おまけ:運を運ぶ運
妖精さんの数がすごいわ。妖精さんには身体があるから、踏まないように気を付ける必要があるのよね。当たるだけでも危険だと思うわ。見るからに弱弱しい身体だものね。あたしが衝撃を精いっぱい抑えたつもりでも、妖精さんにとってはすごく痛いのかもしれないのよ。
今のところは、宙を舞う妖精さんが身体に当たった感触はないわ。とはいえ、いつ当たってもおかしくはないほどに周囲を舞っているのよね。微笑ましい光景とは裏腹に心配だわ。
「これだけ小さい妖精が大量に飛んでいると、口の中に入って飲みこんでしまいそうだな」
呼吸で鼻から吸いこむほどには小さくないわ。とはいえ、もし喉に突っこんできたなら飲みこみそうに思えるわね。
ガーゴ様の感覚で、妖精さんの動きを観測してみようかしら。
「それはないと思うわ。でも、気をつけたほうがいいわね」
妖精さんたちは微力とはいえ、ぶつからないように風を操作しているみたいよ。おそらくは心配をしなくても大丈夫ね。
「食べたらシルフの眷属になれたりしてな」
食べるだけで…… シルフ様の眷属に……
い、いや、ありえないわ。眷属を決めるのは主となる側なのよ。バカバカしいわね。
とはいえ、妖精さんは特殊な存在よ。ふつうの食物連鎖とは同列に考えられないかもしれないわ。
もしかしたら…… いや、まさかそんな。でも…… そうよ、試しに―― いやいやいや。
「そんな…… わけが…… ないで…… しょ?」
「真に受けてんじゃねー。絶対に眷属になれたりはしないって。食うんじゃねぇぞ」
ハ。
わかっているわよ。食物連鎖で眷属になれるわけがないわよね。
食欲しかないようなあんたから、食うなだなんて言われるのは心外よ。
「と、当然だわ。食べる気なんて微塵もなかったわよ」
人は竜の眷属だと聞かされて満足していたわ。とはいえ、シルフ様の眷属にもなれるとしたなら、やっぱりなりたいと思うわよ。
「どうしても四大元素精霊の眷属になりたいというのであれば、お主の場合は風より水であろうな」
「そういえば。あたしが水属性と相性のいい資質とは、ガーゴ様も言っておられましたね」
ガルマさんが助言してくださるということは、ウンディーネ様から眷属にしていただける見込みがあるのかしら。もしそうなのだとしたら、今すぐにでも――
「ウンディーネの眷属になれば、ノームからは避けられるかも知れぬがな」
ぶ。ノーム様のほうから避けられるですって?
冗談じゃないわ。現状ではノーム様が、最もお目通りしやすい四大元素精霊様なのよ。
「えぇ? まさか、おふた方の仲が悪いのですか」
そういえば四大元素精霊様方は、各々が離れた位置で活動しておられるわね。
「相変わらず、そういうところは疎いな。地は水に浸食されるのだ」
「あ。エルフとノーム様のような関係があるのですか」
エルフがノーム様を避ける件は覚えてはいるわよ。でも、四大元素精霊様方までが影響を受けてしまわれるとは思っていなかったわ。
「水は火で気化され、火は風を絶たれれば燃え盛れぬ」
「相克ってやつですか。習いましたよ。でも…… 逆ですよね? 火は水に消されますよね」
実例を示されながら学んだのよ。間違っているとは思いがたいわ。
とはいえ、ガルマさんのお言葉とは正反対なのよ。どういうことかしら。
「それは相克ではなく、量のバランス問題だ。精霊であるガーゴに対しても、精霊使いは無力であったろう」
相性が悪くても、量で優劣を逆転させることはできるのね。
それはさておき、教育されてきたことをガルマさんが明確に否定なされたわ。
「えぇ? あたしたちは間違ったことを教えられてきたのですか」
「エルフがノームを避けている時点で察せよ」
これも固定観念として刷りこまれていたのだわ。
固定観念の問題は認識していたのよ。それなのに、地と風の関係を聞いたときに気づけなかったことが悔しいわ。
とはいえ、そもそもよ。間違った教育をするほうが悪いのよね。あたしのせいじゃないわ。
