四章 第19話 朝比奈尾道と膳所雪村の駆け引き
「……なあ、膳所。俺と勝負しないか?」
「は?」
膳所の口をぽっかりと開けた間抜け顔。世間では膳所はイケメンとか持て囃されているらしいが、彼のファンが今の表情を見たらどう思うだろう。きっと大なり小なり失望するだろうな。
そのくらいにこいつの顔は酷く、俺も思わず笑ってしまった。
「意味が分からないのだけど」
「まあ聞け。正直言って、お前のことは相当うざいんだよ。なるべく夜空とか流成さんと一生、関わってほしくない」
「酷い言い様だね」
それを目的として言葉選びしてるからな。だが膳所はめげる風でもなく、ただ笑っている。
「だから俺はお前の排除を勝利報酬に勝負を申し込む」
「なるほど。考えたね。でも」
ニヤリと膳所は笑う。そして確かな口調でこう告げる。
「勝負は受けない」
「…………」
思わず黙ってしまう。まあ、こうなることは予想できた。
膳所だけは絶対的な勝利方法があるからだ。それはそもそも勝負を受けないということである。
困ってるのは夜空と始めとしたカフェ「三ツ星」の面々だけなのだ。膳所は別に俺らがいようと、夜空を射止めればいいだけの話なので、俺らにそんなに手を焼いていないだろう。
だから俺の役目はこいつを勝負の盤上に乗せることだ。春野にはできない、俺だけの役目だ。
「ま、普通そうだよな。俺もそうする。だがお前にとってもメリットは0じゃないはずだし、話だけは聞いてくれ。判断はそこからでも遅くないだろう?」
チラッと腕時計を見る。
「ふん……。手短に頼むよ」
よし来た。長くなってもアレだと思い、事前に話すことは決めてきた。それに沿って話し始める。
基本に膳所への話はこの勝負のルール説明に終始した。話した内容を要約するとこうだ。
①勝負は連続した三日間で行われる
②期間は8月中に限る
③日にちは各チームで決め、被りがないようにする
④被った場合、日にちの決定権は膳所雪村に優先される
⑤一チーム二人で営業する
⑥プラスそのサポートとして星合夜空が加わる
⑦チームには各自予算として15万円が支給される
⑧審判は星合流成が行う
⑨審査方法は売上並びに利益、勤務態度、客の反応等を星合流成が総合的に判断し、勝敗を決する
⑩朝比奈尾道サイドが勝てば今後、膳所雪村が星合夜空に接近することを禁じる
⑪膳所サイドの勝利報酬は今後決定する
⑫勝負はあくまで公正に行われる
「ふむ」
膳所が一つ頷く。その様子は俺が一気に喋った内容を噛み砕いているようだ。
「いくつか質問いいかな?」
俺は顎をくっと上げて、先を促す。
「一チームとか言ったけど、もう一人は誰でもいいの?」
「ああ、誰でもいい。友人でも何でも呼べばいい。けどそいつらに無理やり買わせたりするのはなしだぞ」
「分かってるよ。じゃあ次。これが一番重要なんだけど、勝負はあくまで公正とか言ってるけど、冗談だろう?」
膳所は口角を吊り上げ、悪そうな笑いをする。まるで小細工を仕掛ける時の俺のようだ。
「冗談じゃないぞ。公正やらなきゃ勝負じゃないからな」
「よくぬけぬけとそんなことが言えるね。審判もお手伝いも一方的に僕が不利じゃないかい?」
「なんだ。夜空にも流成さんにも信頼ないって、よく分かってるじゃないか」
すっ、と膳所から笑いが消える。どうやらからかいすぎた。このままだと勝負に乗ってくれない。
「……それについては問題はない。夜空はお前も知ってる通り、私情なんかで手を抜いたりしないやつだ。やるべき時はやる」
「それはその通りだね。じゃあ流成さんは」
「実を言うと、お前が夜空にふさわしいと思えば、結婚相手にすることはやぶさかじゃないらしい。だが夜空の意志もあるからな。今回の勝負でそれを判断したいらしい」
流成さんの弱みなんて、あんまり言いたくはなかったが、交渉のためだと許してもらおう。
「ふむ。それは証拠はあるのかい?」
「確認したいなら、流成さんに聞いてくれ。少なくとも俺にはそう言ったぞ」
そこまで言うと膳所は沈黙する。どうやら勝負に乗るか、判断しかねているらしい。
ここに来てやっと俺はコーヒーを店員さんにオーダーする。まもなくしてソーサーに乗ったコーヒーカップがやって来る。
いい香りだ。香りだけでリピートが確定するレベル。味も……カフェ「三ツ星」が淹れるコーヒーには及ばないが、それなりいい。膳所が決断するまでこの素敵なコーヒーで待たせてもらうことにしよう。
「……分かった。勝負に乗ろう」
コーヒーカップの底が見えた頃、膳所がやっとのことで口を開く。
そこで膳所はいつも表情を取り戻す。自信に満ちた表情。俺にはない表情だ。
だがそこには慢心はまったくなさそうに見える。あるのは虎視眈々と獲物を狩ろうとせん鋭い視線。獅子は兎を狩るにも、というやつだ。
油断した膳所の喉笛を食いちぎるという、俺の密かな思惑はどうやら外れてしまった。だがやっぱこうじゃないと、張り合いもないしな。
