第105話 希望の灯火
ベネディクトは服の中に残していた。
それは、死の間際に縫い込まれた小さな羊皮紙だった。
レオンが彼の遺体を丁寧に洗い、葬りの準備をしている時に、胸の内ポケットから見つけた。
紙には、暗号のような記号と、三つの紋章と知識を司る古代の三賢者の印が描かれていた。
そして一行の文字が記されていた。
『三人の賢者の印は、王立図書館の地下に眠る。それが機神兵を止める鍵』
レオンはその紙を握りしめ、ベネディクトの墓前に跪いた。
「あなたは最後まで……戦っていた」
ベネディクトを丁寧に葬った後、レオンたちは緊迫した面持ちで話し合った。
ガレスが最初に口を開いた。
「7つの炉……東嶺の一件だけでも恐ろしいのに、それが王国全土で計画されていたとは」
アーサーが杖を地面に描きながら説明した。
「古代の記録によれば、機神の炉は『七星の配置』で設置されると最大の力を発揮する。
おそらく、王国全土に6つの副炉と、首都の主炉を建設する計画だろう」
「残り5つの場所は?」
サラが尋ねた。
「地図を見ればわかる」
キースが簡潔に言い、地面に王国の略図を描き始めた。
「東嶺は東の要衝。ならば、他の国境の要地や、主要都市にも建設されている可能性が高い」
レオンが決意に満ちた声で言った。
「首都に行く前に、可能な限りこれらの炉を破壊しなければならない。1つでも多く稼働を阻止できれば、計画の進行を遅らせられる」
アーサーがうなずいた。
「だが、それにはより多くの力が必要だ。わしたちだけでは限界がある」
「民衆の力を借りよう」
レオンが言った。
「各地で、この計画の実態を伝え、協力者を募る。権力者が民衆を道具扱いするなら、民衆が立ち上がるしかない」
ガレスが大きく頷いた。
「それが民衆勇者というものだな」
サラがレオンの袖を引っ張った。
「私も……連れて行って。お父さんとお母さんを助けたいの」
ガレスが心配そうに少女を見た。
「危険すぎる。お前はまだ子供だ」
「子供じゃない!」
サラの目から涙が溢れた。
「私はもう1人で生きてきた。戦うことを覚えたの!」
レオンはサラの目をじっと見つめた。
その瞳には、年齢を超えた決意が燃えていた。
しかし彼は、無垢な命を戦場に送り出すことはできなかった。
「サラ」
レオンは膝をついて少女の目線の高さに合わせた。
「君は確かに強い。でも、私たちの戦いは君が想像する以上に危険だ。機械兵士、王国の魔術師、そしておそらくはもっと恐ろしいものが待ち受けている」
サラは唇を噛みしめ、悔しそうにうつむいた。
「でも約束する」
レオンは続けた。
「君の両親を救い出すために、全力を尽くす。そのためには、君が安全でなければならない」
アーサーが古びた杖を地面にトンと立てた。
「わしが昔世話になった人物がいる。辺境の町で孤児院を営むマーサという女性だ。彼女ならサラを守ってくれるだろう」
キースがうなずいた。
「あの猟師仲間からも聞いたことがある。マーサ院長は王国の圧力に屈せず、10年以上も孤児たちを守り続けていると」
レオンはサラに手を差し伸べた。
「マーサ院長のところに行こう。そこで安全に暮らしながら、私たちの帰りを待っていてくれるか?」
サラはしばらく考え、ゆっくりとうなずいた。
「でも……約束してよ。必ずお父さんとお母さんを助けに戻ってきて」
「約束する」
レオンは固く誓った。
3日後、彼らは山あいの小さな町にたどり着いた。
石造りの頑丈な建物には、「希望の灯り孤児院」という看板がかかっていた。
扉を開けたのは、灰色の髪を後ろで束ねた、優しい目をした女性だった。
「マーサ院長ですか?」
レオンが声をかけた。
女性は彼らを見渡し、サラの怯えた表情に目を留めると、優しく微笑んだ。
「そうですが……何かお困りですか?」
レオンが事情を説明すると、マーサの表情は次第に厳しくなった。
「王国のやることだ……最近、辺境の町から若者が消える話は聞いていたが、まさかこんなことが」
彼女はサラの前にしゃがみ込み、
「ここなら安全よ。たくさんの友達もいるから、寂しくないわ」と優しく声をかけた。
サラはレオンの方を見て、小さくうなずいた。
「行ってらっしゃい。でも、絶対に戻ってきてね」
ガレスがサラの頭をそっと撫でた。
「強く生きろ、小さな戦士よ」
アーサーは杖から小さな光の玉を作り出し、サラの首にかけた。
「危険が近づくと光るお守りだ。これで少しは安心だろう」
キースは無言でうなずき、自身の予備の短剣をサラに手渡した。
「護身用にな」
孤児院を後にする際、レオンはマーサに深々と頭を下げた。
「サラをよろしくお願いします」
「心配しないで」
マーサは確かな口調で答えた。
「さあ、行こう」
レオンが言った。
「そして、この不正を終わらせるために」
4人は再び旅路についた。
