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15 秋吉吉成:ベクトルの行方

今回最終回です。どうもありがとうございました。

 きっと哲には僕の本当の気持ちを言ったら呆れられる、そう思ってた。

 

 哲は、自分の好きなように行動しているように見えたから、きっとそうじゃない人間は軽蔑するだろうって思ってた。


 だけど、逆に僕の思いを肯定されて、不安な気持ちを否定されて。



 僕は、本当に…………。




 その後、お風呂から戻った頼子に「風呂入ってこい」と追い出され、二人でさっさと簡単に汗を流すと部屋に戻った。


 うちの家のお風呂はわりと広く作られてて、男二人でも難なく入れるけど長湯するものでもないしね。




 部屋に戻ると、哲は欠伸をした。 


「ふぁ、寝みい。俺もう寝るわ」


「えー、岩井哲早すぎるよー。さっきまで寝てたのに」


「うっせえ」


「ぶー、もういい。吉成ちゃん、今週分の手紙出してっ」


 むくれた頼子は、口をぷうっと膨らませると、ずいっと僕に手を突き出した。


「う、うん」


 僕は机の引き出しから数通の手紙を取り出すと、紙とペンもあわせて頼子へ渡した。


「なんだそれ」


 眠いと言っていた哲も興味を示したのか、覗き込んできた。


「吉成ちゃん宛のラブレター」


 手紙をぱらぱらと見ながら、さらりと答える頼子。


「はあ…………!?」


 哲は驚いたように声をあげると、じとっと僕を見た。


「最悪。自分宛の手紙、人に見せるなんてよ」


 僕は慌てて否定しようとした。


「で、でも、返事出さないもの失礼だろう?」


「それがなんで江川に手紙を見せることに繋がるんだよ」


「吉成ちゃんじゃ、もらった相手が誰だかさっぱりわからないからよ」


 頼子はそう言いながら、いつものように相手のプロフィールと僕との関係を紙に書き出していく。


「いくら手紙の内容に即した返事を書くにしろ、前提がある程度ないとおかしな返事になるもの。いっそまったく知らない相手からだったのなら問題ないんだけど」


「……ってこれ、うちのクラスのやつじゃん。いつらなんでもこいつのことは……」


 哲は一通の手紙を取り上げると、差出人の名前をみてそう言った。


「わかる? 吉成ちゃん」


「……」


「だって」

 

「……まじで?」


「まじもまじ、大まじよ」


「……」


 僕に返す言葉はありません……。


「そ…それにしてもおまえすごいな。一年から三年まで、なんでこんなに把握してんだよ」


 哲が反応に困ったように、話題の軌道修正をした。


「簡単なことよ。私、全校生徒のプロフィール、全部知ってるから」


「……」


「頼子、趣味が人間観察なんだ」 


 覚えてるから、じゃなくて知ってるから、っていうのが、頼子の頼子たるゆえんなんだよね。 


「……し、しかもなにその、『いつも吉成ちゃんを木の陰から見守ってる人』ってのは。ギャグか?」


「ほんとよ」


 うん、そんな人まで把握してるなんてやっぱり頼子はすごいなあ。


 哲は「ストーカーかよ」と絶句してるが、見てるだけならストーカーではないんじゃないかな? と僕は思う。


「まあ、いいならいいんだけど。あ、そういや、なんでおまえ俺のことずっとフルネームで呼んでるわけ?」


「ん? 語呂がいいから?」


「意味わかんねーよ。あと、秋吉は? 俺のこと名前呼びしてんのは?」


「え……と?」


 特に、意識してたわけではないので、改めてきかれると困る。


 そんな僕に、頼子はペンを動かす手を止めて言った。


「知らなかったの? 吉成ちゃんは自分がしっかりと認識した相手は名前で呼ぶのよ。まあ、先生とか金田みたいな特殊な場合は別だけど。名前で呼ばない相手は、知らないか覚えてないか、覚えてても空覚えだったりするのよ」


(へえ、そうだったんだ)

 

