犬が兄弟になりまして・13
航の営業先は主に病院主体の介護施設である。
得てしてそういう施設は立派な門構えとセキュリティをしているもので、その日も大きな自動ドアをくぐり、スリッパに履き替え、受付に注文のあった薬と器具を届けようとしていたところだった。
シュッと何かが脇を走り抜けて行った。と、同時に「タマちゃん!」と声が追いかける。
猫かなと航が顔を上げると、年配の利用者たちがくつろぐ広いロビーの中、場違いな華やかさを放つ黒いゴスロリ衣装を着た美少女が、車椅子の男性の膝に乗っていた。
美少女はぎゅっと男性の頸にしがみつくと、キッと航の方を睨みつけてきた。
座り方は愛人だがたぶん孫だな、と航は踏んだ。あのシブいイケじいの愛人があれだったら、ちょっと引く。
「いやっ!私、パパと一緒にここにいる!」
航は引いた。
「タマちゃん!勝手に入っちゃだめでしょ!お外で待ってなさい!」
ドン引きしている航の横を美しいご婦人が駆け抜ける。
そうでしょうそうでしょう、と航はひとり納得する。ロビーにさざめく人々がにやにやとゴスロリ娘とイケじいを遠巻きに眺めている。あんな若くて派手な愛人が飛び込んできたら、そりゃーいい暇つぶしにされてしまう。身内としては絶対避けたいところだろう。いや待てよ。焦っているから勝手に身内認定してしまったが、本当に身内だろうか。航はちょっと首を伸ばして、3人の様子をうかがった。
「イヤッ!」
ゴスロリ娘はますます強くイケじいにしがみつき、イケじいは愛おし気にゴスロリ娘を抱きしめた。
航はおおと感心する。絶対財産目当ての愛人だろうに、抱きつかれれば悪い気がしないもんなのか。酸いも甘いも嚙分けたような顔して意外とちょろいじいさんなんだな。
「タマちゃん!」
女性が無理矢理タマと呼ばれたゴスロリ娘を引き離そうとすると、イケじいはそれを厳しく止めた。
「やめなさい、ミヤコ。タマが嫌がっている」
さっきからタマタマタマタマ猫みたいに呼んでいるが、ゴスロリ娘にしては古風な名前だなと航は思った。キラキラネームまで若くはなくとも、美とか奈とかで終わりそうな名前をしてそうな見た目をしているが。
そしてはたと航は思いつく。芸者か舞妓なのか!?源氏名だったら『玉』でもおかしくない。仕事で和服を着ている反動で普段着はああいう格好というのもあり得ない話ではないかもしれない。しかもお茶屋遊びとかしてそうな貫禄のあるイケおじだ。そして『ミヤコ』と呼ばれた楚々としたご婦人は置屋の女将さんぽい風情がある。
航はさらに肩ごとロビーの方向に伸ばし、聞き耳を立てた。
「お父さん。あんまりこんなこと言いたくないんだけど、やっぱりタマちゃんはうちでは手に余るからこれ以上は預かれないわ」
え?お父さんなの?遠くに何かを見つけたウサギのように航の腰が伸びる。娘が父親の愛人の面倒見てるの?え?まさかもうイケじいとタマは結婚してて夫婦なの?ミヤコさんの義理の母なの?お母さんと呼びなさいとか言われてんの?航の眉間に皺が寄る。
「……わかってる。もうすぐ退院するからそれまで預かってくれれば」
シブい声で言うイケじいさんをミヤコは遮った。
「またそんなわがまま言って。もう、お父さんは家に戻ることはできないんです!」
ミヤコの声に委縮したタマの肩が震える。イケじいはタマの頭を優しく撫でた。
「……私がいないとタマが寂しがる……」
「お父さん!」
「わかった。もうお前には頼まない。自分でなんとかするから、タマを置いて帰りなさい」
「お父さん!!」
タマを膝に乗せたまま車椅子を反転させたイケじいをミヤコは止めようとした。
「そんなことできるわけないでしょう!お父さん!いい加減にわがままは」
「今日もかわいいね、タマちゃん」
さわやかな声とともに若い男性がイケじいの前に立ちはだかった。
新たな登場人物を見ようと、航はほぼほぼロビーの入り口の前に来ていた。
「すいません、ムエイさん。これ以上タマちゃんは中に入れません」
車椅子の前に膝をつくと、男性は申し訳なさそうに眉を下げて言った。そしてミヤコを見た。
「こんにちは。いつもありがとうございます。今日はご主人は……?」
ミヤコは軽く会釈をすると外を指した。
「お世話になってます。主人は車で」
「よかったら外で話しましょうか、ムエイさん。タマちゃんともゆっくりできるし」
男性はにっこりとほほ笑むと外にいざなった。
あれほどイケじいことムエイにしがみつき震えていたタマは、男性を見上げ、心なしか赤くなっているようだった。狙いはこっちか、と航は思った。これはじいさん、真実知ったら荒れるぞ。
ミヤコが車椅子を押そうとすると膝の上のタマが嫌がるので、男性に押されながらムエイの車椅子が航の前を通りすぎた。
ロビーの入り口には大きな鏡が備え付けてある。
航は違和感を感じた。
なんか少ない、というか小さい。
航は、ん?と通り過ぎて行ったムエイたちを見て、また鏡を見た。
航は首を傾げた。