「どうして人は正反対の解釈なんてしたのかな…… 四大元素なんて日常的に接しているのに」
人には四大元素の量を比較する術がないから、わからなかったということかしら。
「それが人というものだ」
「うぅ」
そうよね。人に与えられた感覚が五感のみであるために、人は五感だけで判断しようとするわ。
昔の人は、地を中心に天が回転していると思いこんで疑わなかったらしいものね。
人は当然のように正反対の解釈をするものとみなされているようだわ。
「でもちょっと待ってください。量で逆転するのであれば、あたしもノーム様に避けられないのでは」
エルフがノーム様を避けるとはいえ、イフリート様がエルフを避けられるとは思いがたいわ。
ただの人であるあたしを、ウンディーネ様の眷属にしていただいたところで、ノーム様からしてみれば誤差の力でしかないはずなのよ。
「それくらいは察せよ」
「うーん…… やっぱり大丈夫ってことですよね」
考え直してみても、問題が思い当たらないわ。
いかにあたしが水属性と相性のいい資質とはいえ、四大元素精霊たるノーム様の脅威にはなりえないわよ。
おそらくはあたしの能力が、シルフ様の眷属であるエルフ並みになるということよね。それなら、ひと回り大きくなるだけということだわ。明らかに誤差よ。
「やれやれ。ガーゴは最上位の精霊だ。ティアラで力も増しておる。さらにお主が眷属となるのだぞ」
「え…… まさか」
だって。あたしを眷属にしていただくだけなのよ。ティアラもガーゴ様にも影響は――
「察せよ」
「水の力が大集合ってやつだな。いや単に集合じゃなくて、補完して増幅する関係にあるのか」
増幅? 眷属の力が、あたしにたされるだけでは、すまないというのよね。
そうだわ。ティアラとガーゴ様は、あたしの生命力を活用しておられるのよね。あたしが強くなれば、ティアラとガーゴ様の能力も比例して増大されるのよ。ノーム様にとってすらも脅威となるような、水属性の力場を生じてしまうのだわ。
「四大元素が同居しながらも、相克で避けあっている世界って、なにか哀しいですね」
四大元素精霊様方が協力しあって、世界を支えておられるのだと認識していたわ。それが現実には避けあっていただなんて、信じたくはないお話よ。
「単独で完璧であれば協調せぬであろう。調和を保つには、長所と短所のバランスが重要になる」
「そっか。相克と一緒に習った、相生が絡むのですね」
単独では解決できない問題があるからこそ、他者の協力が必要になるのよ。
その問題をつくりだしたり、協力手段を提供するのが、相克であり相生なのよね。
調和を維持するうえでは、どちらも欠かせない要素なのよ。
「うむ。そもそも四大元素の相克は、状況に応じて量で覆せる程度に軽い」
協力関係を必須にすると、状況によっては詰んでしまいかねないわ。
相克の程度は、慎重に検討された結果だということなのね。
「量では覆せない相克もあるのですか」
今のおっしゃり方だと、ありそうよね。
あるとしたら、特定の相手には無敵になれそうよ。
「たとえば霊に物理攻撃は効かぬであろう」
「あー。なるほど」
霊で思い出したわ。
なれるのかどうかすらもわからない眷属の相克に悩むよりも、先に片づけるべき課題があったわね。
「……驕りを気にしすぎることも問題かぁ」
「どうした突然。相克の話をしていたんじゃないのか」
脈絡がなさすぎたわね。アルフの意見も聞きたいし、説明をしておくべきかしら。
「霊と聞かされて、塔の守護精霊様を思いだしてさ。あんたが言わなきゃ祓いに行かなかったのよね」
「まぁ俺が先導する旅だし、それはいいんじゃねぇの」
驕りを恐れて、塔を避けて邪霊も祓わないつもりだったのよ。それなのに、今となっては祓ったことが正解だったと思えるわ。
つまりは避けようと判断したことが失敗だったということなのよ。
「麒麟様の件以来、驕りが怖くて注意していたのよね。でも、塔の件は避けるべきじゃなかったかしらと」
「かもな」
ぐぬ。
