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第15代聖女



 静かな部屋だった。


 窓の外から聞こえるのは風の音だけ。


 セレスは机の前に座り、次の帳簿を開いていた。


『第十五代聖女逝去』


 最初のページに記された文字を見つめる。


 そして静かにページをめくった。



 記録は事務的だった。


 就任年齢。


 在任期間。


 継承日。


 巡礼回数。


 歴代聖女の記録としては珍しくない。


 神殿が管理する正式な資料だった。


「二十三歳……」


 セレスが小さく呟く。


 第十五代聖女の死亡年齢だった。


 若い。


 だが不自然とまでは言えない。


 病気かもしれない。


 事故かもしれない。


 それだけなら珍しい話ではなかった。



 問題は別にある。


「死因がない」


 セレスは眉をひそめた。


 ユリアも帳簿を覗き込む。


「本当だな」


 病死。


 事故死。


 衰弱。


 何も書かれていない。


 ただ。


『逝去』


 その二文字だけだった。



 セレスはさらに読み進める。


 後継聖女への引き継ぎ記録。


 神殿運営。


 地方神殿との連携。


 巡礼について。


 読む限りでは普通だった。


 だが。


 途中から空気が変わる。


 文章量が急に増えていた。


 細かい指示。


 補足。


 注意事項。


 まるで。


 時間を惜しむように。


『記録整理完了』


『引き継ぎ資料作成』


『後継者教育継続』


『継承準備前倒し』


 セレスは何度も読み返した。


 違和感がある。


 何がとは言えない。


 けれど。


 焦っているように見える。


「どうした」


 ユリアが聞く。


「少し変」


 セレスは答えた。


「急いでるみたい」


 それが一番近い表現だった。


 ユリアも黙って帳簿を見る。


 確かにそう見えた。




 さらにページをめくる。


 そして。


 最後の方で手が止まった。


『時間が足りない』


 短い一文だった。


 それまでの記録と違う。


 事務的な報告ではない。


 個人の言葉。


 切実な何か。


「……」


 セレスはその文章を見つめた。


 すると。


 不意に思い出す。


 

 巡礼中。


 東部神殿の書庫で読んだ古い巡礼記録。


 最後のページ。


 たった一行だけ残されていた言葉。


『次の時代へ繋げる』


 


 あの時は深く考えなかった。


 聖女らしい言葉だと思っただけだった。


 だが。


 今読むと違う。




『次の時代へ繋げる』


『時間が足りない』


 どちらも。


 何かを残そうとしているように見えた。


 誰かへ。


 次の世代へ。


 託そうとしているように。


 


「セレス」


 ユリアが呼ぶ。


 そこで我に返った。


「ん?」


「大丈夫か」


 少し考え込んでいたらしい。


「大丈夫」


 そう答える。


 だが。


 本当は少しだけ気になっていた。


 なぜ歴代聖女は引き継ぎをここまで重視するのか。


 なぜ焦るような記録が残っているのか。


 

 ページをめくる。


 だが。


 続きはなかった。


 そこで終わっている。


 最後に残されたのは。


『時間が足りない』


 その一文だけだった。


 


「変だね」


 セレスが呟く。


「変だな」


 ユリアも同意した。


 何かが欠けている。


 そんな感覚があった。


 聖女の死は神殿にとって重要な出来事だ。


 それなのに。


 死因がない。


 詳細がない。


 まるで一番大事な部分だけ抜け落ちている。


 


 セレスは帳簿を閉じた。


 胸の奥が少しざわつく。


 自分でも理由は分からない。


 ただ。


 この記録を読んでから妙に落ち着かなかった。




 部屋を出る。


 廊下を歩く。


 窓から夕日が差し込んでいた。


 神殿はいつも通りだった。


 見習いたちの声。


 神官たちの足音。


 穏やかな日常。


 何も変わらない。


 それなのに。


 セレスの頭には二つの言葉が残り続けていた。


『次の時代へ繋げる』


『時間が足りない』


 どちらも歴代聖女が残した言葉。


 そして。


 どちらも妙に胸に引っ掛かっていた。


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