四章 第17話 星合流成への二つのお願い
見慣れたいつものカフェ「三ツ星」の扉。それが今日だけは城を守るような堅牢な門に思える。
こんなことは今までで初めての経験だ。勤務初日だって、夜空の厳しい新人研修の時だって、久しぶりにここへ来たときでさえもこのアンティーク調な扉がそんなに仰々しいものには思っていない。
だがいつまでここにいても変わらない。陽もとっくに傾き、既に夜空の星が輝き始めている。このままでは星合親子は帰ってしまうだろう。
意を決してドアノブに手を掛け開く。扉はいつもよりも重かった。
「すいません。もうラストオーダーは過ぎていて……」
チリンチリンと扉の鈴が鳴ると同時に、流成さんの営業用のかっちりとした声が届く。
「……ってどうしたんだい? 尾道くん。今日は休みのはずだけど」
「分かってます」
すると流成さんは目を細める。どうやら何かあると察したらしい。
流成さんの予想通り話はあるのだが、そのためにはもう一人いないと始まらない。
「夜空っていますか?」
「ん。多分今帰り支度してるんじゃないかなあ。呼んでこようか?」
「よろしくお願いします」
流成さんは従業員控室へ下がっていく。まだ閉店時間でもないものの店内に人はおらず、さっき言った通りラストオーダーも過ぎているので、離れても問題はないのだろう。
やがて流成さんと共に夜空がやって来る。夜空は既に着替えを終えていてた。
「こんばんは」
「おう。悪いな。帰ろうとしてたのに」
軽く手を上げながら反応する。
「いいわ。どうせ父が終わるまで帰れないのだし」
「そうか」
「それより話があるのでしょう?」
そう言われ俺はコクリと頷く。今日は先日、春野、片桐、安達と話し合ったことの結論を伝えに来た。
そしてその実現のためには星合父子の協力が不可欠なのだ。
「実は膳所と対決しようと思ってる」
「…………」
「目的は端的に言うとあいつの排除だ。つまり夜空に近づかないことを勝利報酬にする感じだ」
一応大事なことは全て話してしまう。ここでは誠意を見せなければならない。機密などもっての他だ。
「続けて」
流成さんはただそう一言。俺の意図を推し量っている感じだろう。
「……その前に夜空は膳所を排除することに賛成か? その……そこまで明言してなかったからさ」
「ええ。母の賛同者なら全て敵よ」
「そうか。なら安心だ」
夜空の明快な答え。これで大義名分は手に入れた。だがその瞬間、流成さんは苦虫を噛み潰すような表情になる。心中はなんとなく当たりがついた。
「それで勝利報酬を詳しく言うならこちら側は膳所が一切夜空に近づかないこと。相手の勝利報酬は……相手に任せようと思う」
そこで夜空は黙ってしまう。その反応は当然だ。もし俺が負けたら何をされるか分からないからな。
だが俺にも言い分はある。本当ならこちらに有利な条件を敷きたい。勝利報酬なら少なくとも同等がいいに決まっている。
しかしもしこちらが有利すぎる条件を敷くなら、相手がそもそも勝負に乗らない可能性が高い。相手が乗ることを考えるとこちらが不利にならざるを得ないのだ。
「それしか方法はないの……?」
夜空は真っ直ぐと俺を見据える。夜空の澄んだ目は俺の深奥まで見透かすようだ。だが今日だけはそこに心配の色が浮かんでいる。
「それしか……」
そう言いかけた所で言葉を切る。俺はもう嘘を憑くつもりはない。
「いや、他の方法もあるにはあるし、お前が嫌なら止める。俺とか春野はこの方法が最善と思ってるだけだ」
全ては夜空の判断に懸かっている。多分、あちらが決める勝利報酬も夜空に対してのものになるだろう。
つまり俺の敗北はそのまま夜空の人生を左右する。慎重になるのは当然だし、俺もその事実に思わず身震いをする。
「いえ。あなたたちがいいと思うならそれがいいわ。きっと勝算もあるのでしょう」
俺は一つ頷く。それについても話し合ったからな。あるにはある。
最終的に夜空は勝負に了承を出す。これで次の段階へ進める。そう思い流成さんの方へ向き直る。
「それで流成さんに二つお願いが……」
「はいはい」
「ええっと非常に言いにくいですが、30万貸してもらえません?」
「はい?」
お願いと言われて畏まった流成さんの顔が困惑に変わる。
「じゅ、順に追って説明しますね!」
思えばこっちが先だ。このままでは返せない借金をしているようにしか聞こえない。
「膳所との対決内容を「三ツ星」における売上対決みたいなものにしようと思ってて、その資金源として各々15万を用意したいんです」