それとなくアドバイスを求めたつもりなのに軽く流されたわ。
「でも驕りかどうかなんて、どうやって事前に判断すればいいのやら」
「ガルマさんに聞けば1発じゃん」
間違ってはいないわ。とはいえ納得するわけにはいかないのよね。
「それはダメよ。自分で考えて行動することに意義があるのよ」
麒麟様に裁かれる村の件で、痛いほどにわかったわ。あたしが村人を説得して助けても、より悪い未来しか残らなかったのよ。村人が自身の行動を省みて、考えて理解して行動しなければ、村の未来は閉ざされたままなのよね。
あたしも進化を目指す以上は、驕りかどうかを判断する力があたし自身に必要だと思うのよ。いちいちガルマさんにお伺いしていては成長を望めないわ。
「だったら失敗も覚悟するっきゃねぇな」
「あたしが困る程度の失敗ですむならいいわねぇ。でも、既に未来の人たちまで巻きこんじゃっているし」
麒麟様のときのような過ちだけは、なんとしても避けねばならないのよ。
「驕りねぇ。実際問題になったのは麒麟の件くらいだよな」
麒麟様の件がダントツに重いわね。とはいえ、それだけじゃないわ。
「蛇もそうかしら。ウンディーネ様のティアラがなかったら、あたしは死んでいたわ」
「マアマがいる時点でそれはなかっただろうけれども。まぁ驕りといえば驕りか」
見られただけで石化することを想定して警戒しろ、というのは実質的に無理だったと思うわ。
でも、危険な存在であることをあらかじめ知っていたにもかかわらずに、手にとってしまったことは驕りでしかないのよ。
「隣国の王様を捕縛しちゃった件もかしら。どれも結果オーライではあったとはいえ」
「おぉ。思い返せば次々に出てくる感じか」
何者であろうとも、無抵抗状態にした後は王様に任せればいいと思いこんで、確認もしなかったことは驕りだったわ。
「気にしすぎなくらいに気をつけていても、たりなかったりしているのよね。むずかしいわ」
気にしても気にしなくてもダメなら、どうすればいいのかしら。
「簡単だったら誰も苦労しないだろ。考えた末に、やりたいと思ったことだったら、やればいいと思うぞ俺は」
「驕りになると結論していてもってこと?」
麒麟様の教訓を活かさないというのかしら。ありえないわ。
「そりゃ確定しているんだったらやめたほうがいいさ。麒麟のときも、ガルマさんが神獣の裁きだって言っていたし」
「考えるだけじゃダメなときは、ガルマさんなら教えてくださるか」
麒麟様の裁きについては、事前に説明を受けていたわ。
そのうえで判断を誤ったからこその驕りだったのよ。
ガルマさんのお言葉のような、確定した情報を考慮するという前提であれば、好きにやれと言っているのね。
「どうしても答えが出ないときはさ。極論で考えればいいと思うぞ」
「極論?」
この顔は、能天気の秘訣を伝授してくれるときの顔よ。期待できるわ。
「条件によって良し悪しが変わるようなことを、条件不明な状態で決められるわけがねぇ。悩むのはムダだ」
「そうよね。で? 驕りを極論するとどうなるの」
驕りを気にするか気にしないか、今のあたしには決めようがないわ。それはアルフの言うとおりで、条件が不明だからよ。未来なんて見えないからだわ。
麒麟様の件にしても、現状のままではあたしの失敗よ。でも、進化を果たす条件を満たせば成功につながりえることがわかったのよね。
条件がわからなければ選べないのに、わからない状態で選ばなければならない、なんてジレンマに陥っていたのよ。まさに聞きたかった話だわ。
「なにもしなければ驕りにはならん。なんかをすれば驕りになるかもしれない。だったらどっちを取るかだ」
「……驕りにつながるかもしれないことの、すべてから逃げようとすれば前者になるってことか」
今まで意図的に驕ったことなどないわ。
驕りにつながるかどうかを、幾ら考えたところで、正解なんて導き出せてはいないということよ。
驕りを完全に排除したいというのであれば、なにもしないという選択肢以外は残らないという極論ね。
