなんてね。

 近くで見ると一層大きく感じるわ。真上から見下ろしているのね。どこにも逃げ場はありませんよ、と。

 蛇に(にら)まれた(かえる)って、きっとこういう気持ちなのね。動きようがないわ。

 アルフもガルマさんも食べられる気で満々だし、ここはいったん食べられるしかないのかしら。

 でも蛇の内臓なんて見たくないわよ。消化器官の中なんて、どろどろに溶かされた動物の死骸だらけよね、きっと。

 蛇は獲物を丸()みするから、原形をとどめている可能性が高いわ。溶かされながらも、まだ動いているのかもしれないわね。そんなのグロいわよ。自然のホラーだわ。なにが悲しくてそんなものを見にいかなきゃいけないのよ。

 ていうか、まさか排泄(はいせつ)されるまで、蛇の体内に居座る気じゃないわよね。結界に護られているとしても、排泄(はいせつ)物にまみれるなんて、もっといやよ。

 あたしは旅をしたかっただけだわ。こんなの旅じゃないわよ。アルフは旅に出るって言ったわよね。だからついてきたのよ。(だま)されたわ。詐欺よね。拷問でしかないわよ。

 あぁ、もう、どうすればいいのかしら。


「食事なら滝の下のほとりがよいのではないか、と言っておるがどうする?」

「おぉ!」

「……は?」


 ガルマさん、なにをおっしゃっているのですか。今まさに食べられようとしているときに、滝の下もなにも…… 聞き間違いかしら。


「こやつはこの森の主らしい。我に気づいて挨拶にきたそうだ」

「行こうぜ! 食った後で泳げるかも」

「あ、あはは」


 ち、力が抜けたわ。

 食事って、あたしが食べられるわけじゃないのね。


 ハァ。まぁこれで一件落着……

 て、目の前になにか――


「ひぃ!」


 どうして目の前に蛇の顔があるのよ。どうしてあたしに舌を伸ばしているのよ。やっぱり食べられるのかしら。油断させておいて食べる気だったのかしら。


「頭に乗れと言っておる。運んでくれるそうだ」


 そ、そういう意図でしたか。悪気はないのでしょうね。でも怖すぎですわ。目玉だけでもあたしよりも大きいんですよ。腰が抜け…… てはいないわね。よし。


「おぉ! いっちばーん」


 アルフったら恐怖心がないのかしら。いや、そんなことはないわよね。あたしが怒ったときには(おび)えて見えるもの。

 大蛇には襲われないという根拠でもあるのかしら。いや、それも違うわよね。最初は食べられようとしていたし、そのときも(おび)えては見えなかったわ。

 わっかんないわね。とにかく今は蛇の頭に乗せてもらうしかないかしら。


 はい乗りましたよ。とぉぉおおおおお、高い高い高い! 速い速い速い! この高さと速さで頭を振らないで~。


「たっけー! はっえー! すんげぇ景色ー!」


 アルフは随分と余裕ね。


「はしゃぐと危ないわよ。この高さも速度も、落ちたらやばそうよ」


 いくら能天気でも恐怖心くらいは持ってほしいわね。

 それはさておき、まさかこんな展開になるとは思わなかったわ。


「ガルマさんて、大蛇とも話せるのですね」


 お陰で本当に助かりましたわ。話すといっても言葉ではないわよね。あたしにはなにも聞こえなかったもの。


「意思あるものであれば誰とでも疎通は可能だ。話になるかは理性次第だな」


 疎通…… ね。ガルマさんの感情が雰囲気でわかる気がするのもそれなのかしら。

 いや、違うわね。滝がどうのなんて説明は雰囲気じゃできないもの。言葉でも拳でもないとすると、またガルマさんの不思議な力なのでしょうね。

 まぁ、いまさらガルマさんがなにをなされたところで驚くことはないわ。驚くべきは大蛇のほうよね。


「理性の強い大蛇ですか」


 襲ってもこず、逃げもせず、挨拶にくるだなんて、たしかに理性なくしてはありえないわね。でも蛇に理性だなんて聞いたこともなかったわ。


「人にはわからぬか。強弱や質の差はあれ、意思をもつものには理性や知性がある」


 この蛇に限っていえばわかりますよ。でも意思を持つものとなると、虫も含まれるのですよね。逃げたり襲ったり、判断しながら行動しているわけですし。