「つまり15万を元手により稼いだ方が勝ちということか」
「端的に言えばそうです」
流成さんが腕を組む。考えあぐねているという感じだろう。
一般的には高校生と言われる年端の人間に15万を貸す。しかも返す確証もないというのは不安であるに違いない。
それでも一応、あてはあるのだ。流成さんは以前、祭りの後の利益は結構なものだったと話していた。それに加えて利益をそのまま貯蓄に回すよりも更なる利益を上げたいとも言った。
それを考えるとまったく駄目な話ではないだろう。それでも流成さんは慎重に口を開く。
「……もう少し話を聞こうか。これだけの話じゃ、はいそうですかで30万も貸せない」
「その通りです。だから説明します。この対決の意図を」
内容については話すことはもうない。なぜならそれは膳所との協議で決めることだからだ。今の状態ではアウトラインしか話せない。
「実はもう一つのお願いが関係するんですけど、そのもう一つのお願いっていうのが勝負の判定を流成さんにやって欲しいんです」
「ふむ。判定っていうと?」
「夜空には悪いですけど、売上だけの勝負になれば俺は100%負けます。条件も不利にならざるを得ないし、何よりあいつの方が有能だ」
あまり認めたくはない事実ではあるが、冷静にあくまで客観的に判断すると俺が負ける。
それは周知の事実なのか夜空も流成さんも黙ったままだ。おそらく夜空は俺に任せるとは言ってくれているが、不安の種はそこにあるのだろう。
「だから流成さんには売上だけじゃなく、勤務態度やお客さんの反応も考慮した上で総合的に勝者を決めてほしくて……」
「それって完全に僕の主観で選べっていうことになるけど不公平じゃないかい?」
鋭い所を突いてくる。下手したら依怙贔屓で勝負が決まってしまう可能性だってあるのだ。その場合は勝つのはおそらく俺。けどそれを夜空が納得するはずがない。
しかしこれについては杞憂だと思っている。
「それについては大丈夫です。きっと流成さんなら公平な判断をしますよ」
俺は確信を持って力強く言う。
以前に流成さんは膳所について後悔したことがあった。夜空のパートナーとして膳所を「いい」と思ったことがあると。だが流成さんはそこで色々思ったに違いない。
ならそれをここで決めてもらおうじゃないか。誰が夜空にふさわしいのか。対等な条件ならそれができる。
だからここで流成さんなら不公平な判断はしない。きっと夜空にふさわしいのは誰か、公正公平に測るはずだ。
「……なるほどね。分かった。君の二つのお願い、どちらも聞き入れよう」
俺の思惑を見切ったらしく、いつもの人柄の良さそうな微笑みを湛えながらそう話す。そこには何か吹っ切れたものが感じられた。
「ありがとうございます」
恭しく礼をする。だがこれで現状が打破された訳ではない。あくまで勝負の場が整っただけだ。そこからは俺次第ということだろう。
「それでこれからはどうするんだい?」
「とりあえず膳所と交渉っすかね……」
思わずため息が漏れ出る。交渉事が苦手な訳ではないが、手強そうな相手となると幾分か憂鬱さも増す。
場合によっては膳所に有利な条件で押しきられて、開戦を待たずして敗北することだってありえるのだ。
今日流成さんが判定役を引き受けてくれることで勝利への布石は紡いだ。このルールがあるだけで売上の負け=敗北は無くなったので大きな収穫だ。
しかし責任感が一気に増した。この勝負には色んな人の協力と想いが乗っている。ここで負けたではばつが悪いどころの話ではない。土下座モノだ。
不安になった俺に夜空が声を掛けてくる。
「お、尾道くん」
「うん?」
「その……が、頑張って」
夜空が顔を伏せながらそう言う。だが表情は全く見えないが、顔色は分かる。真っ赤だ。
俺のことを初めて下の名前で呼んだのもそうだし、こうやって他人にエールを送るのも初めて見た。赤くなるのは当然のことかもしれない。
だが俺はそれを不快には思わなかった。むしろ微笑ましいと、そう思ったのだ。だから俺は微笑みを湛えてただ一言、こう言う。
「ああ、頑張るよ」
今更ですが本作品でどうしてこんなこと知ってしまったのか、と時々思うことがあります。
例えば「流成」という名前をどうして「流星」にしなかったのか。打ち込む時、「流星」って打ってから「星」を消して「成」を入れるのでめっちゃめんどいです。
②に続く……。