「なにもせずに、お前が目指す進化にたどり着けるのかってことだな」
答えは考えるまでもない、ということね。
「そう考えるのかぁ。うーん。驕りが明確でないときは、好きなようにやれってことなのね」
「やりたいことを決めたら、影響と副作用くらいは考えるべきだと思うけれどもな」
悩みが吹っ切れたわ。最高の気分よ。
やりたくても無理に我慢していた状況から脱せられそうだわ。嬉しいこと、このうえないわね。
「ありがと。今までのケースに当てはめて考えてみるわ」
「ほどほどにな」
驕りを恐れて回避していた過去のケースを思い返して、回避していなければどうなっていたかを考えてみるわ。
「お。なんか1匹だけ色違いがいるぞ。赤い光を放っているのが混じっているな。とりゃ」
「え。それ妖精さんじゃないわよ」
もう捕らえているわ。考えこんでいたから反応が遅れたわね。
「なんだこりゃ。でかいねずみ? うさぎ? 額に赤い宝石みたいなのがついているな」
見たことのない動物だわ。
額に角がある動物なら珍しくもないわよ。でも、光る宝石だなんて思い当たらないわ。
「あはは。あたしと色違いね」
あたしもティアラを外せない状況なのよ。似た者同士といえるのかもしれないわ。
「なんだこいつ全然動かないな。じっとベルタを見ているのか」
捕らえられても、逃れようと暴れたりはしていないわね。
「貸して貸して。可愛い子だわ」
モーニングスターのトゲトゲが当たらないように、柄にしがみつかせてっと。
「きゃー。もっふもふ。やっぱり触り心地は、妖精さんより毛並みのいい動物ね」
うーん、最っ高。それにしても動かないわね。いまだにあたしを見据えたままだわ。
「おや。先を越されたか。御見事です」
あら、エルフよ。目の前に転移してきて拍手をしているわ。
「はい? この子を探していたのですか。あたしたちは、たまたま見かけただけなのでお譲りしますよ」
目的はさておき、邪な気持ちのない方が探していたのよね。ならば譲るべきだわ。
「いや。そいつを捕らえると幸運が訪れるって言い伝えがあってね。捕らえては放すゲームなんだ」
あら、受け取りを拒まれたわ。
「言い伝えねぇ。実際に誰かが幸せになれたのか」
あぁ。不死鳥の尾羽のお話を思いだしたのね。
気持ちはわかるわ。エルフが話す言い伝えとやらは、どうにも眉唾な感じを否めないのよね。
そもそも幸運なんて見えるものではないわ。胡散臭いといわざるをえないわね。
「さて。ここ数千年は捕らえた者がいなかったようだし。僕が見かけたのだって、いつ以来やら」
「へ」
数千年もですって? アルフは簡単に捕らえたわよ。
ほとんど動かないような動物を、数千年の間に誰も捕らえることができなかったというのは理解しがたいわ。
しかもよ。幸運が訪れるとまで言われる動物であるにもかかわらず、敏捷特化ともいえるエルフが捕らえられなかったと言うのだから、なおのことだわ。
「君たちすごいね。そいつはすごく臆病ですばやいから、捕らえることは至難の業なのに」
臆病? すばやい? なんの冗談かしら。
「いや。こっちをボケっと見ていたから、近づいて捕まえただけだぞ」
もしかしたら、エルフが言っている動物とは、似ているだけで別の種なのかしら。でも額に宝石がある動物なんて聞いたこともなかったのよ。そう何種もはいないわよね。
「そっちを見ていた? ははは。もしかしたら、お嬢ちゃんを仲間だと思ったのかな」
本気で納得しているみたいよ。満足そうに頷いるわ。
「えー。全然外見が違いますし、宝石の色も違いますよ」
「そうだね。でも色を区別できるかは動物によるし、外見で判断するかもまた然り。わかんないよ~?」
笑顔とはいえ、真面目に解説してくれているわよね。
たしかに、においや音で判断している可能性もあるわ。とはいえ、視覚によらないのであれば、あたしを仲間だと思う要素もなさそうよ。となると同じなのは、宝石が発光しているかどうかくらいかしら。
