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犬が兄弟になりまして  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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犬が兄弟になりまして・22


 ググってもわからなかった。

 人間ばかりのドッグランにリクとカイを放ち、航は隅で地名と美馬の名を検索してみたが、出てくるのは観光案内や店の名前ばかり。たまにスポーツ選手が出てくるが、美馬の祖父とは似ても似つかない若い人物だった。

 受付の男性スタッフの驚きようからだいぶ有名な人ではあろうと思われたが、そうそう一般人の航が会社の社長や地主なんかを知ってるわけがない。新聞がどうとか言ってたから市議会議員とかかと市のホームページも見てみたが、美馬という議員はいない。

 う~むと航が唸ったときだった。

「お兄ちゃん危ない!」

 リクの声に顔を上げた瞬間、何かが顔面に飛び掛かって来た。そしてひっくり返った。

「お兄さん何してんの?おもしろいの?ぼくにも見せて」

 飛び掛かって来た相手は倒れた航にのしかかったまま顔を摺り寄せ一緒にスマホを覗こうとする。かと思えば。

「でもさでもさ、走った方が楽しくない?一緒に走ろうよ!ほら!あっち行こうよ!走ろ!」

 航の顔の真ん前でまくし立て、立ち上がって走り出す。そして。

「お兄さんなにしてんの!立って立って!今日天気いいから気持ちいいって!ほら走ろう!ほら!」

 なかなか立ち上がれないでいる航のもとへ戻って来てカモンカモンと誘う。

 カイが慌てて航に走り寄った。

「お兄ちゃん大丈夫!?どっか痛い!?」

「なにこの人おまえらの兄貴?」

「やめろ!これだからハスキーはバカばっかって言われんだぞ!」

 ハスキーなのか……。航は頭をさすりながら起き上がった。

 くっきりはっきりした目鼻立ちにしっかりした身体つき。動きやすそうな白いシャツとグレーのパンツ。

 そうか、ハスキーかあ……、と頭から血が出てないことを確認して、今度は腰をさすりながら立ち上がろうとするともう一度全身に衝撃を受け、また倒れた。

「オッス!オレ、ライ!よろしく兄ちゃん!あそぼ!」

「あー!お兄ちゃん!」

「いい加減にしろ!バカハスキー!」

 航が容赦なく3人に踏みつけられるなか、ようやく救いの声が届いた。

「ライ!ストーーーップ!!」

 可愛らしい高めの女性の声だが、威厳を出そうとしているのがわかる。だがドッグランの入り口から走って駆け込んでくるのでいささか息切れぎみであった。

「ライ!ステイ!」

「ここに?」

 航に乗っかったままへらへら笑って聞き返すさまを見たら、飼い主は卒倒するのではないか。いや待て本当に飼い主なのか?また犬ではないのか?そう思いながらも航は地面を指さした。

「降りなさい」

「ええー。お兄ちゃん、あったかいのに~」

 言いながら航の上にしっかり抱きついてくるうっとうしい青年に航は虚無の顔になった。

 これが本当にハスキーであればどんなに嬉しかったことだろう。あのふかふかの毛並みに無邪気な笑顔。抱きしめればきゃっきゃと喜んだに違いない。

「お兄ちゃん、抱っこ抱っこ~」

 胸の上の青年も無邪気に抱っこをせがんでくるが、全然かわいくない。犬ならかわいいが人間の男子はかわいくない。犬なら愛おしい重みだが、成人男子はただ重いだけ。

「お兄ちゃ~ん」

 顎の下に頭を摺り寄せてくる鬱陶しい成人男子をリクとカイが必死に引きはがそうとしていた。

「どけよ!お兄ちゃんが潰れるだろ!」

「お兄ちゃん!生きてる!?生きてる!?」

「ライ!」

 飼い主らしい女性にライと呼ばれたハスキー犬はようやく航の上から引きはがされた。

「すみません!お怪我はありませんか!?」

 大型犬の部類に入るハスキー犬を飼っているとは想像できない華奢で小柄な若い女性は、両手でライの襟元を掴んだまま航に言った。

 だがまだ油断できない。航は警戒した。華奢で小柄なハスキーかもしれないし、まんま華奢で小柄なチワワかもしれない。人間に対して気遣いのできる、躾の行き届いた柴犬かもしれないのだ。

