神官長の答え
翌日。
セレスは神官長室を訪れていた。
仕事の報告ではない。
会議でもない。
少し聞きたいことがあった。
「どうされましたか」
神官長が顔を上げる。
机の上には書類の山。
相変わらず忙しそうだった。
「お時間よろしいですか?」
「もちろんです」
神官長は手を止めた。
向かいへ座る。
セレスは少し言葉を選んだ。
「記録室へ行ったんです」
「そうですか」
「歴代聖女の記録を読んでいました」
神官長は静かに頷く。
驚いた様子はない。
むしろ予想していたようだった。
「第十五代聖女の記録も読みました」
そう言った瞬間。
神官長の表情が僅かに変わる。
本当に僅かだったが。
セレスは見逃さなかった。
「気になったことがありまして」
「死因ですか」
先に言われた。
セレスは目を瞬く。
「分かります?」
「多くの方が気にされます」
神官長は穏やかに答えた。
「なぜ記録に書かれていないんですか?」
率直に聞く。
神官長は少し考えた。
そして答える。
「正確には書かれていません」
「え?」
「別の資料に記録されています」
また別資料。
最近よく聞く言葉だった。
「読めますか?」
「聖女様なら」
神官長は頷く。
「閲覧権限があります」
「どうして分かれているんですか?」
セレスが聞く。
神官長は少しだけ考える。
「歴代聖女個人の記録も含まれているからです」
「個人の記録?」
「はい」
公的な報告書だけではない。
本人が残した記録もある。
だから閲覧制限が設けられている。
セレスは納得した。
確かに。
誰にでも見せる内容ではないのだろう。
「神官長は読んだことがありますか?」
「あります」
「どう思いました?」
神官長はすぐには答えなかった。
少しだけ窓の外を見る。
そして。
「人によって受け取り方は違うでしょう」
そう言った。
「それだけですか?」
思わず聞いてしまう。
神官長は小さく笑った。
「それだけです」
それ以上は教えてくれないらしい。
しばらく沈黙が続く。
神官長は書類へ目を落とす。
セレスも何を聞くべきか考える。
だが。
結局、答えは同じだった。
自分で読むしかない。
「一つだけ」
神官長が言った。
セレスが顔を上げる。
「はい」
「歴代聖女の皆様は立派な方々でした」
静かな声だった。
セレスは少し驚く。
突然だったからだ。
「それは知っています」
「ええ」
神官長は頷いた。
そして続ける。
「ですから」
一呼吸置く。
「記録を読む時は、どうか敬意を忘れないでください」
その言葉は不思議と重かった。
忠告とも違う。
警告とも違う。
ただ。
神官長自身が大切にしている何かを伝えているようだった。
「分かりました」
セレスは頷く。
神官長もそれ以上は何も言わなかった。
部屋を出る。
廊下を歩く。
少し離れた場所で待っていたユリアが顔を上げた。
「どうだった」
聞かれる。
「余計に気になった」
セレスは正直に答えた。
ユリアが少し笑う。
「だろうな」
神官長は知っている。
上位神官も知っている。
だが。
見習いたちも。
一般の神官たちも。
知らない。
歴代聖女の記録。
「読むのか」
ユリアが聞く。
セレスは少し考えた。
答えは決まっている。
「読むと思う」
気になってしまったから。
知りたいと思ってしまったから。
窓から午後の日差しが差し込んでいた。
神殿はいつも通り穏やかだった。
見習いたちの声。
神官たちの足音。
変わらない日常。
それなのに。
セレスの胸の奥だけが少し落ち着かなかった。
明日。
続きを読みに行こう。
そう思いながら歩き出した。




