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追加の事情聴取が行われて、更に二週間。
凛子の出仕が叶ったのは、決定された収穫祭の日程まで、一週間を切る頃だった。
秋の祝祭週間を控え、学術庁の塔群の回廊や各部屋は、いつかみた図書院で行われていた一斉虫干しの様な状況になっている。いつもはどちらかというと物静かに行き交う役人達も、小走り、またはいっそ諦めたように、幅広いとは言えない回廊を官服を乱して疾走している姿が見えた。
職場復帰して最初の数日は、ラストゥーリャの執務室脇にある書架に、ほぼ引きこもっていた凛子も、猫の手も借りたい賢者によって、王宮内のあちこちへと遣わされている。
書簡を届けに図書院管轄の第三書庫を訪れると、大きな荷物を幾つも抱えたヒューゴと顔を合わせた。久しぶりに見る彼は、変わらず穏やかな空気を纏っている。試しに覗き込んだ木箱の中には、何冊もの古い本が詰め込まれてあり、かなりの重量がありそうにも関わらず、それを感じさせないヒューゴに、思ったより腕力あるんだな、と凛子は一人ごちる。
かなり髪の短くなってしまった凛子を、ヒューゴは一瞬痛々しそうに見つめたが、すぐにそれを融解させた。気を使ってくれたのだと、凛子は思った。エイゼルを介した手紙の遣り取りで、その後の状況を知らせてはいたが、実際に顔を合わせたのは今日が初めてである。
凛子の後にも、連続髪切り魔の被害者が出た事もあって、ヒューゴへの疑惑はどうやら晴れたようだった。この数週間で何往復かに渡る手紙の内容を思い浮かべながら、凛子は殊更に気安い雰囲気を装う。
「また落ち着いたら、ごはん食べ行きましょうね!」
そんな台詞にヒューゴは微笑みを浮かべ、ふと思いついたといった様子で問う。
「祝祭週間にお休みはあるんですか?」
「う……お仕事なんです……お休みしてたし……うち人出が足りないので」
「そうかそれは残念です。王都の収穫祭はなかなか見所があるんですよ」
「後夜なら時間取れるのかなあ……どんな感じなんですか?」
「春告の華宵祭とはまた趣が異になっていて、やはり秋告は収穫がメインですからね」
華宵祭は王都から大聖堂にむかう巡礼路への点火は祝祭週間中に消火されることは無いが、収穫祭は宵宮から本霊祭である秋告開始の瞬間に、その灯火が一気に消火されるという。そして入れ違いで王都中央広場に組まれた櫓に点火される。そして小さい規模の櫓がこの外宮前広場。つまりは正門から少し入ったところにも組まれるらしい。
それだけ聞くと、儀式的な印象の方が強いが、櫓をぐるりと囲むようにいくつもの炉が設置され、大鍋やら巨釜で調理された、各地方を代表する食材を主とした、風土料理が、人々に振る舞われるのだ。
櫓の周りは無礼講。食事はおろか酒類まで無料で配られる。そして、深夜を回ってからの打ち上げ花火。王宮のテラスから空に向かっての打ち上げ花火と、王宮を彩るように、二階回廊から外宮前広場に向かって花火の滝が降り注ぐような演出。
かなり魅力的な催しに、後ろ髪がひかれる。
正門近くでも行われるなら、立ち寄る暇も少しくらいはあるかもしれない。
叡智の塔に戻った凛子は、執務室横の小部屋にエイゼルの姿を認めて、祝祭週間期間の勤務体制について改めて確認する。
「いや、休み無し」
「ですよね!」
行程表を一瞥したエイゼルに、凛子も釣られるように視線を落とした。
「宵宮から本霊祭までってトゥーリャさんは大聖堂の方上がっちゃうんだよねえ……エイゼルは王都中央広場の櫓かあ」
「一応、点火は聖王院の神官が受け持つけど、時間管理はこっちの領分だし、離れられない気がする」
「私は本部横の遺失物係だけど……総合受付、案内、迷子は兎も角、警備って軍の受け持ちなんじゃ……やだなあ……軍ってちょっと苦手なんだよね。警備本部は別の場所にすればいいのに」
項垂れる凛子に、エイゼルは複雑な表情を浮かべる。
確かに、凛子にとってはいろいろと折が合わない。
「せめて櫓だったらなー。楽しそうだしなー」
「櫓担当でも飲食は無理だぞ?」
「そりゃ仕事中だから仕方ないけど、見るだけでも楽しそう」
国主導の年中行事に凛子が正式に関わるのは、今回が初めてである。
春も夏も完全に部外者。一体なにが行われているのか、さっぱり知らなかった。何となく日常とは違った空気だなという程度は、流石に感じていたが。
儀式と民衆の為の祭りが同時に開催される祝祭週間のスケジュールは、それこそ時間が細かく刻まれ進行が指定されてある上、同時刻に別の場所で、別の催しが開催されたりもする。
天文院の上級官吏達はどちらかというと儀礼を主に担当しているのだが、トゥーリャ直属という微妙な立場のエイゼルや、その補佐の凛子に至っては、全体的に人員が足りない部署の補填に回されている。所謂、何でも屋。
そして、予想通り、祝祭週間に突入する当日になっても、凛子はお遣いにやられた王宮内を駆けずり回っていた。
◇◇◇
「無いっ!」
胸元を押さえて、立ち止まる。
ラストゥーリャから渡されていた魔術具が見事に鎖の先から消えていた。
この所ほぼ聖王院の方につめているラストゥーリャと直接顔を合わせる機会が無かった為、簡易的な定時報告を、直接賢者の手元に転送していたのだが、転送するための魔術具が見当たらない。大事なものだから失くさない様に、そこそこ大き目の術具を、あえて首から下げるようにしていたのだが。
回廊の柱にある水時計を確認すると、定刻まではまだ少し時間がある。
どたばたと走り回っている内に、落としたのだろうか。小さいものでは無いから、落としたのだとしたら気が付いてもよいものだ。
凛子は自分の道行きを頭の中で遡る。
出仕して、賢者の執務室で中央庁議から戻ってきた上級官吏官達と簡単な朝礼。
その後魔術院研究室へお遣い。
大荷物をちょうど床にばらまいた所で、外宮回廊ですれ違うのは珍しい軍本部の青年騎士二人が、見兼ねて運搬まで手伝ってくれた。
戻って図書院へ立ち寄ったタイミングで正午を告げる鐘。
昼食を摂る間も無く、執務庁にお遣い。
今はその帰りで外宮中央二階付近。お腹が空いたと、ぼんやり思っていた所だった。ふとお腹に手を当てた瞬間、ぶら下げていたカードサイズの金属の板が、見当たらないことに気が付いたのだ。
この時間帯エイゼルはどこに居るのだろうか。
一番最初に頭に浮かんだのは、彼女の直属の上司にあたる水の魔法士だった。
現代日本と違い、遠隔に居る相手の状況を知る手段は皆無である。
しかも凛子は魔術が使えない為、術具が無いとなると、殊更エイゼルを頼るほか無い。
空腹である事も手伝い、思考が上手く纏まらない。
無意識の意識の中、一歩ふらりと踏み出した刹那、背後から頭の後ろをぽこっと叩かれた。
そして振り返った彼女は、そこにいる背の高い人物が冷やかな視線でこちらを見下ろしている事に気が付き、声を失い瞠目した。




