四章 第15話 朝比奈尾道は発想を転換する
「いいこと思い付いちゃった」
春野は舌を出し、小悪魔的微笑を浮かべる。
はっきり言って『対決』なんぞ書いた覚えもないのだが、それで春野のひらめきを邪魔するのも悪いと思い、話を聞く。
「いいことってのは?」
「膳所くんと対決することで私たちが勝ったら、夜空から手を引いてもらうの」
「……なんか漠然としすぎだな」
もっと具体的な案を出すかと思ったが、ただ俺の案に補正を入れただけになっている。だいたい、俺が書いた『対決』にはそもそもその意が含まれているのだろう。まるで覚えてないけど。
「むー。これが手っ取り早いと思うけどなー」
「手っ取り早いが、確実性がない。膳所に無謀な勝負挑んで勝てると思うか?」
「それは思わないけど……。でも! 不可能を可能にするために話し合ってるんでしょ?」
「そうはそうだな……」
春野の言葉の方が正しく肯定すると、それに味をしめたのか更に畳み掛けてくる。
「でしょ? だいたい他の案もなんかつまらないし」
「お前……これでも苦労して……」
確かに我ながら愚策ばかりだとは思う。だがそれを人に指摘されるとイラッとくるものだ。
「なんか自分、自分って感じでつまらない」
春野がそう言い直す。俺ははっとして春野が持ってるのとは別の救済リストを鞄から取り出す。
確かに見てみるとどれも小手先で規模が小さくて、何よりも全部自分でできてしまいそうなものばかりである。ぶっ飛んだものと言えば、『対決』くらいなものだ。
自分だけでどうにかして、助けた優越感に浸っている。そう俺の本質を指摘したのは春野だったはずだ。流石に二回目の指摘となるとばつが悪い。
「悪い……」
「別に怒ってはない。これから一緒に考えればいいだけでしょ?」
かくっと首を傾げて笑う。それに俺は少し体温が上がった感じがして、ほのかに胸が温かくなる。
「ああ、そうだな……」
一本取られた。春野の表情を見た時にそう思った。どうも最近は周りの人間に気づかさせることが多くて、俺はいつも気後れしてるように感じられる。
「それで対決なんだけどさー。どうすればいいと思う?」
「また漠然として……」
「だ、だってこういう頭回すのは苦手だし……」
さっきは春野の言葉に感心したが、やっぱりこういう所はいつもと全く変わらない。
それに僅かな安心感を覚えながら瞑目する。
「尾道くん?」
「お前が頭回すのが苦手っていうから、今考えてる」
「ありがとう……」
目を瞑っていて声しか聞こえないが、微かな笑い声も混ざっているように感じられる。
そもそも春野の役割というのは皆を先導するフラッグシップ的立ち位置だ。
できるできないの前にやる。それが春野が最も実力が発揮できる領域で、あながち俺の案からいいものを抽出したのは、役割に合っていて間違った配置ではない。
だが春野に考えるのは合ってない。ならこれは俺の仕事だ。
状況を整理しよう。月子さんの狙いは夜空を上手く抱き込んで、自分の後継とすること。膳所の狙いは夜空と正式に許嫁となり、ゆくゆくは結婚というところだろう。
どちらも夜空を上手く取り込むことを目的とはしているが、本人はそれを拒否。しかも確固たる意志がある。
俺たちの依頼はそれのアシストだが、夜空の意志だけを尊重するなら強硬策を使えばいい。しかしその方法を採れなくさせている存在がある。
流成さんだ。基本的に夜空の意見を尊重はするが、月子さんや膳所に対してもある一定の希望を持っている。
それは一言で表せるほど単純な感情ではないだろうが、具体的に希望の内容を挙げるなら、親子関係の改善と夜空の縁談という感じだろう。
つまり俺たちはその微妙なラインも考慮しなければならない。
その上で『対決』という方法は効果的だろうか。確かに独りよがりにはなりにくい方法だが、強硬策の部類に入る案ではある。
うー、と思わず唸り声が漏れる。強硬策は使えない。だが独りよがりも駄目。はっきり言うと手詰まりだ。どうしようかと悩んでいると春野が声をかけてくる。
「まーた一人で考えてる。困ってるなら助け求めればいいのに。力になれないかもだけど」
ジト目でこちらに顔を向ける。それはいかにも不満そうだ。それで俺は思い直す。そうだ、こういう所なのだ。