……可愛い顔で、じっとあたしを見つめているわね。身体からは完全に力を抜いているみたいよ。安心しきって、あたしの腕に身をゆだねているようだわ。あたしを好意的に特別視していることについては、間違いがなさそうかしら。
「そうなの?」
「きゅ?」
あたしに合わせて首をかしげたわ。初めて動きをみせたわね。でも、言葉を理解したという感じではなさそうだわ。
「ははは。お似合いだね。君たちには最高の幸運が訪れるかもね。ではグッドラック」
遠くへ転移したわ。この子の説明にお礼を言い損ねたわね。
「運か。たしかに欲しい力ではあるが、お前はもともと強運だよな」
大願を果たすうえで必要であると、竜神様がお認めになるほどの力よ。
エルフの言い伝えが事実であれば嬉しい話ね。とはいえ信憑性はまるでないのよ。
「捕まえたのはアルフだわ。それに運は、誰にも制御できないんですよね」
エルフの言い伝えとやらを真に受けることはできないわ。制御できないものを動物が運ぶだなんてありえないわよ。
そうですよね、ガルマさん――
「う…… うむ……」
「どうかされました?」
予想外ね。ガルマさんが歯切れの悪い、妙な反応をされたわ。
「もしも、運そのものに意思があるとすれば別だ」
「はぁ?」
またわけのわからないことをおっしゃりだしたわ。
いや。
運は力だと学んだわね。
ガルマさんが竜力に宿った意思であられるならば、運の力にも意思が宿っている可能性があるということなのよ。
とはいえそれは、竜神様にすらも認識されていないことなのよね。
「マアマよ。どう思う」
「うーん」
「そうか。やはりな」
真剣な様子で聞いていたアルフがずっこけたわ。
「いや、今の会話でなにがわかるんだよ。うーんってダジャレじゃねぇのかよ」
「あはははは」
「経験豊富なマアマですらわからぬ、ということがわかったのだ」
言葉を使わずに、意思疎通を図られていたわけではなかったのね。
「もしかして、本当にこの子から運の力を感じたのですか?」
エルフの言い伝えが事実だったということよね。
ただの、おまじないの類としか思えなかったわ。
「現れた瞬間にな」
「現れた瞬間にだけということですか? アルフが捕らえる前ということなのですよね」
言い伝えでは、捕らえると幸運が訪れるというお話だったわ。
捕らえる前に消えてしまうのでは、捕らえる意味がないはずよ。
「うむ。そやつはお主と対峙するように現れて、お主に見入っておった。が、運の力はすぐに消えた」
「まさか本当に仲間だと思われちゃったのかしら。それでその消えた運はどこへ」
この子にたまたま出会えたのも、運の力なのかしら。それで運が尽きちゃったのかしらね。
「まさに消えたのだ。少なくともこの世界には存在しない。移動したとすれば高位の次元か」
「なんだ。捕らえると幸運になるわけではないのですね」
やっぱりエルフの言い伝えというのはアテにならないのだわ。
「わからぬ。運の力は、ふつうは突発的に現れて行使される。動物についてきて、そのまま消えるなど……」
「ガルマさんですら、わからないのですか。運の力って本当に不思議ですね」
アルフが幸運を授かった可能性もあるということなのかしら。
「今の話だとさ。捕まえた人に幸運が訪れるんじゃなくて、幸運を与えたい人にわざと捕まるってことか」
「可能性はある」
運が自らの意思で、運を運んでいるかもしれないということね。
「へぇ。幸運を運んできてくれたのかもか。ありがとね」
「きゅ」
宝石と宝石で、こっつんこ。
まぁ、消えたのなら気にしても仕方がないわね。この子は放してあげないと――
「幸運とは限らぬ」
「ちょ。不運てことですか」
心臓が跳ねた気がしたわよ。
「わからぬ。すさまじい力ではあったが、指向性を感じなかった」
「つまり気にすんなってことだな」
すさまじい不運かもしれないと聞かされたのよ。それを気にするなだなんて、いくら能天気でも呆れるほかはないわ。
