四章 第18話 膳所雪村の嘘
「なんだ君か」
膳所がため息混じりに俺を一瞥する。そこには明らかな落胆があった。
その表情は予想した通りで思わずほくそ笑む。
「悪いな。愛しの夜空さんじゃなくて」
「全くだよ。夜空さんから『どこかカフェで飲まない?』って誘われて来たのに、いざ来たら君とは性格悪いね」
夜空にお呼ばれした時の膳所の心境を想像するだけで、口許が緩む。きっと狂喜乱舞したことだろう。だが来たのはにっくき俺。いいジョークだ。
「知ってる。何回言われたか分からねぇ」
まあこれにも言い分はある。どうせ俺が呼んでも膳所は来ないだろうし、だいたい膳所の連絡先を知らない。
夜空はまだ膳所がカフェ「三ツ星」でバイトしていた頃に交換したらしく、膳所を呼び出すためにメールを打ってもらった。呼んだ場所は駅に近いカフェ。今日は休日で人がそれなりに多い。
「ふん。それでわざわざ嘘をつくってことは、僕に何か用でもあるのかい?」
「まあ一応な」
「そうか。なら話を聞こうじゃないか」
その反応は意外だと感じた。俺はこいつを騙した訳だ。こいつの目的は夜空に会うことだったに違いないので、嘘だと分かるとその場で帰られても不思議ではなかったのだ。
だが俺は思い直す。そうだ。こいつがここで帰らないのは当然か。
「じゃあ単刀直入に言うぞ。まず夜空からは手を引け」
膳所は怪訝そうな表情をする。何を言っているんだ、こいつはという感じだろう。というか実際言われた。
「何を言っているんだ。夜空さんに彼氏がいる訳じゃないだろう?」
「それはおそらくいない。けどお前もこのままじゃ夜空とは100%付き合うことはない」
そう断言してやると、膳所の頬がピクと動く。だがすぐに笑顔に戻ってしまう。
「どうしてそう言えるんだい? 前も言ったけど可能性なら平等にあるはずだ」
「いやその可能性もねぇんだよ」
どうして、と食いかかるように膳所が言おうとしたが、俺がその言葉を遮る。
「じゃあ何でお前は月子さんに取り入ろうとしてんだ?」
はっきりと膳所に語り掛ける。その瞬間、膳所は固まる。それが何よりも膳所が持つジレンマを表していた。
どうやら方向性は当たっているらしい。これは片桐や安達と話した際に出た不可解な点の内の一つだ。やっぱり外部の人の意見を聞くのは、当事者では気づけてないことに気づけてとても有意義だった。
膳所が崩れた。ここで畳み掛ける。
「知ってると思うが夜空の親権を持ってるのは流成さんだけだ。未成年での結婚となれば、親の許可が必要だが月子さんは一切関わることはできねぇ。取り入っても無駄だと思うが?」
「月子さんと利害が一致しているから一緒に動いているだけで、取り入ろうとしてる訳じゃないよ。それに結婚するなら親の許可が要らなくなる成人後でいいだろう」
「そうは言うが、膳所。少なくとも夜空はお前と月子さんを協力関係と見ているぞ。夜空は月子さんを敵視してるから、お前はそれと同列ということだ。お前にとってそのレッテルは結構痛いはずだ」
「月子さんと自分は別だと時間をかけて説得するさ。なんなら僕が二人の関係を取り持ったっていい」
先ほどは動揺を見せた膳所だが、ここでは俺にきっちり反論を入れてくる。
やはり正攻法はきついか。別の方法、搦め手で詰めよう。ちょうどある質問が思い付いたので尋ねてみる。
「てかそもそも夜空のどんな所が好きなんだ?」
「お前に言う義理はない」
膳所は努めて冷静な声を出そうとしているが、二人称が「君」から「お前」に変わっている。大分苛立ってるな。
狙い通りと言うべきだ。はっきり言って膳所の趣味嗜好に興味なんぞないが、詮索されるのは相当うざいだろう。
「男子同士語り合おうぜ」
「『語り合う』って君は嘘をつきそうだから、やだよ」
「お前が『夜空を好き』なんていう嘘をつくから、俺は嘘をつくんだよ」
「……君はとことん性格が悪いな」
はあ、と膳所はため息をつく。だがこれで反論する気になったのか口を開く。
「そうだね……。勤勉でいつだって冷静だし聡明、あと美人だね。それに確固たる意志を持っているところ。ここはいいね。皆そんな意志持ってないから。だから誰よりも気高い」
