表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私立陣屋学園能力科  作者: みやもと なまにく
1章 自然科学部
9/51

8話 部室の攻防

8話 部室の攻防


 「あんたが噂の部長か!」


 「おやおや、噂ねぇ。僕も有名になったものだね。ねぇ、リリィもそうは思わないかい?」


 嬉しそうにそう言ってリリィを見るイト。リリィは無反応だ。トレーを胸の辺りで両手で持ち、ずっとミコを見ている。


 「噂通りですよ。人の心を読み、(もてあそ)ぶ」


 「ふむふむ、そんな風に言われてるのか。これは興味深いね。と言うことは、君たちは僕に弄ばれに来たという事かな?」


 アキトの皮肉も全く意に介さない様子でイトは心底嬉しそうにしている。


 イトが言った言葉でアキトはようやくここに来た理由を思い出した。色々と分からない事だらけだ、聞きたい事は山ほどある。頭がこんがらがってくる。イトは話を聞いてくれるのだろうか。自信が無くなってくる。


 アキトはイトが何を考えているのか全く分からず落ち着かない。もう一口コーヒーでも、そう思ってカップに視線を落とした時、テーブルの上に小さなキャンドルが置かれている事に気が付いた。


 ――ん? 何だあれ? キャンドルか? ミコがよく()いてるアロマキャンドルに似ているな。 あんなもの置いてあったか? 火まで着いてやがる……


 「いつの間に……そう思っているね?」


 「!?」


 見透かされたようにそう言われたアキトは背筋が凍りついた。慌てて顔を起こしイトを見るのだが、早くも見飽きた気に食わないニヤけ顔を視界に捉え、思わず目を()らしてしまう。イトの隣に立つリリィは相変わらず胸を隠すようにトレーを持ち、無表情でミコの事をじっと見ている。


 ミコは真っ赤な顔をして、まるで(へび)(にら)まれた(かえる)のように怯えているように見えた。リリィに完全にロックオンされている為だろう。


 ――どういう事なんだ、これは! 何が起こっている!? クソッ! ミコ……はアテに出来ないな。俺がしっかりしなければ! 完全に向こうのペースじゃねーか。遊ばれてやがる!


 アキトは両手で自分の頬をパンッと張ると、思い切って立ち上がった。


 「コーヒーご馳走様でした! おそらくもうお分かりだとは思いますが、俺はあなたに相談したい事があってここに来ました。能力について非常に詳しいと伺っています。その片鱗(へんりん)も、これでもかってぐらい見せて頂きました。どうか、話を聞いて下さい。俺の力になって下さい。お願いします!」


 アキトは無駄にあれこれ考えるのを止め、誠心誠意をもって頭を下げた。得体の知れないイトが恐ろしかったという事もあるが、何も考え無ければいい、そう言ったのは自分だ。分からない事をグダグダ考えてもドツボにハマるだけ、そう思うと不思議と自然に言葉が出た。


 「待て待て、まずは自己紹介と言っただろう? 僕は君たちに自己紹介をしてもらって無いんだけどね。趣味は何かな? 特技は何だろう? 座右の銘は? 最近ハマってる事は 好きな食べ物は? 苦手なものは何だろう? ブリーフ派かな? それともトランクス派だろうか?」


 「え? 言う必要ありますか? アンタは俺達の名前を知っていた。噂が本当ならば、俺達の心を読んだのでしょう。もちろん、俺達は噂の事を聞いてます。心を読まれる事も覚悟していました。知りたければ、俺の心を覗けばいいんですよ。何でも分かるでしょう。それに今更名乗って何の意味があるのでしょうか? たいして面白い事も言えませんよ? 」


 アキトは突っ込みたい気持ちに駆られたが必死で耐え、動揺を悟られぬよう真顔で答える。 


 「……おやおや、それは殊勝(しゅしょう)な事だね。噂の出どころには物申したい所だが、まぁいいや。そういう事にしておくよ。」

 