「あんたねぇ。ガルマさんがすさまじいって、おっしゃったのよ。初耳よ。どういう意味か考えてみなさいよ」
少なくとも、世界を容易に消滅させられるほどの力よね。それ以上は想定するだけムダだわ。
「いや、だからこそ、俺なんかが考えるだけムダだろ。気にしてもどうしようもねぇ」
む。あたしでも、どうしようもないということね。
運は物理どころか、霊的存在ですらもない力よ。マアマさんやガーゴ様でも対応できないわよね。おまけに力の大きさも、ガルマさんの折り紙つきなのよ。
「それはそうだわ。でも、どうしてこう悩ましい話ばかり舞いこむのかしら」
「きゅ」
顔を舐めてきたわ。なぐさめてくれているのかしら。
「あなたを責めているわけじゃないのよ。幸運が続く現状をも、不運に感じるあたしの心が不憫だわ」
「自分を憐れむって恥ずかしくねぇか」
人が落ち込んでいるのに、くだらないことでつっこまないでよね。
「恥ずかしいわよ。恥ずかしくなるような感覚をしているから不憫なのよ」
「お、おぉ。なんかよくわかんねぇわ」
ハァ。
おっと。いつまでも捕まえていたら可哀そうだわ。
「この子は、捕まえたら放すって話だったわね。元気でね」
……放しても動かないわよ。まさか本当に、あたしを仲間だと思っているのかしら。
「味は気になるけれども、あんまり食うところはなさそうだし、いいか」
「きゅ」
驚いたように消えたわ。言葉がわかったのかしら。
「なんでも食べようとしないでよ。エルフの話だと、希少生物みたいなのよ」
弱肉強食とはいえ、弱い者をすべて食べなければいけないわけではないわ。
「つまり希少な味って可能性も高いよな。でも、うまいのに二度と食えない、ってことになっても困るな」
アルフが食べることに固執しだしたわ。
「あぁ、お腹が空いているのね。もうお昼どきか。なにかリクエストはある?」
「森が近いんだったら森の恵みを食いたいけれども、森ばっか続いていると魚介類も食いたくなるよな」
わかるわ。お腹が空いていると、いろいろなものを食べたくなるのよ。
「要は、なんでもいいのね」
「まったまった。焦るなって。やはりここは風の恩恵があるかもってことで、鳥のから揚げを頼もう」
あら。いつものアルフなら、任せると答えたと思うわ。なにかを閃いたのかしら。
「はいはい。さすがに、風が肉質に影響するとは思わないわよ」
ではマアマさん、お願いしますね。ほいっと。
「ん? おぉ! うまい珍味きたー!」
「へ。変わった味のする鳥だったの」
どれ、あたしもひと口……
「おぉ。食感は鶏肉で独特の旨みがあるぞ」
バカスカと口に放りこんでいるわね。あたしには不安が襲ってきたわ。
「たしかに変わった味の鶏肉みたいな…… マアマさん、まさか不死鳥の肉じゃないわよね」
不死鳥の肉は硬すぎて食べられたものではないはずよ。とはいえマアマさんであれば、どうにかできちゃいそうだわ。
「ちがーう」
ほ。別の鳥の肉なのね。
「よかった。あれは残しておかないと、まずいみたいだからね」
不死鳥がいなくなれば、邪霊があふれて、天空も地上もえらいことになりかねないわ。
そのことはマアマさんも理解されているはずよ。とはいえ、わかっておられながらも、遊びでなさりそうだから怖いのよね。
「から揚げにしたのがベストチョイスだったか。ジューシーでうめー」
「運がよかったわね」
あ。そういえば運のお話をしていたのだわ。
「もしかして、さっきの子のおかげかもしれないわよ」
「おぉ。俺にも運のおすそわけがきたのか。だったら幸運で確定だな」
ハァ。あんたは、あの子になんて言ったのかを覚えていないのかしら。
「あの子を食べていたら不運になっていたかもね」
「おおう。そりゃこえぇな。飯がまずくなったら絶望しちまうぜ」
思いつく不運がその程度なのね。とはいえ、たしかに味覚を失うとつらそうだわ。
「アルフには1番大切な運かもね。数千年に1度の運としては、ムダ遣いにしか思えないとはいえ」
まぁ偶然よね。本当に、運ばれてきた運だとは思えないわ。
あら?
