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10 岩井哲:決着

 俺は籠手をつけた手で竹刀を握ると、すっと立ち上がった。


 秋吉も同じように立ち上がり、俺の方へと歩み寄ってきた。


 身長差はかなりある。こうして目の前に立たれると、やっぱり威圧感がある。


 歩幅のコンパスの差、腕のリーチの差、背の高さはやっぱり勝敗に関係してくる。


 なら俺は、スピードで先を行くしかない。


 俺はすっと竹刀を構えた。


 同じように構えた秋吉が聞いてくる。


「開始の合図はどうする?」


 審判はいない。

 自分達で何かしらの合図を決めるしかない。


 しかし、第三者不在の合図は不平を呼び込みかねない。


「……じゃあ、何かを投げて、その落ちた音を合図にするか?」


「……うん」


 やっぱり、秋吉の返事は歯切れが悪い。


 よっぽど、俺との勝負をしたくないようだ。


(逆効果だったか……?)


 眉を顰めた俺に、秋吉はまるでそんなことは杞憂だとばかりな笑みを浮かべる。


 他の奴らはどう思うんだろう。こいつのこういった笑みを。


 安心するんだろうか。


 嬉しくなるんだろうか。


 俺はただ、苛立ちが増すだけだというのに。「俺」という個人を無視されて、丸め込まれているような気分になる。



「じゃあ、投げるのはこれな」


 俺はそう言うと、部員の女子が付けたらしい、打ち込み用の手作り人形の面に付けてあった鈴を取り外すと秋吉に掲げて見せた。


 そしてそれを片手で高く放り上げると構えの形をとる。


 俺は宙を舞う鈴が落ちてくるのを見ながら、胸の内でゆっくりと数を数えた。


 一、二、三……。

 

 そして、鈴が床に落ちる寸前、俺が竹刀を握る腕に力を込めた、その瞬間。


「その勝負、待った!」


 そんな、格技場に響き渡るような馬鹿でかい声がした。

 

 目の前の秋吉は不自然なほどの動揺を見せた。


 実際俺も驚いた。


 声の主を見ると、そこには仁王立ちした江川の姿があった。


 いつもの飄々とした様子は見る影もなく、その表情は怒気に満ちていた。


 あまりの怒りっぷりに、賭けのことがばれたのかとも思ったが、あれは俺と秋吉しか知らないはずである。秋吉がばらしたとは考えにくい。

 そもそも知っていれば、今この場での登場ではなく、もっと前に何がしかの反応があったはずだろうから。


 それでも、やっぱり人間やましいところがあると、公明正大にとはいかないようで、「邪魔すんなよ」「見ててもいいけど静かにしてろよな」と言った俺の声にはどこか焦りがあった。



「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで本当に馬鹿だったとは思わなかったわ」


 江川は俺を睨みつけたまま、腕を組むと吐き捨てるようにそう言った。


 反論しかけた俺を「黙れ」の一言で口を封じると、江川は種あかしをした。


 金田、という相手から賭けのことを聞き出したらしい。


 俺は聞き覚えのない名前だが、秋吉には心当たりがあるようだった。


 江川は溜め息をつくと、「自分のことを好きでもないくせに秋吉の本気を引き出す為に利用した」ということまで暴いてくれた。


 図星だ。


 つか何こいつ、まじで怖いんだけど。全部見透かされてそうで。



「あんた、馬鹿でしょ」


「お前、さっきから人のこと散々馬鹿呼ばわりしやがって……」


「だってそうじゃない。いつ吉成ちゃんが本気じゃない時があったの? 吉成ちゃんは手を抜いたことなんてなかったわよ。吉成ちゃんがいつも笑顔だから? だから信じられなかったの? じゃあいつも無表情な人間なら信じられるの? そんな簡単なこともわからないなら、あんた、本当に馬鹿だわ」


「……」


「吉成ちゃんに認められたくて頑張って馬鹿やってるあんたは好きだったけど、目が曇って本当に大切な真実も気づけない大馬鹿なあんたは大っ嫌い!」


 そこまで言うと、江川は足元に転がっていた竹刀を拾いあげ、靴下を脱いで俺の前に立った。


 そして、竹刀を俺に突きつけた。


「あんたなんか吉成ちゃんが相手をする価値もないわ。私が相手になってあげる」


「女なんか相手に出来るかよっ」


「女だと思っていると、怪我をするわよ」


 江川は一向に引く気はない様子だ。


(仕方ねえ……)


 手加減すれば、何とか大丈夫だろう。


 ここまで怒らせちまった原因は俺にあるんだし、まあこれで気が済めば……。


 俺はぼりぼりと頭を掻きながら、道場の端に並べてある部員の防具を指差した。


「じゃあせめて、あれをつけて……」


「必要ないわ」


 俺の言葉を遮って、江川は言った。


「あんた相手になんか、これで十分」


「……!」


さすがに頭にきた。


「じゃあ俺も脱いでやるよ!」


「別にいいのに」


「よくねえよ!」

 

自分だけ防具をつけてるなんてこと、できるはずねーじゃねえか。


 防具をつけてない相手に手加減して怪我させないようにするのは難しいが、手元を狙って竹刀を弾けばいいか、と俺は考えた。


「頼子……」


「大丈夫よ、吉成ちゃん。手加減するって」


 心配そうな表情で制止しかけた秋吉に、江川は聞く耳持たずそう返した。


 しかも手加減って、それをするのはこっちの方だっつの。


 俺が全部防具を脱ぎ終えると、江川は秋吉に合図するよう言った。


 秋吉はどこか諦めたような顔で頷いた。


 

 俺は、竹刀を構えた。


 速攻で決めるつもりだ。


 合図とともに、江川の竹刀を弾いて落とす。


 それでお終いのはずだった。


 しかし……。




「始め!」


 決着は、一瞬でついた。


 しかし、その時のことを俺は覚えていない。




 なぜなら、秋吉の合図の声が聞こえた直後、腹に強い衝撃を受けた俺は、そのまま意識を手放してしまったからである。




 

良い子の皆様は、危険行為(例:防具なしで竹刀の叩き合い等)は真似されませんようお願いいたします。

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