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11 江川頼子:願い

「あれ……?」

 

 ぴくりとも動かなくなった岩井哲を私は竹刀でつんつんと突いてみた。

 

 それでも岩井哲は目を覚まさなかった。


「……弱すぎ」


「じゃないだろ、頼子」


 吉成ちゃんは呆れたようにそう言うと、溜め息をついた。


 そして岩井哲のそばに近寄ると、よっと抱えあげた。


 お姫様抱っこで。


 よかったね、岩井哲。気絶してて。起きてたら憤死ものだね。あ、でも起きてたらそもそも抱っこはないか。

 

「私、剣道でオチたのって初めて見た」


「それも違うだろ」


 吉成ちゃんは苦笑いだ。


「着替えるの?」


「うん。このまま更衣室行く。だってこのままじゃ帰れないだろ?」


 格技場の更衣室は格技場内にある。本当によかったね、岩井哲。外にあったらこのまま目撃情報多数で、後からお姫様抱っこのこと聞かされたりして憤死ものだったね。……ちょっと残念。


「あ、そだ。岩井哲の着替え、手伝ってあげようか」


 そう言うと、吉成ちゃんは目を丸くした。


「頼子……」


「だって、どうせ下には短パン穿いてるでしょ? 気を失ってる人間って力抜けてて重いから一人じゃ大変だし」


「そういう問題じゃないよ」


「そう?」


 仕方がないので、私は吉成ちゃんと岩井哲が出てくるのを待った。


 更衣室から出てきた時も、岩井哲は気を失ったままだった。


「やっぱり起きなかったんだ」


「うん。哲の家の場所は知らないし、とりあえずうちに連れ帰って寝かせようと思う」


「まあ、近いしね。でもそんな面倒くさいことしなくても、頭から水ぶっかけるとか、がぼがぼ口から水飲ませるとかすれば起きるんじゃない?」


 提案する私に、吉成ちゃんは渋面で首をふった。


「本当、頼子は乱暴だなあ」


「そうかな」


 そうでもないと思うけどなあ、と首を傾げながら、私は格技場の鍵を振って言った。


「ま、いいや。私は戸締りした後鍵返してから帰るから先行ってて。吉成ちゃん、そのままだと重くて大変でしょう」


「うん、ありがとう」


「じゃあ」


 そこで手を振ると、いったん私達はそこで別れた。




「こんにちはー」


 玄関を開けて返事が返ってくる前に家の中へ上がり込んだ私に、吉成ちゃんちのおばちゃんが笑顔で迎えてくれた。


 うん、でも最近は物騒だから玄関に鍵はかけといた方がいいね。


「頼ちゃん、いらっしゃい」


「おばちゃん、お邪魔しまーす」


 吉成ちゃんのおばちゃんは優しい。おじちゃんも優しいけど。


「頼ちゃん、今日もご両親遅くなるの?」


 心配そうに尋ねるおばちゃんに、私は軽く頷いた。


「じゃあ、今日も晩御飯食べていってね」


「うん、ありがとー。おばちゃん」


「ところで、さっき吉君がお友達連れてきたのよ」


「うん、知ってる。岩井哲でしょ」


「何故か気を失ってて、吉君が背負ってきたの。病院に連れて行かなくて大丈夫なのかしら?」


「うん、問題ない。あ、そだ。もし岩井哲が今日ここに泊まっていったら私もお泊りしようかな」


「まあっ、もちろんよ。その時は一緒にお風呂、入りましょうね」


 おばちゃんはとても嬉しそうだ。


 私も嬉しい。


「もう、いっそこっちに住んじゃえばいいのに」


「そういうわけにはいかないよ」


 へらっと笑って私は答える。


 おばちゃんが私のことを自分の娘みたいに思っていてくれることを私は知ってる。


 けど、やっぱりけじめは必要だから。


「じゃあ、おばちゃん。私、吉成ちゃんの部屋に行くね」


「はいはい、ご飯出来たら呼びますからねー」


 そんなおばちゃんの声を背に、私は吉成ちゃんの部屋に行くため階段を上がった。


 嬉しすぎて、嫌だなあ。


 だって、あまり居心地が良すぎると、自分の家に帰るのが嫌になるから。



 ノックをして吉成ちゃんの部屋へ入ると。岩井哲は吉成ちゃんのベットの上でのびていた。


「まだ寝てるの?」


 呆れたように言う私に、吉成ちゃんはにっこり笑った。


「頼子、おかえり」


「うん、ただいま。吉成ちゃん」


「遅かったね」


「うん。いったん家寄って着替えてきたし」


 私はそう言うと、吉成ちゃんのベットの端に腰かけた。


「……金田先輩と、何で話することになったの?」


「うん? ああ、まあ偶然にね。金田ったら怯えてたわ」


 ふはは、と笑う私とは反対に、吉成ちゃんの顔は浮かない。


「……大丈夫だって。あの時ミスったのは私の油断。それにその何倍もあいつにはお返ししたんだし」


「うん、わかってる。頼子は強いもんな。……わかってる、けど」


「そうそう。頼子さんは強いのよ」


 だから、心配はいらないのよ、吉成ちゃん。


「ね?」


「……でも、無理はしないで欲しいな」


「わかってる」


 

 やっぱり吉成ちゃんは優しい。


 どこまでも優しい。


 だから、無駄に傷ついちゃう吉成ちゃんを私は知ってる。


 だから、私は心を守るための術を、『笑顔』を吉成ちゃんに教えた。


 身を守るための術を、『剣道』も吉成ちゃんへ教えた。


 実際、吉成ちゃんは強くなった。


 だけど、だから、弱さを見せられなくなった吉成ちゃんの心に、小さな不安の欠片があるのをなかなか気づけなかった。


 でも、頑張れって背中を押したのは私だから。


 今更できないじゃない。


 無理しないで、なんて。



(だから、運命だと思ったの)


 私は、眠り込んでいる岩井哲を見下ろした。


(ねえ、あんたならできる?)


 吉成ちゃんを、止めることが。


 吉成ちゃんだって、いい加減私以外の拠り所が必要だもの。


 


 あんたにも、なれる?


 吉成ちゃんの、心の拠り所に。

次は吉成視点です。

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