「だが勝負に関しては一つ条件がある」
「なんだ」
声では落ち着きを出すが、内心は緊張していた。下手したら"詰み"みたいな条件を飲まされる可能性だってあるのだ。身構えて聞く。
「ここ数ヶ月のカフェ『三ツ星』の営業データをくれ」
俺はそれを聞いて、拍子抜けした。もっとヤバい条件を飲まされるかと思ったが、望んだのはデータだけとは。
まあ、データは大切だ。勝負は始まる前に決まっているというのは、きっと情報力のことを指しているのだろう。
「分かった。流成さんに取り合ってみる」
「頼んだよ」
その笑顔もデータを先に渡すように言うところも抜かりがない。そういうところが、こいつの有能たる所以かと感じる。
「そうだ。日にちと勝利報酬はもう決まったから、言うね」
「ん。随分と早いな。まあ、いいが」
じっくりと案を練るかと思われたが、かなりあっさりだ。勝ってからというより、勝つためにどうするかに重きを置くということか。
「日にちは8月の3,4,5日。金土日の三日連続だ」
やっぱりか。その返事を聞いた時の感想がこうだ。
8月での絶好の書き入れ時なら、この地域では納涼祭がある。花火などが何千発か打ち上がったりと、割りと規模が大きい祭りだ。ここで出張営業するなら……影響は相当、大きいはずだ。
だがこんなことは予想できている。日にちの優先権があるなら、こうするのは当然だ。だから次なる言葉も集中は切らさず、耳を傾ける。
「それで次。勝利報酬は君が夜空さんへの今後の接近を禁じる」
同じ条件かとこれまた拍子抜けした。負けたら接近禁止は、バイトを辞めるということだが、そのくらいの覚悟はできている。今更なんとも思わなかった。
だが、加えて、と膳所が言葉を継ぐ。
「正式に自分が夜空さんの許嫁ということを認めてほしい」
「いや、そう言われても……」
そう来たか。想定外でしどろもどろな返答になる。
膳所なら確実に勝つ状況にするために、勝負を受ける側の優位性を利用するかと思ったが、報酬アップのために利用したか。まずいな。これは断れない。
「別に君に認めてほしい訳じゃない。流成さんにだよ」
矢継ぎ早に言葉が告げられる。俺の言葉の返答だというのは少し考えて、やっとわかった。
膳所の言葉を受けてそうかと思い直し、唇を噛む。これは実質的な代理戦争になっているということか。
つまりこういうことだ。俺と膳所の抗争なら設定できる勝利報酬はお互いが許容できる範囲だけだ。今回ならお互いの夜空への接近禁止という風に。
しかしそこに流成さんという審判が入ることによって、勝った者が正式に流成さんのお墨付きを得るので、報酬の幅は一気に広がる。だからこれだけ飛躍した夜空の許嫁なんていう交渉ができてしまうのだ。
膳所は勝負の構造を完全に理解した上での、この交渉。さすがに上手いと思ってしまう。こうとなると簡単には逃れられない。
ちらと膳所の表情を見る。そこには余裕が滲み出ている。そして同時に語っている。勝負を下りるなら今だと。
してやられたという感じだ。月子さんの話を持ち出したのは、動揺を誘う点ではいい方法だったが、膳所が大崩れになることはなかった。それどころか優位性を保って大胆な勝利報酬を吹っ掛けてきた。
おそらくこれ以上、とやかく言えないだろう。下手したら、あっちが勝負を下りる可能性だってある。あくまでこの勝負は膳所にとって「儲けもの」なのだから。夜空を落とすなら別プランでもいいのだ。
協力してくれた人の顔が脳裏にちらつく。もしここで負けたら、色んな人の想いを無下にすることになる。それを考えると、ここで一度引いて、策を練り直すのも悪くないと思った。
腕を組む。ここで策を練り直すこと自体、今までの助けを無駄にしていることに気づく。
何も案ずることはない。膳所に勝つために、俺らだって工夫をしてきたのだ。勝利報酬も大したことはない。勝てばいいだけの話なのだ。勝負環境は公正なので、むしろ勝負自体は楽なのだ。
やけくそにもなってない。焦ってもいない。ただ冷静な自分がそんな結論を導き出す。ならいけるな、俺。
「どうだい? 結論は出たかい?」
笑顔でそんなことを言ってくる。目を細めたそれはいかにも馬鹿にしている。ナメるなよ、その一心で言い返す。
「ああ、出た」
「じゃあ……」
「お前の条件は全て飲む。今日のことは流成さんに俺から言っておくよ」
膳所は一瞬、驚いた表情をする。やっぱりか、そう思うが今はどうでもいいことだ。
「……そうか、頼んだよ」
膳所が気を取り直して笑顔で言う。これでもう後には引けない。
だが俺には多くの人の期待と夜空の「頑張れ」の一言がある。それだけで、俺の胸には小さな希望と勇気が確かに宿っていた。負ける気が、しなかった。
なんでこんなことしてしまったんだろうその3はこのあとがき欄です。ここにいいスペースがあるし、書くのも悪くないと思ってしまったのが最後でした。ほぼ毎回ネタに頭を抱えています。




