ルルヴァ・パム 四
―― ぐちゃぐちゃにしたい。
―― ぐちゃぐちゃになりたい。
―― 興奮と何かで頭がおかしくなる。
夜を退ける破壊の炎。
静寂を吹き飛ばす怒号と悲鳴。
その全てが相違する断続の連続。
無人の戦闘ゴーレム。
有人の戦闘装甲ゴーレム。
呼び出され、或いは生み出された異形の怪物。
アッパネン王国の紋章を記した魔導の兵装で身を固めた兵士。
聖典教会の聖印を刻まれた黒衣を纏う騎士。
その全てがルルヴァへと襲い掛かる。
「風よ!」
津波のような弾幕をルルヴァの風が粉砕する。
交差する無数の刃と翡翠の刃。
「らあ!」
半月を描いた飛燕王の軌跡、両断された魔導剣、魔導鎧、肉と血と骨達。
舞い散った赤の飛沫が落ち始めるより前に、踏込み駆け抜けたルルヴァの斬撃はゴーレムと怪物達の中を走り、一拍置いて斬り飛ばされた各々《おのおの》が地面へ落ちていった。
『世界を汚す汚物が!!』
ルルヴァの上空、天を背に鋼の翼を広げる戦闘装甲ゴーレム達の砲撃の掃射。
その後ろで巨大な赤竜の顎門が開き、眩い程の赤い光がルルヴァ達を狙う。
(「ルルヴァ様伸ばします! ご準備を!」)
ゼブからの念話。地下を走った強大な魔力の波動。
ルルヴァは天を睨み、両手に握る飛燕王の刀身をその体の後ろへ隠す。
がら空きとなった正面へ撃ち込まれる攻撃は、しかし翡翠の風が護り、エトパシアの炸裂型魔導矢が撃ち落とす。
赤みを帯びたルルヴァの魔力洸が高まり、空気の擦れる音が鳴る。
(「お願いします」)
(「はい!」)
次の瞬間、地面が爆発した。
『な!?』
『んだと!!』
天へと伸びる、石の無数の槍柱。
全てが音速を超え、六つ七つを耐えたゴーレムの装甲も、十を超え十五を超えるとなると耐えられず。
「っ」
ルルヴァは槍柱の間を一呼吸で蹴り上がる。
牙の生え揃う竜の顎門の奥に、今解き放たれようとする強大な赤い破壊の力が覗く。
「風よ!」
『ゴアァ!!』
間に合わず、放たれてしまった業火の竜吐息。
ルルヴァを呑み込み、地上のエトパシア達を穿ち、爆炎の中に全てを燃やし消し飛ばすはずだったそれを、飛燕王の嵐の刀身が竜の口ごと斬り裂いた。
爆発。
爆風を受け空へ、宙へと飛ばされたルルヴァの視界に、リクスへ光の剣を振り下ろすロー・アトラスの姿が映った。
―― 飛燕王の鼓動が応えた。
「お願い!!」
ルルヴァの投擲。
飛燕王が翡翠の洸を引き、閃光となって翔ける。
「!?」
風が処刑大剣形態を弾き飛ばした。
それを見届けた瞬間がルルヴァの現界だった。
―― 疲労の極限に達し、視界が霞む。
―― 白い巨人がその左手を、自分へと向けたのが見える。
―― 赤い盾と一体化し、掌に開いた砲口に白い輝きが灯るのが見える。
(ああ、)
―― 本当に、どうしようもない。
「発射」
白い光。
その輝きの中に過去と未来が重なり、消えていく光景の幻を視た。
―― 父さん、母さん、ペローネ。
いつか世界を旅しようぜ。すっげえもんがある気がするんだよ。
うん。いつかきっと。
夢なんだよ。だから俺は。
だから私は頑張るんだ。
「みんな……」
……。
終わりは訪れなかった。
紅色の魔力洸を放つ巨大な盾が、白い光からルルヴァを守ったのだ。
そして。
「あ……」
空に在り、自分を抱える巨大な存在をルルヴァは見上げた。
月光に照らされ黒い鱗が輝く。
それは赤い魔導鎧を纏い、夜空へと翼を広げる黒き魔竜の姿。
『よく頑張りました。もう大丈夫ですよ』
ルルヴァへ微笑んだ黒い竜の瞳は、優しい光を湛えていた。