「……わかった。じゃあ一から説明するぞ」
そこから俺は今までの思考を丁寧に春野に話す。時折、春野の質問に答えながら話したため時間はかかったが。
「んー。難儀だねぇ」
「そうなんだよ。中々いい案が出ない」
困ったような声を始めに上げる。
だが言語化が難しかっただけで、人との関係性に敏い春野ならこの関係もなんとなく分かっていただろう。
「とゆーか複雑? って感じ」
「目的が絡み合ってるからな。難しいのは当たり前だ」
「単純にできないかなー」
「それは……」
厳しい。そう言おうとした。だがはたと言葉が止まる。気づいた時には違う言葉が出ていた。
「そうか。逆か」
「逆?」
「ああ。今まで問題が問題だから解決法を考えすぎた。けど考えすぎても意味がない」
「なんで?」
春野は腕を組みながら首を傾げている。
「一気呵成に全てを解決する解決法がないからだ」
「えっ。それってダメじゃん……」
「そうだ。だから問題を一つ一つ分離させて各個撃破に切り替える」
「おお……! なんか言ってることすごい……。戦争みたい!」
その発言を聞くと本当に上手く伝わっているか不安になるが、俺もこの考えの転換を忘れないうちに思考を巡らせ、言葉にする。
「つまり一つ一つの問題を順に解決するって訳だが……」
「順番かあ……」
春野は憂いを帯びたような声を出す。まあ確かに悩み所かもしれない。一歩間違えれば全ての歯車が狂うし。
だが俺の中で順番は決まっている。
「まあ順番に関しては膳所を始末して、流成さんの願いを聞き入れるのがいい流れかな」
「始末ってホントに戦争っぽい……。それでなんでその順番?」
「順に解決するのはお前が言ったように単純化させるためだ。だから……」
その後に続く言葉を言おうとすると、春野が言葉を引き継ぐ。どうやら分かったらしい。
「あっ。そっか。最後は夜空と月子さんの対立にしちゃえばいいのか」
「その通りだ」
流石春野。分かっている。複雑に絡み合った問題を一つ一つ解決するのは、思惑が入り込んでぐちゃぐちゃになりかけている単純な夜空と月子さんの対立関係を戻すためだ。
なら先に排除するのは蝿のように邪魔な膳所だ。それに加えて流成さんの憂いも消せたらなおよし。
「ってことはまず膳所くんからどうにかするの?」
「ああ、そうなるな」
その質問を受け小気味のいい返事をする。
「やっぱり楽に排除するなら『対決』がよくない?」
「まあ、そうだけど……」
それは間違ってはないのだが、勝算の面でいささか不安だ。というか普通にやったら100%負ける。膳所は蝿のごとく邪魔ではあるが、実力はライオン級だ。
「勝てない、なんて思ってない?」
俺の不安そうな顔を見抜いた春野がそう声掛ける。
「……全く工夫もなかったら負けるだろうな」
勝算がないわけではない。だが条件をこちらに有利にしたり、それこそ工夫しない限りは負け確だ。
「じゃあ工夫しないとね」
ふふと笑いながら、春野はおもむろにスマホを取り出し操作している。どうやら電話でもかけるつもりらしい。
「今、図書館にいるんだけど……うん、そこ。今から来れたりする? ちょっと話したいことがあって。……全然いいよ、待ってるから。……あ、それは助かる。……うん。じゃあね〜」
春野はスマホを耳から離し、通話を切っている。
「……誰に電話掛けてたんだな?」
「んー? すみれ。片桐くんも来るらしいよ」
「は? なにが?」
意味もわからず聞き返す。どうして彼らが話に出てくるんだ?
「今からどういう対策するか考えるんだよ! ほら三人寄れば文殊の知恵とも言うじゃん」
いやそうだけど……唖然とした。だが春野の行動力を考えるとこうなるのもなんとなく分かるし、ここで広く意見を聞けるのはありがたい。春野に感謝すべきなのだろう。
けどなあ……。やっぱ久しぶりに友人に会うのは言葉にできない憂鬱もあるのものだ。
そんなまぜこぜの気持ちを持ちながら彼らの到着を待つ。
本作品の第一部分には登場人物紹介があるのですが、もうそろそろ新キャラ分も追加したいなーと思います。今確認したら二章に出てる人すらも紹介されてないので……。




