第4章 選んだあとの距離 第3話 終わらない判断 4/5
さっきまで「正しさ」だと思っていた感情が
明確に“失敗”として記録された
候補生たちは
その現実を
胸の奥で噛みしめていた。
「……じゃあ、私たちは、
何を信じればいいんですか」
講師は、その問いに答えなかった。
ただ、静かに候補生たちを見つめていた。
静まり返る講義室に、講師の指を鳴らす音が響いた。
乾いた音が天井に反射し、遅れて空気を震わせる。
ボードには、今まで表示されていた文字が消え、新たな文字が表示される。
『見捨てた者は、記録から消えない』
その一文だけが、白い光を帯びて浮かび上がった。
「あなた方は、こう考えているかもしれません。
救えなかった命は、“結果として仕方なかった”と処理される、と。
それは、違います」
はっきりと否定された言葉に、候補生の肩がわずかに強張る。
誰かの指が、机の縁を強く握った。
「聖女の任務には、必ず記録が残ります。
救った者の数。
使用した奇跡の種類と点数。
判断理由。
そして──。
救わなかった者の一覧」
最後の一言に、微かなざわめきが走る。
一覧、という響きが、名簿のように冷たい。
「“救わなかった者”とは、“見捨てた者”ではありません。
正式には“救助対象から外した者”です。
実際の記録様式を見てもらった方が良いですね」
ボードに、実際の記録様式が映し出される。整然と並ぶ項目。
対象者A:優先度外
対象者B:奇跡不足
対象者C:救助放棄
事務的な文字列。
だが、その一つひとつの背後に顔があることを、誰もが理解していた。
「なぜ、ここまで細かく残すのか。
それは、判断の責任を曖昧にしないためです。
救った結果よりも、救わなかった理由の方が、後の現場で重要になります。
そして、この記録は、監査官、上官、行政、軍──。
すべてが閲覧可能です。
さらに。
次の任務配属にも影響します」
講師は手元のマジックバックから、新たに資料を取り出す。
紙の擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「具体例を挙げましょう。
過去の事例です。
ある聖女は、戦場で負傷兵三名を救い、一名を見捨てました。
判断は、妥当でした。
ですが──。
数年後、同じ地域で任務に就いた際、その“見捨てられた者”の遺族が、現地協力を拒否しました。
結果、支援は遅れ、被害は拡大しました」
教室の空気が、さらに沈む。
「見捨てた命は、その場で終わりません。
恨みとして。
恐怖として。
不信として。
必ず、次の現場に影を落とします。
だから、覚えておくことです。
見捨てる判断は、許される──。
だけど、忘れられることはありません」
候補生たちは俯いたまま動かない。
誰かの喉が、小さく鳴った。
「……じゃあ、どんな判断をしても、背負うんですね……」
「はい。それが、聖女です。
奇跡を使わなかった判断は、評価されることがあります。
ですが──。
見捨てた者の名前は、一生、あなたの記録に残ります」
講師は一度、教室全体を見渡した。
沈んだ空気が、重く積もっている。
そして、ボードに新たな文字が表示された。
『判断は、いつ終わるか』
「……続けます。
皆さんに問うのは、ここです」
責める響きはない。
ただ、逃げ道のない静けさがあった。
「今日、あなた方は疫病都市で、実技を学んだはずです。
そこで、あなた方は判断しましたね。
現場で。
その場で。
時間に追われて。
では、質問です。
その判断は、どこで終わりましたか」
誰も答えない。
視線だけが揺れる。
「撤退した時?
報告書を書いた時でしょうか?
訓練校に戻った時ですか?」
講師は、静かに首を横に振る。
「違います。
判断は、終わっていません」
教卓に、一冊の記録が置かれた。
厚くはない。だが、落とされた音には確かな重みがあった。
「判断は、次の現場で、続きます」
その言葉が、ゆっくりと沈んでいく。




