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犬が兄弟になりまして  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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犬が兄弟になりまして・12


 3年も今の場所に暮らしていた割に荷物は少なかったので、引っ越しは次の週末にした。

 その前に、と航はいったん予約していた脳神経外科に行った。

 言いにくかったが

「なんか、こう、犬が人間っぽく見えるときがあって……」

 などと言葉を選んでみたが、あははと笑われ、案の定

「愛犬家の人はそんなもんだよ~」

 などと言われた。

 おおむね覚悟していたことなので、航は取り乱さなかった。

 リクとカイが保護施設に再び連れて行かれた後すぐに病院にかかっていれば、しつこく心療内科だの眼科だのやれセカンドオピニオンだの梯子したかもしれない。

 だが先日見えた人間しかいないドッグランの風景に、航は腹を決めていた。

 予約の取りにくい脳神経外科が航を冷静にさせた。それも脳神経外科の裏技なのかもしれないと航は思った。


 平日昼間の公園で買ってきたコンビニ弁当を食べながら、散歩している犬を眺めるのも航のささやかな楽しみだった。

 今は、もう、いない犬。

 いや。犬はいるのかもしれない。ただ航に見えないだけで。

 隣のベンチには清楚な感じの若い女性と誠実そうな若い男性が座っている。

 一見するとカップルである。だが違うことに航は勘づいていた。

 女性の手には小ぶりの、若い女性が持つには若干いい加減なデザインと造りのトートバッグが握られている。中には水の入ったペットボトルがある。ラベルの剥がされた古びたペットボトルだ。航の場所からは見えないが、たぶんビニール袋やウェットティッシュも入っているのではなかろうか。

 細くてタレ目がちの愛嬌のある顔立ち、筋肉質っぽい身体つき。

 なんだろう。と航は思った。

 赤ちゃんの性別を知りたいときは「女の子ですか?」と訊けと先輩に言われたことがある。

 女の子だったらそのまま「かわいいですね~」でいいし、男の子だったら「わあ。あんまりかわいいから女の子だと思っちゃいました~」で角が立たないというのだ。

 航は応用した。

「……犬、ですか?」

 犬じゃなかったらえらいことになるとは、航は考えてなかった。

 女性は一瞬驚くと、くすくすと品よく笑った。

「犬です。よく熊とかパンダとかぬいぐるみとか言われますけど」

 熊。パンダ。ぬいぐるみ。熊っぽい犬か。なんだ?

 航は脳内の犬種図鑑をめくりまくった。

「犬種はなんですか?」

「チャウチャウです」

 チャウチャウ!

 航は片手で顔を覆った。

 あのかわいいチャウチャウ!もっさりしてぼてぼて歩く、動く愛嬌チャウチャウ!

「か、かわいい……!」

 脳内に再生されたチャウチャウに反応して思わず口から洩れたが、目の前にいるのはシュッとした割とかわいい系のイケメンとはいえ成年男子である。できれば犬のときに会いたかった。航は悔しくて震えた。

「抱きついてみます?気持ちいいですよ」

 反応のいい航に気をよくしたのか、女性が勧めてくれた。

「うちの子おとなしいんで」

 ありがたいですが、どんなにおとなしくても成年男子なんです、ソレ。

 哀しさに打ちひしがれながら目を開けて見ると、ソレは無表情に背筋を伸ばし両手を広げて航を待っていた。

「抱っこさせてくれるんだアスラ。やさしいねえ」

 女性には今このチャウチャウがどう見えているのか。胸を張っておすわりし、航を受け入れる器の大きさを見せているのか。

 無下にはできない、と航は思った。

 犬が人間に見えているのは自分だけなのだ。

 相棒を抱くことを許してくれた女性にも、抱かれることを受け入れてくれたこのチャウチャウ自身にも、犬は犬としてしか見えてないのだ。

 自分さえ受け入れればいい。航は決心した。

 自分さえこの、犬のいない世界を受け入れてしまえば楽になるのだ。

 ヒトに見えても犬なのだ。相手が犬と自称している以上、彼らは犬なのだ。

 航はゆっくりとチャウチャウの胸に飛び込んだ。

 柔らかくもない。ふわふわでもない。想像していたチャウチャウとは全然違う、筋肉質の分厚い胸に包まれながら、そして自らの腕もその硬くがっしりした体躯に回しながら、航は、涙した。

 



 

 

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