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ウイニングショット  作者: 中村鉄也
第2章~チーム内の生存競争、開幕~
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改革、徐々に表に出る

(俺が男の本気ってやつを教えてやる。プロ野球(ここ)は女が来ていい場所じゃねえんだよ!!)


 ギラギラに闘志を燃やす高橋に対して、優子が投じた初球は…


(はっ!?)


 ド真ん中の緩いストレート。ホームランには絶好のボールに、キャッチャーの加藤は絶句する。だが高橋は微動だにせず、加藤のミットに弱々しい音を立てて収まった。



「打たないの?アタシを追い出すんじゃないの?」


 マウンドからこの日、というかプロ入りして初めてと言っていいぐらいに、珍しい笑みをたたえながら優子は高橋に問う。高橋はペッと唾を吐いて返す。


「あんな棒球打って何(なん)になる。テメエの勝負球を打ってこそだろうが」


 勇んで足元を均す高橋の傍らで、加藤は冷や汗を流す。


(あいつ…高橋(しゅうご)の性格を分かってて投げたのか…。胆が据わりすぎだろ)


 気を取り直して二球目。優子が投じたのはストレート。対角線上のベースの左端…左打者の外角をかすめる意図のクロスファイアだ。左打者からすれば背中から飛んでくるようなアングルからのボールで、普通のバッターは踏み込みをためらいそうなボールだ。だが、高橋は迷いもなく前に踏み込んだ。


(女のボールなんざ、当たったところで痛くもねえ!背中から…なんてもの、実際俺の背中からは来てねえよ!)


 男女差別ではあるが、実際のところ球速自体は遅く、比例して威力もあるとは言えない。だが、堅いボールを前にしてこの発想で思いきれるのは、高橋もまた胆が据わっていると言える。そして高橋は外角のストレートを強引に引っ張った。快音とともに打球は舞った。そして場外に消えた。一塁側スタンドの。


「クソッ!遅すぎて引っ張りすぎたあ!」


 打った瞬間分かるファールに、高橋はそう吠えてバットで地面を叩いた。一方で加藤は優子の投球術に恐れ入る。


(女の勘ってやつなのか?頭に血が上っててこいつはわかってないだろうが、明らかに球速を落としてやがった)


 一方でサードから優子の様子を見る大輔は、彼女のピッチングに目を細める。


「まったく大したもんだ。あれだけ血の気をむき出しにされながら、それを平然といなしてやがる。ま、高橋みたいな単純な奴も嫌いじゃないし、リードするのも難しいからやりがいはあるがね」


 そして勝負となる三球目。加藤のサインはスライダーだが、優子は首を振る。いぶかしむ加藤はストレートのサインを出す。それは頷く。そしてコースについてのサインでもう一度首を振った。

(お前まさか…)

(味方だし、私のボールは痛くないんでしょ?だったら投げても問題ないじゃない)


 優子からの合図に、加藤は「もう勝手にしてくれ」と言わんばかりのサインを出し直した。そして優子はインハイのさらに打者寄り、高橋の顔面付近を狙う。


「そんな下から浮き上がってくる遅いボールにビビる俺じゃねえ!!」


 非常に窮屈な打ち方にはなるが、高橋は腕をコンパクトしいてアッパースイングの打者には難しいボールを打ちに行く。そして、打った。打球は再び高く舞う。球場の観客はざわついたが、打った高橋は仏頂面だ。見逃せばボールとなる悪球を強引に打つのは、どれだけのバッターであってもそうそうヒットにもホームランにもならない。角度がほぼ真上のような状態で上がった打球は外野にすら届くことはなく、落下点で待っていたショート真也のグラブに収まった。


 結果として、優子のプロ初マウンドは三者凡退でのスタートだった。



「ふーむ…見事なもんだな。男でも並のルーキーなら、プロ相手の初実戦は緊張するというのに、大したもんですなあ。ねえ監督…あれ?」

 優子の好投に感嘆とする増田コーチだったが、隣に座っている監督が同意するかと思えば、そこに監督の姿はなかった。その頃杉山監督は一塁側ベンチに向かっていたのだ。外野手用のグローブを携えて。


「チッ。力んじまって散々だぜ…」

「あ、高橋君。ちょっと待ってください」

「え?監督?」


 ファーストミットを手に守備に就こうとした高橋を、杉山監督は呼び止めた。


「君も知っての通り、吉田君はここにいませんから守備交代が必要ですよ。ファーストには竹内君が就きますから」

「ん?あ、そっか。え、でもじゃあオレ外野?やったことねえっすよ?それにグローブも持ってねえし」

「ですから、橋本君から事前に借りておきました。右中間は森君がフォローしてくれますから。それに、君の強肩はファーストにしておくのはもったいない。外野からの剛速球を期待してますから」

「はあ…」


 きょとんとしている高橋から、杉山監督はさっとミットを回収してグローブを渡して、その背中を叩く。釈然としない高橋だったが、言われるままライトの方へ向かった。そのやり取りを見ていた増田コーチも唖然としている。そしていつの間にか杉山監督が戻っていた。


「おや、増田コーチ。どうされました?」

「いや、あいつに外野ですか?打力を活かすために内野からコンバートするケースはままありますが」

「ファーストは送球の機会はそうそうなく、あったとしても塁間を投げられれば十分です。彼の肩は元ピッチャーだけに十分強いですからね」

「…と言いつつ、別の理由があるんでしょう?」

「おや、わかりましたか」


 怪しむ増田コーチに杉山監督は白々しい笑みを見せる。


「竹内君のキャッチャーもそうですが、高橋君の一塁守備も決して良いとは言えません。特に、悪送球への対応力が壊滅的でした。彼だけじゃなく多くの人が、『ファーストの見せ場は大開脚』とばかりに送球に対して身体を大きく伸ばしますが、それには大きな欠点があります」

「欠点?」

「彼の場合、足を開くのがあまりにも早すぎる。人間は脚を開けば開くほど身動きが取れなくなってしまう。だからイレギュラー送球に対応できない。『ファーストが取っていれば…』というプレーが、去年は目立ちましたからね。それに、より看過できない問題もあります。増田君、昨シーズンの高橋君のエラーすはご存じですか?」

「え、えーと…たしか5か6だったんじゃ」

「そのうち、送球ミスはいくつあったか知ってますか?」

「いや、確かすべてそれだったと思います。バント処理とかで…あ」


 杉谷監督からの質問を整理するうちに、増田コーチはハッとする。そして気づいた、外野コンバートの意図を。


「彼はおそらくイップスです。腕を思いきり振りぬけない至近距離の送球だと、腕が固まってしまって制御が効かないんでしょう」


 イップスについての説明は、ここではいったん省くが、高橋のような距離の近い場所への送球が技術ではなく本能的に苦手なタイプというのが野球選手には意外といる、というのを覚えておいてもらえればいい。とにかく杉山監督はその欠点を昨シーズンのプレーの中で見抜いたのだ。


「しかし、彼の身体能力は打者転向で20本塁打したことからも証明済み。意外と脚力もありますし、広い外野で『放牧』した方が化けるかもしれません。低打率ではありますが、狙い球を定める術を矯正すれば十分率も見込めますしね」


 初回を終えて、杉山監督の改革案は早くも実行され始めたのである。





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