北の鉱山町ストーンヘイブンでは、鉱夫たちが奇妙な機械部品を掘り当てたという噂を追い、地下に隠された第2の炉を発見した。
ここでは、鉱夫たちを「事故」に見せかけて拉致し、実験材料にしている実態を暴いた。
レオンたちは鉱夫たちを解放し、炉の破壊を手伝うよう説得した。
最初は疑いの目を向けられていたが、ガレスが自らの傷を見せ、「俺たちも同じだ。権力者に利用され、捨てられた」と語ると、鉱夫たちの心は動いた。
西の港町マリンフォードでは、海の底から引き上げられた古代遺物が「機神の炉」の心臓部として利用されようとしているのを阻止。
港の漁師たちと協力し、海上から炉への物資輸送を妨害した。
漁師たちは当初、王国の監視を恐れていたが、アーサーが「このままでは海そのものが汚され、魚も獲れなくなる」と説くと、彼らは覚悟を決めた。
各地で戦い、各地で真実を伝え、少しずつ仲間を増やしていく。
元兵士、追放された学者、権力に虐げられた農民、理想を捨てきれない貴族の子弟……様々な人々が、レオンたちの元に集まってきた。
彼らは「民衆勇者」と自称し、それぞれの土地で小さな抵抗運動を始めていた。
しかし、その分、彼らへの追跡も厳しくなっていく。
宮廷から派遣された刺客、機神兵の新型、そして時には、洗脳された元仲間までもが襲いかかってきた。
その夜、レオンは眠れなかった。
自分たちの戦いが本当に意味があるのか、疑いがよぎった。
しかし、朝になると、新たな仲間がキャンプを訪れていた。ストーンヘイブンで助けた鉱夫の家族たちが、食料と情報を持ってきたのだ。
「あなたたちのおかげで、夫が戻ってきました」
一人の女性が涙ながらに感謝を述べた。
「これからも協力します。どんなことでも」
その言葉に、レオンは再び決意を固めた。
彼らが救った人々、そしてまだ救わなければならない人々がいた。
戦いを止めることはできなかった。
ある雨の夜、レオンは仲間たちに言った。
「私たちの戦いは、単なる破壊活動ではない。人々に希望を見せることだ。炉を壊すだけでなく、代わりに何を築くかを示さなければならない」
ガレスが火の傍らでうなずいた。
「お前が言う通りだ。でも、その前に生き延びなければな」
その時、キースが突然立ち上がり、闇を見つめた。
「誰か来る」
影から現れたのは、傷だらけの1人の男だった。
彼はレオンの前にひざまずき、かすれた声で言った。
「ストーンヘイブンから来ました……あなたたちが救ってくれた鉱夫の1人です。新しい情報があります。首都の炉は……もう完成間近です。でも、それだけではありません。炉の真の目的は……」
男の言葉が途切れた。
彼の背中には、深い傷が走っていた。
アーサーが急いで癒しの術を唱えたが、男の息は既に荒く、時間がなかった。
「炉は……人々の魂を……エネルギーに変換する……装置です……財務卿は……王さえも……操ろうと……」
最後の言葉を残す前に、男の目は虚ろになった。
彼は静かに息を引き取った。
レオンは静かに男の目を閉じた。
「彼の死を無駄にしない」
キースが地図を広げた。
「首都まであと2つの炉が残っている。こことここだ」
「分隊を作ろう」
ガレスが提案した。
「同時に攻撃すれば、王国軍も対応に追われる」
「だが、それだけの人数がいるか?」
アーサーが問うた。
その時、遠くから松明の灯りが近づいてきた。
十数人の男女が、雨の中を彼らのキャンプへと歩いてくる。
先頭に立つのは、ストーンヘイブンで助けた老鉱夫と、マリンフォードの漁師の親分だった。
「聞いたぞ」
老鉱夫が声を張り上げた。
「次の標的がどこか教えてくれ。仲間を連れてきた」
漁師の親分がうなずいた。
「海の男たちも加わる。もう王国の横暴には飽き飽きだ」
さらに後ろからは、農民たち、町の職人たち、そしてかつてレオンと共に戦った元兵士たちの顔が見えた。彼らはそれぞれの武器を手にし、雨に濡れながらも、その目は確かな光を宿していた。
レオンは彼らを見つめ、胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。
これが民衆の力だ。
一つひとつは小さな灯火でも、集まれば闇を照らす光になる。
「よし」
レオンが立ち上がった。
雨は彼の頬を伝い落ちたが、それは涙か雨か、もはや区別がつかなかった。
「明日から、最後の戦いが始まる。それぞれの持ち場で、それぞれの方法で戦おう。だが、1つだけ約束してほしい。生き延びて、再び会うことを」
全員が拳を胸に当て、誓いの姿勢を取った。
雨は次第に小降りになり、雲の隙間から月が顔をのぞかせた。
月明かりが王国全土を照らし、それぞれの場所で、それぞれの戦いが始まろうとしていた。
炉の炎に対抗するのは、民衆の灯火。
1つひとつは小さくとも、集まれば決して消えることのない希望の光だった。