 「……そうですよ。そういう事なんで、宜しくお願いします。」


 動揺が不安へと変わり、フワフワとして落ち着かない。アキトはなるべく悟られないように、流されないように、惑わされないようにと、そう心に言い聞かせてできる限り抑揚なく淡々と喋っていた。


 何があっても驚かない、乱されない。その強い意志が伝わったのか、または心を読まれたのかは分からなかったが、(しばら)くの沈黙の後イトは子供のように無邪気な笑顔を見せたかと思うと意気揚々と口を開いた。


 「……やれやれ、では質問に答えよう。彼女はリリィ。長南(おさなみ)リリィだ。察しの通り、僕の妹だよ。ちなみに何か勘違いしているようだがリリィはユリだが、百合では無いよ。言ってる意味は分かるかい? まあいい、さっき言っただろう? リリィはかわいいモノが好きなだけ。その点でミコちゃんをいたく気に入ったようだね。そういうワケだから怯える必要は全く無いんだよ。むしろ仲良くしてもらいたいものだね。リリィはちょっとばかし性格に難があって友達が少ないようだからね。さてさて次に、この部屋の事だけど、表向きは自然科学部の部室、という事になっている。活動内容は多岐(たき)に渡る。なんせ自然を科学するんだよ! 宇宙から素粒子まで何でもだよ。地学、物理学、化学、生物学、天文学、更には医学、農学、工学、数学、光学、量子力学なんてものまで全部だよ! 自然って素晴らしいよ! そうだ、この部室にある物は全て僕が用意したんだ。私物だから汚したり壊したりはやめて欲しいな。ちなみに部員は僕とリリィの二人だけなんだ。あとはペットが沢山。リリィの趣味もあるが、ここは自然科学部だからね。後でリリィにアルマジロトカゲのジロ君を見せて貰うといい。リリィとの息の合ったハンドリングは一見の価値アリだと思うよ。そうそう、植物も沢山育ててる。そうだ! ミニトマトでも食べるかい? 我ながらよく出来たと思うんだ。真っ赤で甘くて、一度食べたら忘れられないくらいだよ。土からこだわっているんだからね。そうそう、さっきまで自慢の家庭菜園に二人で水やりしていたんだ。リリィのヤツ、ホースが捻れている事に気付かなくてね。ホースを覗いた瞬間、瞬間だよ? 思いっきり水を被ってしまったんだ! 着替えてたのはそのためだよ。下着までびっしょりだったんだ。ちなみに縞パンは僕の趣味だよ。僕はちゃんとシャワーを浴びろと言ったんだよ? でもリリィは僕に似て面倒臭がり屋なんだよね。おやおや、リリィの髪もだいぶ乾いてきたようだねぇ。やっぱり乾いている方がいいね。綺麗な金髪だ。発色がいい、そうは思わないかい? そうそう……」


 「ちょっと待て! アンタは一体何をゴチャゴチャ言ってるんだ!? 色々おかしいだろ!? アンタとリリィが兄妹? 何が察しの通りだ! どう見ても違うだろ! 髪の色も肌の色も、顔つきだって! いや、そもそも人種が違うだろ! それにこの豪華な家具をアンタが用意しただと? 一体幾らかかってんだ! だいたい間取りからしておかしいんだよ! 何でこんなに魔改造されてんだ! あまつさえ庭まであるなんて! いやいやいや、そんな事はもうどうでもいい! そもそも俺はそんな質問、した覚えがねぇ!! ……ただし、縞パンだけはグッジョブと言わざるを得ねぇ!」


 聞いてもいない事をダラダラと喋り続けるイトに、ただでさえ余裕が無いアキトはイライラが募り急に鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように怒鳴り散らす。ミコは驚いてアタフタしている。イトとリリィはまるで気にも留めずに黙って聞いていた。


 「あらあら、怯える犬はよく吠えると言うが、それが本当の君かい? だが、慣れない敬語よりはよっぽど好感が持てるし、耳に心地いい」


 飄々と話すイトの言葉を無心で聞いていたのだが、集会でここぞとばかりに長話をする校長のように悦に入りながら演説するイトに(こら)えられなくなってしまったアキトは、つい爆発してしまった。堪え性の無い自分に辟易(へきえき)しながらも後には引けない。


 ――アイツは心が読めるクセにどういうつもりなんだ? とにかくあのヤロウに主導権を握らせちゃダメだ。ビビるな!