 僕は自分のことながら、言われて初めて気がついた。


 やっぱり、頼子の観察眼はすごいよ。


「は……? つか秋吉が名前で呼ぶ奴なんて……」


 哲はそこではっとしたように言葉を区切ると、僕と頼子の顔を見比べた。


 そして、小さく息をつくと、ぼそっと漏らした。


「納得……」


「え? なにが?」


 僕が尋ねると、哲は僕の肩にぽんと手を置いて言った。


「おまえが江川の熱烈な信奉者な理由が、だよ」


「なに言ってんの。馬鹿じゃないの」


(確かに……)


 頼子は呆れたようにそう言ったけど、僕はあながち哲のその言葉は間違ってないと思った。




 その夜、僕は夢を見た。




「ぐす……っ」


「どうしたの、吉成ちゃん」


「……」


「また、いじめられたの?」


「……」


「仕方ないなあ。ねえ、吉成ちゃん、吉成ちゃんったらっ。ねえ、顔を上げて、吉成ちゃん」


「……」


「よし、ねえ吉成ちゃん。頼子はね、吉成ちゃんが好きよ? 吉成ちゃんの笑った顔が好き。だから、笑って?」


「……」


「笑って、吉成ちゃん。そうすれば、きっとみんな吉成ちゃんの味方になるから。そしたら後は頼子が助けてあげるから。だから、笑って」


「……」


「それでも吉成ちゃんをいじめる奴がいたら、頼子がやり返してあげるから。約束するから。ねえ、笑って」


「……」


「どんなことがあっても、頼子は吉成ちゃんと一緒だから。吉成ちゃんの一番の友達だから。頼子が友達なら、きっと最強だよ? だから、笑って」


「……本当?」


「本当、本当よ! ずっと、一緒よ? だから、ねえ、笑って」


「……頼ちゃん」


「笑った!」


「……え、へへ」


「ね、吉成ちゃん。ずっと、そうやって笑っててね。そしたら頼子、ずっと一緒にいてあげる」


「ずっと?」


「すっと」


「一緒?」


「一緒」


「本当?」


「本当よ」


「……約束?」


「約束……」




 幼いことの実際にあった光景が目の前に映りだされて消えていく。


 僕はなつかしい思いでそれを眺める。





「ねえ、吉成ちゃん、ベクトルって知ってる?」


「ベクトル?」


「そう。力とか、速さとか、方向とかを表すもの」


「ふうん?」


「でね、人が人に向ける想い・熱意・感情も、こう太かったり細かったり、多かったり少なかったり、いろんな矢印、ベクトルで表すことができると思うのね」


「ううん?」


「私から吉成ちゃんに向けるベクトル、吉成ちゃんから私に向けるベクトル。どっちもとっても太くて強いと思うのよ」


「うん」


「だけどね、私はもっとそのベクトルがたくさんできればいいと思うの」


「僕は頼子がいれば、それでいいよ?」


「私もよ、吉成ちゃん。だけど、それがもっと増えれば、大切な友達ができれば、もっと素敵じゃないかなって、そう思うの」



 

 そう言った頼子は、まだ中学生で。


 僕は頼子がそんなことを言うのを少し不安に思った。


 頼子は僕のことがいらなくなったのかな。重たくなったのかなって。


 だけど、頼子の僕のことを思ってくれてる気持ちは、もっと深くてずっと優しいものだった。




 また、景色は変わり、そこに今の頼子が僕の大好きな笑顔を浮かべて立っていた。




「よかったね、吉成ちゃん」


 そう言う頼子の声は、とてもあたたかい。


「本当によかったね、本当のお友達、本当に、よかった……」




 ああ、本当に…………。



 本当に、ありがとう…………。







 そこで、目が覚めた。


「あ、おはよー。吉成ちゃん」


「はよっ、つか秋吉、こいつに言ってやってくれよ。まじでこいつむかつくんだけどっ」


「ええー、それは岩井哲の心の成長が足りてないからだよ?」


「おーまーえーなーっ」


 朝から、とてもふたりは楽しそうだ。


 僕は、とても嬉しくなって、自然に笑顔になってくる。


 そして、ふたりに、完璧な笑顔の頼子と、どこか不機嫌そうな哲に向かって新しい朝の挨拶を口にした。




「ふたりとも、おはよう」

きっとこのまま三人はこんな感じで過ごしていくんだろうと思います。

哲の頭の血管が切れないか心配ですね。

では、最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました。

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