悪魔はご機嫌
朝食のトーストとゆで卵とコーヒーのセットをさっさと食べた俺たちはそれぞれ買い物に行くということにして出掛けて情報収集することとなった。
じいさんは全世界を旅していることもあって、情報屋が町には必ずいるそうで、それをあたってみるとどこかへ行ってしまい、マスティフは冒険者からなにか情報を得ようとギルドや飲み屋を回ると言って出掛けていき、アシュアとレフィは買い物をしつつ商人からなにか聞いてみると出掛けていった。
「俺たちはどうしましょうかねえ。」
「ミャー」
わかんないっという感じで鳴いて首を傾げてきたクロ助とうーんと考えていた。
ぶっちゃけ俺としては悪魔を見るために最高指導者の手がかりを得たいのと、絶望の顔を見たいだけなんだよね。
だから国王とか第三王子とかヴェネリーグの内紛とか、正直どうでもいい。
どっちが負けようが勝とうが、そんなに変わらないような気がするんだよなあ。
そもそもこの世界の人間じゃないし、3ヶ月前に来たばかりだからか国王とか偉い人をいまいち、そういう風に見れないんだよなあ。
だってこの世界の最高に偉い存在の神様に会ってるし。
テスターという立場もあってか、なんか体験型の旅行に来ている「旅行者」みたいな気分なんだよな。
あ、でも、できればこじれてくれたら絶望の顔がたくさん見れるからいいかも。
そう思ったらなんか絶望、見たくなっちゃったなー。
「ここは・・・そうですねえ。・・・スラム街に行ってみましょうか。」
俺は宿屋を出ると、るんるん気分でスラム街に向かった。
マシリの町は空から見ると八角形のカクカクした町で、4メートルほどの石の塀に囲まれている。
南側に出入り口がなく、北側がトリズデンに繋がる道で東側がヴェネリーグの首都に繋がる道だそうで北側と東側が道幅が大きくなっていて、西側に細めの道が通っている。
南側に領主の屋敷や貴族の屋敷が数件建っていて、西側にいくにつれて庶民の住む住宅街になっていき、西側の少し北西寄りのところがスラム街なのだそうだ。
治安の悪化でスラム街の人口が増えたようで、西側に来ただけで道に座り込む浮浪者の数が異様に多かった。
道端にはゴミが散乱していて、それを漁っている浮浪者もいれば、ただ座り込んで虚ろな目で空を見上げている浮浪者の姿などいた。
俺は絡まれるのはまっぴらだったので隠蔽魔法で存在を隠蔽して歩いている。
クロ助はキョロキョロ見回して様子を見ている。
俺はちょこちょこ浮浪者の顔を覗き込みながらスラム街に足を踏み入れた。
うわっっ!さいっこう!
「ふはははっ、みんないい顔してますね。ここの人たちは絶望のなかに生きてます。なんて素敵な表情なんでしょう。」
俺は自分でも異常なほどニコニコしながら道の隅に倒れこんでる浮浪者の濁った目を見ていた。
この浮浪者は髪と髭をバサバサに生やしたおじさんのようで、信じられないほど痩せ細り、まさに骨と皮だけになっていた。
「ふふふ、いいですねえ。諦め・悔しさ・虚しさ・・・色んな感情が混ざってて素晴らしい目をしてます。いい絶望ですねえ。」
俺のそんな感想は声の隠蔽もしているので、もちろん誰にも聞こえていない。
「あう・・・うあ、ああ・・・。」と微かに声をあげてなにか言っているようにも聞こえるが、うわ言を聞く人もおらず、すぐそばで地面に腰かけているおじさんと思われる浮浪者も虚ろな目で地面を見ていた。
「うん?この人は・・・。」
この虚ろな目のおじさんはパッと見た感じはそこら辺にいる浮浪者と変わらない。
が・・・絶望の質がちょっと違うな。
俺は興味をひかれて声だけ隠蔽を解いた。
「失礼します。あなたはなぜここにいるか、教えて頂けますか?」
ちょっと幻聴っぽくそう聞いてみた。
浮浪者は驚くこともなく、幻聴と思ったのか静かに口だけ動かして話してきた。
「もう、俺は終わりだ。・・・いよいよお迎えが来たのか、幻聴まで聞こえるなんてなあ・・・。全部幻だったんだろうか?・・・いや、そうじゃない。俺は確かに半年前・・・この国の大臣だったんだ・・・。」
ほう。面白そうな人を見つけたようだな。
「俺は・・・侯爵家嫡男として生まれて最高の教育を受けて育ち、当たり前なこととして父の大臣の地位を引き継いで、王族の妻も得て、全ては順調だった。・・・グラエム王が軍に力を入れなければ・・・。」
「軍に力を入れるとは?」
「他国に浸行して領土拡大することをグラエム王は常々提案していたが、戦争などするほどの軍事能力も予算もなかったのもあって大臣たち皆で反対してきたが、グラエム王は俺たちの言葉を無視して軍事技術の向上に力を入れ始めた。・・・そしてその軍事技術の向上の証明として、俺ら反対していた大臣たちが・・・実験台にされてしまった。」