 アキトは自分に発破(はっぱ)を掛けるように言い聞かせると、不安そうなミコをこれ以上驚かせ無いようトーンを落として落ち着いて続けた。


 「俺はそんな話をしに来たんじゃない。この際アンタとリリィが兄妹って事にしといてやる。リリィの趣味も部室の事もいつの間にか置かれていたキャンドルの事も、もうどうでもいい。考えただけで頭がおかしくなる。……決めたよ。持久戦と行こう。喋る事が無くなるまでそうして喋ってろ。でも、能力についても洗いざらい喋って貰うぞ。それまでは帰らねぇ。何時間だって居座ってやる。何日でも相手してやる」


 下手に出ていては話が進まない、(らち)があかないと考えたアキトは高圧的な態度でイトを睨みつけていた。イトはそんな決心した顔のアキトの前でも含み笑い一つ崩さず、


 「ほうほう、それは困るねぇ。ウチに他人が居座り続けられるなんて、さぞかし面倒だろうね」


 などと言ってはいるが、イトは更に嬉しそうになる。アキトの心情が、そう見せているだけなのかも知れないが、少なくともイトの表情からは、困惑を感じ取る事は全く出来なかった。


 ――何なんだコイツは! 失敗した! コイツは絶対喋らねぇ。元々喋る気なんて無いんだ。俺をからかって楽しんでいるだけだ。暇潰しぐらいにしか思ってねぇ。塩見先輩の言う事は正しかった。コイツはヤベェ。こりゃ言った手前今日は帰れないかもな……


 そうアキトが諦めかけたその時、点灯していた照明が何の前触れも無く消灯した。アキトはまたか、と自分の体質に嫌気がさしていた。


 イトとリリィは一瞬ピクリと動いたが、差して驚いた様子もない。イトは溜息を一つつくと、


 「……では、お言葉に甘えて能力の話をしよう。君は能力についてどう思っているのかな?」


 アキトは驚いた。余りにも唐突にイトが能力についてなどと喋り出したからだ。声のトーンを落とし、相変わらずニヤついてはいるが、明らかに今までとは違い、シリアスな感じがする。イトに翻弄(ほんろう)されているのを薄々自覚してはいるのだが、たった今まで絶望していたにも拘らず、思ってもみなかった光明が差したような気がしたアキトは、つい真面目に答えてしまう。


 「……どうって……最近になって解明が進んできた……これまでの人類には無かった特殊能力で……常識を覆す力で、科学の発展に寄与、貢献するだろうと言われ……」


 「こらこら、それは教科書でも読んでいるのかい? 人が言った事じゃない、君の意見が聞きたいんだよ」


 全く調子が狂う。こちらが焦ろうが怒ろうが落ち着こうがイトはまるで歯牙にもかけない。いや、むしろ感情の変化を楽しんでいるかのように思える。


 アキトはイトという存在との相対に既に疲れを感じ始めていた。自分だけでなくミコの事も常に気にかけながら相対するには、とにかく骨が折れる相手だと思っていた。


 だが、ここにきてようやく能力について語り出したイトの尻尾を掴んだというような手応えを感じ、胸が熱くなってくる。この機会を絶対に逃せない。分かっているのだが、素直にイトに(すが)る事のできないアキトは本音をさらけ出してしまう。


 「……じゃあ、言わせて貰うけど、能力なんてロクなもんじゃ無いね」


 「……ほう」


 その時、初めてイトの顔から白々しい笑みが消えた。


読んでいただき、ありがとうございます。

ちょっと遅くなってしまいました。すみません。

続きはまた明日です。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