犬が兄弟になりまして・63
遠くから見ても美馬の可愛い軽自動車の異様さは目立った。屋根がべこべこといびつにへこんでいる。
「もしかして、あれ……」
「気がついちゃいました?」
美馬がえへへと笑う。
あれを見て何も気づかない人間がこの世にいるのか聞きたいと航は思った。知らない人間が見れば確実に飛び降り自殺の現場でわり食った車である。なぜ美馬はあの車を平気で運転してきたのか。
「ちょうど足場によかったみたいです」
美馬は心なしか誇らしげだ。
見た瞬間航もピンときていた。なぜライがああも躊躇なく窓から飛び降りれたのか。壁の向こうに美馬の車があることがわかっていたからだ。さしものライもあの高さをなんの躊躇もなく飛ぶことは怖かったのだろう。そしてあのべこべこ具合はライひとりでできるものでは、きっとない。
航は青くなりながら美馬を見た。
「すみません……、弁償……」
「えーやだ、そんなのいらないですよー」
美馬は胸の前で両手のひらを広げてひらひらと振る。
「これはライくんたちが頑張った勲章です」
美馬は胸を張るが、入院費まで立て替えてもらっている航は心中穏やかではない。
「あんなのただの傷ですって。あのまま走ってたらそのうちイタズラされますよ、車」
「そうなんですか?」
「そうなんです!ちゃんと修理しましょう!」
航は力説するが、美馬はきょとんとしたままあまりわかってないようだった。
あの頃がヒトの姿をしたライとリクとカイを見た最後だったよなとふと思い出した航は、やっぱりちょっと車のへこみを記念に取っておいてもいいかな、などと思ってしまった。
美馬の車の隣には航のSUVとははるかにランクが違う高級SUVが停まっていた。
「……さすが社長っすね……」
「これもう3代目かな~。おじさん、乗るとしたらこれか軽トラ」
「なるほど」
猟のときはさすがに軽トラなのだなと航は納得した。
「天道さーん!美馬さーん!」
離れたところから聞き覚えのある声で呼ばれ、振り向くとツユグチが走って来ていた。
「お見舞いに、あっ!」
言うなり手に持った荷物ごとツユグチはつんのめり、顔面から地面にひれ伏した。そしてその後ろから勢いよくライが飛んできた。
「アーニキー!!」
航は、え?と目を見開いた。
「入院してるって聞いてびっくりしたぜ!てかオレも入院してたんだけど」
あっはっはと笑うライの頭はところどころ剥げて薬が塗ってあったり縫合してあったりする。服もところどころ丸だったり四角だったり切り取られ、塗られたり縫われたり。
「なんで……?」
辛うじて声を絞り出す航の肩をライが親し気に抱き寄せる。
「なんでって、あんだけの修羅場潜ったんだぜ?オレたち。そりゃもう体中勲章だらけよ」
ここにも勲章を自慢するヒトがひとりと思うが航は声が出せない。
「ケガの治療だけかと思ったらさ。ママがなんか病気移ってるかもしれないからって病院放り込ま」
「ラ・イ・くーん!」
起き上がったツユグチがライの頬をつねり上げる。
「すいません、天道さん、お見舞いが遅くなっちゃって」
ライに蹴とばされて倒れたツユグチは髪が乱れ、スカートの裾も泥で汚れている。
「まさかこんなに早く退院されるなんて思っても見なくて。ライが本当にご迷惑おかけして……」
つねった頬ごとえいやっとライを横に投げると、紙袋に入った花とお菓子を航に差し出し頭を下げた。
「つまらないものですが……」
「いや、とんでもないです!助けてもらったのはこっちの方なんです。ライがいなかったらどうなっていたか……」
紙袋を押し戻し、必死に弁明しながらも航にはもっと気になることがある。なぜライは?
「いえいえいえ、美馬さんからも聞きました。ライがお役に立てたのも、天道さんの指導が」
「うん。オレ、兄貴大好き」
性懲りもなくまた航に抱きつき、すりすりと頬を寄せてくるライの首根っこをツユグチが掴む。
「ラ・イ・く・ん!まずsitしてお礼!down!」
「なに言ってんのかわかんねえ」
へらへら笑うライに、ようやく航は小さな声を出す。
「……ライ……なんでおまえ……」
「なに?」
ライが片眉を上げたとき、美馬が自分の車の横から航を呼んだ。
「天道さーん!お待ちかねですよー!」
ピピっという電子音と共に美馬の車の後部座席のドアがスライドする。そして。
「お兄ちゃーん!!」
懐かしいふたりのカッコいい青年が。男前が台無しなくらいにところどころ剥げを作って、浮浪者みたいにあちこち穴の開いた服を着て飛び出してきた。
「心配したー!」
そして航に一斉に飛びついた。
航は荷物を手に持ったままふたりを支えきれずに尻もちをつく。
「全然迎えに来てくれないから、死んじゃったかと思ったー!」
「美馬さんちに連れて帰られたから、もう死んじゃったんだと思ったー!」
おんおん泣きながら航の顔にリクとカイは顔を摺り寄せる。
「え、なんでおまえら……」
ヒトなの?
訊きたいのはやまやまだが、美馬もツユグチもちょいワル紳士もいる。
はっきりと訊けないモヤモヤを抱えたまましどろもどろになっていると、ちょいワル紳士の車からさらりと優雅にサイゼリヤとベローチェ兄弟が現れた。
しかしその姿はライやリク・カイよりやや少ないくらいだが、剥げと穴ぼこだらけである。品格のある立ち姿とのギャップに、思わず航は泣きながら吹き出しそうになる。
「かわいそうでしょ~。男前が台無し」
ちょいワル紳士が肩をすくめるが、サイゼリヤもベローチェもにこにこと笑っている。
「リク、カイ、おまえらなんで……」
ヒトなの……?と訊きたいが涙が出て来て声にならない。
リクとカイは航の次の言葉を期待に満ちた目で待っている。
「天道さーん!待ってくださーい!」
そのとき病院の入り口から舟木が手を振りながら駆け寄って来た。