「えぇ。家畜とか、なついてくれる動物なら感じるのですが、蛇にあるとは思いませんでした」


 この蛇にしても、ガルマさんがいなければ絶対にわからなかったわよ。あたしが疎通できるとしても、それを知る前に速攻で逃げていたわ。


「小型の蛇であれば寿命も短い。もともとの理性が弱いゆえ、強くなる前に土に還るのであろう」


 あぁ。人も赤ちゃんのときに理性はないわね。認識できるほどの理性をもつには時間がかかるということですか。そっか、種の問題というよりも寿命の問題だったのね。


 ぐほ。止まるときの慣性もおっそろしいわね。てぇえええええ、頭を上げるときよりも下げるときのほうが怖いわ。降りるというよりも落ちている気分よ。

 んじゃ頭から降りるわね。よいしょと。って、降りたとたんに行っちゃったわ。あたしにもお話ができたらよかったのにね。せめてお礼は言いたかったわ。

 で、滝の下のほとりとおっしゃっていたわよね。でもここも茂みの中よ。ん~、あ、こっちから水の音がするわ。どっこらせっと。


「うわぁ。ステキなところですね。さっきまで、あたしが食事になりかけていたのがうそみたい」


 すっごいきれいよ。最高の景観だわ。おまけに涼しい風が気持ちいいわね。食事には、まさに最適なスポットよここは。


「おぉ! 飯にしようぜ」


 うんうん。さっき襲ってきた獣の肉がた~っぷりあるものね。焼けるまで、あたしはどうしようかしら。


「水も補給しておけるわね。服も洗っておくわよ。水浴びもいいわね」


 そうよ、においをどうにかしたかったのよ。食事よりも、この水辺は今のあたしに重要なものだわ。大蛇さん、本当にありがとう!


「飯……」


 へ? 焼肉はあんたの大好物よね。なにをいじけているのかしら。


「ガルマさんが、さっきの獣の肉を焼いてくれているわよ」


 飯って、まさか文字通りにご飯を食べたいのかしら。アルフに限ってそんなわけがないわよね。


「おぉ!」


 あら、喜んだわ。今まで焼肉に気づいていなかったのかしら。妙ね。


「アルフがにおいに気づかないなんて、どうしたのよ」


 隠していたって気づくほどに、食べものには鼻が利いていたのよ。さっきは、あたしの汗のにおいにすらも気づいていたのよね。それなのに、これだけ香ばしいにおいが流れてきているのに気づかないだなんてどういうことよ。


「これ嗅いでた! ベルタにやる」


 ……お花だわ。アルフが花の香りにひかれるなんてね。これはこれで別の驚きだわ。どれどれ。


「え、すごくいい香りのするお花だわ。アルフにしてはやるわね。髪に飾っちゃお」


 温度で香りが濃くなるのかしら。手で茎を持っていたときには、鼻を花弁に近づけないとわからない程度だったのよ。それが髪に挿している今では、香りが周囲に漂っているみたいだわ。濃いといっても、先日の香料とは違っていい香りよ。使っている間だけ香りが濃くなるなんて、アクセサリーとしても秀逸だわ。

 それにしてもお花を贈るなんて、アルフも少しは成長したわね。無論、むやみに摘んでほしくはないわよ。それでも贈ろうとしてくれる気持ちは(うれ)しいわ。


「おぉ! 食えるかなと思ったけれども、まずかったからもう要らない」


 ……結局食欲だったのね。


「あんたを見なおした、あたしがバカだったわ」


 肉も焼けたようだわ。あたしもたっぷりとごちそうになるわよ。やっぱり食べられるよりも食べるほうよね。


――食事をとって休息を終えた。


 あぁ~有意義な休息だったわ。食事のたびにこんな場所が現れてくれれば、においを気にしなくてもすむのにね。でも現実は厳しいわ。ここまですばらしい場所は二度と見つからないかもね。かといって、ここに居座っていても仕方がないし、出発しますか。


 さぁ再び森へ突入よ。ってぇ! また獣があたしを襲うようになっているわ。どういうことよ。ガルマさんはアルフのにおいを強くしたままだわ。それに、あたしは服も身体も洗って、においを落としたのよ。それなのに、あ~ん、もう、わ・か・ん・な・い!


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