今の声は不死鳥よね。
でも驚くような大声ではなかったわよ。遠くに聞こえただけだわ。
「あれ。不死鳥が弱ったのか? 随分と声の威力が落ちているぞ」
今確認してみるわ。
「向きを変えているわね。今はこっちに尻尾を向けているわ」
不死鳥の強さに変化は見当たらないわね。
「おぉ。これも運なのか。俺がクレームしていたことを改善してくれているみたいだな」
「まぁ偶然よね。でも偶然を起こすのが運と考えればそうか」
タイミングよく幸運な偶然が続いているわ。とはいえ、まさかね。
「あとはエルフが狩るところを見られたら完璧だな」
「あはは。そこまで願いがかなったら、幸運というより神様よね」
え。
20メートルほど前方に、エルフが転移をしてきたわ。
鳥を射落としてから、こっちに会釈をして去ったわね。
「……見えた?」
「……おぉ」
確定よ。本当に、ものすごい運の力が舞い込んだのね。
「これ運なんて話じゃないと思うわ。願望を現実にするみたいな――」
「すげぇ偶然だな」
む。驚きつつも、ただの偶然という認識を変えてはいないみたいよ。
「願い事があるなら、今のうちよね?」
「んじゃ、ベルタが進化して大願を果たせますように」
うわ。あたしの願いを優先してくれるのね。
「嬉しいわ。でも、自分のこと以外はダメかもしれないわ?」
「ん~。たまたまの偶然だろ。遊びで祈る程度でいいと思うぞ」
あたしには、偶然とは思えないわね。偶然なら、こんなに続いたりはしないわ。
「えー。ガルマさんが運の力を確認されていたのよ」
「でも消えたんだろ」
どこへ消えたのかはわからないと、ガルマさんがおっしゃっていたわ。つまり、再び現れてもおかしくはないということよ。
「タイミング的に関係があると思うのよね」
「とは言ってもな。関係があるとしても願い事なんて特にねぇな。十分に楽しい毎日を送っているし」
あるわよ。1番大切なことを忘れてどうするのかしら。
「記憶を取り戻したいとかさ」
「それはどうでもいい」
この期に及んで、せっかくのチャンスを棒に振る気なのかしら。
「あ・ん・た・は・ねぇ」
む。
頬をつねろうと近づいたら飛びのいたわ。
察しがよくなったわね。それとも、これも運なのかしら。
「いや。だから、今が楽しいんだって。記憶が戻って、今が壊れたら嫌じゃん。この旅を続ける必要もある」
「……あたしのためか」
この旅は既に、アルフのためじゃなくて、あたしのためになっているのだわ。
そうよね。あたしは進化しなければならないわ。そのためには、この旅を続けなければならないのよ。
とはいえ、アルフの記憶が戻れば、この旅も終わりになりかねないのだわ。あたしはどうすれば――
「またか。前向きに考えろって。俺が今を維持したいんだ」
おっと。悪癖が再発していたわね。しっかりしなくちゃ。
「うん。じゃぁ、呼び主にアルフの魅力を聞き出すって目的はどうなの」
「それも旅を続けるモチベーションになっているしな。知りたいけれども、今すぐ必要でもねぇし」
慎み深いというわけではなく、本当に願いが思いつかないのね。おもしろいわ。
「無欲ねぇ~」
「いや。考えてもみろよ。毎日最高の料理を食いながら気ままに旅してんだぜ。なにを望めばいいんだよ」
アルフに願いがあるとすれば、まさにそれは現状維持なのかもしれないわね。
なら、代わりに願い事を考えてあげるわ。
「金品は邪魔なだけか。権力も無意味ね。なにか長所が欲しいとかは?」
「それって運でなんとかなるのか」
ようやく真顔で答えたわ。欲しいなら願えばいいのよ。試して損はないわ。
「あはは。もし仮に存在するなら、気づく機会とかが得られるかもしれないわよ?」
「つまりは、存在しないかもしれない、ってことをサラっと言いやがったな。認めるけれどもさ」
無論冗談よ。アルフの魅力と長所は、あたしが一番理解しているつもりだわ。
能天気な発想で、あたしを想い護り続けてくれているのよね。アルフには強く感謝しているわ。