俺はハッとしておじさんの姿を改めて見た。
おじさんは腹部に大きな傷があり、そこが不自然にへこんでいた。
「俺はたまたま・・・臓器を破られただけですんだが、他の大臣はみんな死んだ・・・。こんな体になってしまい大臣の職は降ろされ、グラエム王に目をつけられたと王族の妻には突き離されて、侯爵家からは俺は事故で死んだとして簡単な治療だけされて放り出されて・・・このザマだ・・・。」
やっぱり。
虚ろな目を見て、なんとなく「なにもかも失った元権力者」のような絶望の顔をしていたからもしかしてと声をかけたが、当たっていた。
たくさん色んな絶望を見たからか、目を見たらどんな絶望を味わったのかなんとなくではあるがわかるんだよな。
なんていい表情なんだろう。
「臓器をやられていたが、簡単な治療のおかげでなんとか食いもんは食えるから、今までここで残飯食ってきたが・・・もう、どうでもいい。これ以上生きたところで・・・なんになるってんだ・・・。うううっ・・・腹がいてえ・・・。」
おじさんはお腹を抱えた体を丸めた。
もうこれ以上おじさんに聞いてみても答えることはなかった。
俺はなんだつまんないと思って声の隠蔽をして、またスラム街が散策して道に倒れている浮浪者をニコニコ笑顔で観察したり、数人で座り込んで世間話をしている浮浪者たちの会話を聞いたりして情報収集をした。
スラム街の住民の絶望をいっぱい見れて、俺としては大満足で昼食を食べようと昼前に飲食店へ向かった。
昼食は事前に決めておいた飲食店で集合して、情報交換しながら食べようとじいさんの提案で皆と話し合っていたからだ。
集合場所として決めた飲食店は、この町で有名な店のようで、町の真ん中に店があることと個室があるからということで、その飲食店が集合場所となった。
「あっ!ユウジンおかえり~。」
マリルクロウの名でじいさんが個室を取っておいてくれたので、受付でマリルクロウの連れだと言うとすぐに個室に案内された。
そして個室に入ると、アシュアとレフィがすでに来て席についていた。
個室は部屋の隅に花がいけてあるくらいの簡素なもので、窓も1つしかなくて部屋の中央に10人掛けの大きな丸いテーブルがあるくらいだった。
アシュアとレフィは適当に座っていたので、俺も適当に間隔をあけて座った。
座るとクロ助が影から出てきて部屋の探検を始め、辺りをフンフンと匂っていた。
「あれ?ユウジンめちゃくちゃ機嫌良くない?なになに?どうしたの?」
「ふふふ、ちょっと久しぶりに好きなものが見れたもので。」
「好きなもの?なにかあったの?」
「いえ、たいしたものではありませんのでお気に為さらずに。それより、お2人は早かったですね。情報収集うまくいきました?」
「んまあ、基本的なこととか皆が知ってることとかを聞いてきたって感じ。それでいいかなって。商人とかに聞いてそうものすごい情報がホイホイ聞けるとも思ってないし。だからちょっと早めに終わっちゃったから本気の買い物をしてここに来たの。」
ほらっ、と言ってアシュアはテーブルの影になっているところを指差すので覗きこんでみると、ものすごい大量の買い物袋があった。
女の本気の買い物とは恐ろしい・・・。
それらをなんとなく促されてアイテムに積めていると、マスティフが案内されてやって来た。
「よう。あれ?じいさんがまだなのか。」
マスティフは部屋を適当に見渡すと適当な席に座った。
「あ、マスティフお疲れ様~。どうだった?冒険者情報は。」
アシュアの問いにマスティフは微妙な顔をしていた。
「微妙だな。本当かどうかわからない噂話が多くてなんとも言えない感じってとこ。でも依頼はものすごく多かったぜ。」
「それはやっぱり、治安の悪化と兵士たちが内紛の鎮圧にかかりきりだから?」
「多分な。」
じいさんが部屋に来たのはそれから数分後くらいだった。
「ほうほう、わしが最後か。待たせたのう。」
じいさんも適当に座って、適当に好きなものを頼んで食べることとなった。
ほどなくして頼んだものが全部来たので、食べ始めた。
「そんで、どんな感じだった?」
分厚いステーキを頬張りながらマスティフはそう切り出してきた。
「皆さんちょっと待ってください。・・・はい。部屋に音の隠蔽魔法をかけたので話して大丈夫です。一応かけておかないと、誰が聞いてるかわかりませんからね。」
俺はアジフライ定食を食べていた手を止めて部屋に隠蔽魔法をかけた。
「さすがユウジンね。」
ナポリタンを食べていたアシュアは感心した目で見てきて、カルボナーラを食べていたレフィが頷いていた。
「ほっほっ、本当に隠蔽魔法は便利じゃったんじゃのう。」
じいさんは天丼とステーキを笑いながら食べていた。
じいさん、胃も元気だな!
 