「ツユグチさーん!ライくん捕まりましたかー?」

 ツユグチさんというポメラニアンかもしれない。美馬の呼び掛けにも航は警戒を緩めなかった。

「ここでーす!捕まえましたー!」

 太めのリードを持ってランに入って来る美馬に『ツユグチ』と呼ばれた飼い主の女性(仮)は手を振った。

「まったくライくんの運動神経は頼もしいけど困ったもんですねえ。どうやってこっちに来たのかしら」

 美馬はライの首にリードを付けたようだったが、するりとそれは航の視界から消え、美馬はライの手を取って立ち上がらせた。そして周りを見回す。

 広さは違えど四つの区域に分けられたドッグランは、どれだけジャンプ力の高い犬でもそうそう簡単には越えられないように、それぞれ2メートル近い高さのフェンスで仕切られている。

 航たちが居た主に大型犬が使用しているランに、どうやらライは扉を潜らずどこかから侵入して来たらしい。

「Aフレームを踏み台にして飛んで来ましたよ」

 癖っ毛の女の子の後ろをついて歩いていた男性が笑いながら「すごいですね」と言った。ヤバそうに見えるけどあの人は人間なのね、きっと女の子は犬よね犬であって欲しい犬じゃないならきっと今ごろ美馬さんが通報してるよねと航は思いながら、隣のアジリティがあるランを見て驚いた。たしかにAフレームは高さがあるが、フェンスのすぐ横にあるわけではない。どんな助走と脚力か。

「おれ、すごい?」

 ライは自慢げに航に向かって親指を立てた。

「すごいけど、怒られろ」

 冷静に航は言った。

「ライくん、sit」

 ライは美馬に向かってピシリと直立した。やっぱり座らないんだと航は思った。

「ママの言うこと聞かないと、大会に出られないよ?」

「美馬さんの言うことだけは聞くんですけど……。私の言うことは全然」

 美馬と会話が成り立っていることで人間と判明した飼い主らしい華奢な女性は、はあと大きなため息をついた。

 女性にしては美馬はすらりとした長身の方だが、それにしてもやはりツユグチと呼ばれたライの飼い主の女性は小柄だった。ということは、大型犬のハスキーから見てもだいぶ小さい人間ということで。

「だってママ怖くないしかわいいし」

 案の定バカにしていた。

 一応姿勢を正しているが、へらへら笑っていることを知ったら、美馬もツユグチもどう思うのか。

「もー。笑ってごまかしちゃってー」

 美馬がライのほっぺを摘まんで伸ばした。

 そういやハスキーは年中笑ってるんだったと航は思い出す。

「やっぱり無理なんですかね、ライには……」

 肩を落とすツユグチに美馬も眉を下げて言う。

「活動的だし頭いいし向いてるとは思うんですけど……。人も犬も多い土日は集中してトレーニングするの難しいかもしれませんね……」

「人とか犬が好きで落ち着かないんですか?」

 航が訊くとツユグチがため息をつきながら答えた。

「どっちも好きだしなんでも好きです。猫も蝶々も鳩も追いかけます」

ライが美馬の手を払って航に飛びついた。

「お兄さん大好き!遊んでくれそうだもん!」

 なんとなく備えていた航は足を踏ん張りライを受け止めた。そして冷静に言う。

「つまりおもちゃになりそうなものが好きなんですね」

「そうなんです……」

 ツユグチは深々とため息をつく。

 航は足元に落ちていた木の枝を拾うと、思い切り振りかぶった。そしてアジリティのあるランの方へ投げる。

「取ってこーい!!」

 ライは目を爛々と輝かせると、ひゃっほーい!と叫びながらいったんランの奥まで下がり、助走をつけてベンチを蹴り上げるとフェンスを軽々飛び越えてアジリティのある方へ着地した。そして木の枝を追いかけて行く。

 美馬もツユグチもリクもカイも、他のラン利用者も唖然と見守る中、はっと美馬が正気に戻った。

「天道さん!」

 そして叱った。

「リード付けたまま走らせちゃダメです!引っかかっちゃう!」

「あ。ごめんなさい」

 航は謝った。







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