膳所は丁寧に言葉を紡ぐ。そこには少なくとも調子のいい世辞という感じは見当たらず誠実の一言が当てはまりそうだ。
だが。俺は思わず鼻で笑ってしまう。別に間違ったことは言ってない。けど自然とそうなった。
それが気に入らなかったのか膳所は苛立った声を上げる。
「なにかな?」
「いや、別に」
それも何か含んだような言い方になってしまう。更に膳所の表情が険しくなる。
俺の胸の内には嘲りと怒りが同時に去来する。お前は一体夜空の何を見てきたんだ。そんな上っ面の褒め言葉なんて『隣の中学校の天才少女』の噂を聞いただけでも言えるぞ。
お前は知らないだろう。慣れないことをする時、恥ずかしそうに顔が真っ赤になることも、あれだけ上品なのに惣菜や100円ショップに生計を立てている意外に庶民的な所も、気高いとか言いながら複雑な親子関係に悩みを抱く所とか。
俺だったら夜空のいいところを言い尽くすことなんてできない。なのにこいつは上部だけの言葉でどうして満足できるんだ。
だが俺の嘲りも怒りも的外れなことに気づく。
膳所はただ時間を重ねていないだけなのだ。バイトも少し前にしていたらしいが、二ヶ月ほどだ。俺よりもずっと短い。
時間さえ重ねていれば夜空の魅力には誰だって気づく。だから俺がとやかく言う権利はない。俺は時間を重ねただけに過ぎないのだから。
ただ、この勝負に負けたくない気持ちはより一層強くなった。
「それでどうしてこんな質問を?」
「いや、ただ本当に夜空が好きなのか気になってな」
「何を今さら。僕は夜空さんが好きだよ」
にこりと膳所が笑う。だがそれは張り付けたような笑みで、いかにも嘘っぽい。
「まあ好きなら別にいいんだ。ただ本当にそうなのか疑問に思ってな」
「分かってくれるなら言う甲斐があったってものだよ」
膳所に余裕が出てきたように思われる。そのいけ好かない作り笑顔も初見なら心底そうなのだと騙されるくらいにはなっている。
たが俺は膳所に余裕を持たせるためにこんなことを言ったのではない。これはあくまで搦め手だからな。
「いやでも好きじゃないんだろ? 本当は」
「は?」
膳所が初めてかもしれない間抜けな声を出す。
俺は春野や片桐、安達と話し、それに加え今、感じた膳所の違和感を瞬時にまとめる。そしてそれはある一言に全て集約される。
「だってお前は母親の……」
「黙れよ」
信頼のためにやってるんだろ? 母親に気に入られたくて夜空を籠絡しようとしてるんだろ? そう続けようとした。
そう思った根拠は色々ある。一つ例を挙げるなら夜空は月子さんを嫌っているのに、本人の意志も尊重せず、膳所が月子さんの肩を持っている辺りだろうか。
しかし俺の言葉は膳所の地獄の底から涌き出たような唸り声と血走った眼に気圧され、続けることはできなかった。詰めきれず思わず情けない気分になる。
だがこうして取り乱す膳所も初めて見たかもしれない。それは図星だったということだろうか。
「下らない話をするなら帰るぞ」
挙げ句の果てにはここまで言われてしまう。怒らせすぎてしまったらしいな。
こうなると方向転換を余儀なくされる。まあこっちが本命というべきだから、別に困りはしないのだが。こいつの動揺を誘えたのと目的の一端に触れれただけでこの搦め手作戦は十分だったんじゃないだろうか。
「まあ落ち着けよ。今日はそんな恋バナをしに来たんじゃないんだよ」
「話を振ったのは君だけどね……」
膳所は狼狽しながらそう言う。大分キテいるな。ここが詰めどころだ。
「話をつけに来たのはこのためだ。……なあ、膳所。俺と勝負しないか?」
「は?」
本日二度目の間抜け顔。それがどうもおかしくて俺は思わず笑ってしまった。
なんでこんなことしてしまったんだろうその2
サブタイトルはミスったなぁとなんとなく思っています。「◯◯はなんとか」(◯◯は人名)って感じでつけてます。始めは統一感あっていいかなーと思い、この方式にしてたのですが、色々制約が多くて大変です……。
その3へ続く