「そっかぁ。運なんてもらわなくても、既に十分に幸運なのよね。あたしたちは」
あたしも、自身の願いとなれば大願くらいしかないわね。
驕りや精神耐性のような積み上げられた課題は、すべて大願のためなのよ。
それほどまでに恵まれた、充実した日々を送ってきたのだわ。
「おぉ。願うとしたら、不運にならないようにってところか」
「それは大切ね。残りの運はそれに使っちゃえ」
今後も運は必要だわ。今は使い道がないのであれば、今後のために使うべきよね。
「いや、使い方なんて知らねぇから。そもそも、運で運を願うとかおかしいだろ。まぁ一応祈ってはおこう」
今までに、かなえたかった願いには、どんなことがあったかしら。いろいろなことがあったわ。
……こうして思い返すと、ここのすばらしさを、あらためて実感するわね。
「エルフの国かぁ。な~んの問題もなさそうでいいわよね。いまだに獣すら襲ってこないし」
「鳥はうまかったしな」
うんうん。アルフにとっても、いいところのはずよ。
「精霊様も妖精さんも多いし、さっきの子も可愛かったし」
「食えないやつはどうでもいいかな」
今食べたばかりなのに、まだ食べることに固執しているわ。
舞い上がる風の妖精さんを見たときのことは忘れたのかしら。
「アルフだって喜んでいたわよね」
「おぉ。でももう十分だ。見慣れると感動しねぇ」
むぅ。美しさが変わらないとはいえ、感動が薄れるのはたしかね。
「風もすごく気持ちいいわよ」
「それは捨てがたいな。代わりに風以外が微妙になるから、特にこっちがいいとは思わないかも」
風以外は微妙、ね。
的確な表現だわ。四大元素精霊様の内、お3方がご不在の天空では、補いきれるものではないのよ。
これ以上は、いいところを探しても無意味かしら。
「……そっかぁ」
残念ね。アルフにとっては、それほどの魅力がないところなのだわ。
「お前には、こっちがいいだろうな。エルフには邪気がねぇんだろ。人が邪に見えるんじゃ嫌になるよな」
「……わかっちゃうか。でもあたしも地上の人のひとりなのよね。それに邪だからこそ導かなきゃ」
平静を取り繕ってきてはいたわ。でも、本当は人を見ることがつらいのよ。
邪なんて見えないころのほうがよかった、と切に思うわ。
「知らないほうが幸せなこともあるってわかるだろ」
「え…… そっか。あんたの記憶のことね」
アルフが記憶に興味を示さない理由も同じだというのだわ。
今までは言葉で言われても、言い訳にしか聞こえていなかったのよ。でも、記憶を邪におきかえればわかるわね。
見えない人には、見えたほうが便利だと思えるわ。でも、大切な人にまで邪が見えてしまうときのつらさには、耐えがたいものがあるのよ。
記憶についても、あたしからしてみれば思いださせてあげたいわ。忘れてしまうだなんて、不幸な出来事だとしか思えないものね。でもアルフにとっては、思い出すことで不幸になるかもしれないのだわ。
「俺も怖いんだ。幸せな今が消えちまいそうで。だから必要がないんだったら、失くしたままでいいと思うんだ」
記憶は大切よ。とはいえ、選ぶのはアルフの意思よね。あたしが口出しすることではないのだわ。
他人から見ればうらやましくなるような力でも、当人にとっては重荷になりえるのよ。物事の価値は、当人にしか決められないのよね。
「うん。今ならなんとなくわかるかも。そっか、思いだしたくなってから考えればいいか」
「おぉ」
考えを改めるわね。この旅は、アルフの記憶を取り戻すための旅ではないわ。あたしの旅よ。あたしが進化を目指すための旅なのよね。
もちろんアルフには協力するわ。でも、アルフの旅なのになんて言い訳はもうしないわよ。あたしは、あたしの意思で旅をしているのだわ。
アルフも、この旅を幸せだと言ってくれたのよ。ならこのまま一緒に、最後まで突き進むまでよね。さぁ、いくわよ!




