四章 第8話 星合夜空にバースデーソングを
「いっせーの……、夜空! 誕生日おめでとう!」
「ありがとう、みんな」
パンパンとクラッカーが鳴り響き、中のカラフルな紐が飛び出す。夜空は照れたように俯く。あとはめいめいにおめでとう、とかを言って祝っている。
めいめいといっても誕生日パーティーに参加せんためカフェ「三ツ星」に集まった人は主役である夜空、俺、春野、流成さんと……
「それでなんで夏樹がいるんだ?」
「え? 暇だから」
何気なしに話す春野の弟の夏樹で五人目だ。てかこいつと夜空は面識なかったはずなのだが……。
そのことを軽く突っつくと、こんな答えが返ってきた。
「いや、実はあるよ。ほら春の花見の時。尾道先輩と姉ちゃんはいなかったみたいだけど」
いなかった。それなら思い当たる節がある。あのクラス会みたいなのに呼ばれた時、確かに俺は店番をしていなかった。
「ふーん。なるほどな」
「そんなんじゃ探偵にはなれないよ」
ほっとけ。というか誰が探偵になりたいとか言った。
夏樹は昔からだが、自分の思ったことをそのまま口に出す。先輩としては冷や冷やもので止めて欲しいのだが、今日は止まらなかったみたいだ。
「前会ったときも思ったけど、夜空さんは中々の美人さんだね。姉ちゃんも見習ったら?」
「? ありがとう?」
夜空は首をかしげらながらも夏樹の言葉に礼を返す。夏樹め、なんてことを言い出すんだ。夜空も夜空でその返答は明らかに不味いでしょ……。
「おい、こいつ誕生日に口説いてるぞ。注意したらどうだ? お姉ちゃん」
「えっ! あ、はい。夏樹ダメだよ。めっ」
「全く怖くないよ、姉ちゃん」
夏樹ははあ、とため息を大げさに吐く。そうだな。全然怖くない。むしろちょっと可愛かった。特に「めっ」の部分が。
「尾道先輩、顔赤くなってるけど、エアコンの設定温度合わない?」
「別に暑くはない。それとそのニヤニヤ笑いやめろ」
それでも夏樹はニヤニヤ笑いをやめない。こいつ、あれだな。俺の顔が赤い理由は知ってんのに、あえて的外れな質問してるな。単純にウザイ。
「はいはい。とにかく今日の目的は夜空の誕生日パーティーだ。始めるぞ」
これ以上ほじくると面倒なことになるのを察して本題に戻す。
「……それで誕生日パーティーって何をするのかねぇ」
ぼそりと流成さんが呟く。確かに。少なくとも俺は誕生日パーティーを開かれたことも開いたこともないので勝手がわからない。どうすりゃいいんだ、これ。
たまらず一番こういうのに慣れてそうな春野に目をやる。春野もちょうど俺の方に目をやっていて視線がぶつかる。
一瞬の逡巡。だがすぐに春野が口を開く。
「えー。まずは例の歌じゃない?」
「オッケー例の歌ね」
「例のか。わかった」
「いや、皆さま方『例の』で話進めないでくれませんか……」
どっかのスパイのコードみたいになってますよ……。まあでもあれって曲名よく分からんよな。誕生日の歌? ハッピーバースデー?
「それじゃあ、ハッピーバースデートゥーユーハッピーバースデートゥーユーハッピーバースデーディア夜空〜ハッピーバースデートゥーユー、いえ〜! おめでと!」
春野が先んじて例の歌を歌う。男性陣も後れ馳せながらながらそれに追随する。しかし結構恥ずかしいもんだな、これ。夜空もなんかもじもじしてるし。
「ええっと、じゃあ次はケーキの吹き消しかな?」
春野の司会進行で夜空がケーキに立っている蝋燭のゆらゆらした火を吹き消そうとする。
「夜空……何か一言はないか?」
「え?」
夜空は明らかに困惑した声を出す。まあ急に話振ったし、この反応は予想通りなのだが……。
この誕生日パーティーはマニュアル化していてどうも盛り上がりに欠ける。なので今の言葉は何かあった方がいいと感じた俺の義侠心だったように思う。
「コメント求めるのも分かるけどさ、そう言うならまず自分からじゃない?」
夏樹がいつも通りに能天気な声を上げる。
「いや待て。俺の心情わかったんだよな。ならここでコメント振るのはおかしいだろうが」
夏樹よ、なに言い出しちゃてんの? ここでの筋は夜空がコメントすることにあるだろうが。それを分かってくれよ……。
だが俺のそんな思い虚しく、皆の視線は完全に俺に向いている。挙げ句の果てに夜空までこんなことを言い出す。
「こうね、見ててもあなただけは心意気が感じられないのよ。私の誕生日を祝おうっていう心意気が」
「なんで俺だけなんだよ。スタンスは周りと変わらん気がするが」
「根が駄目なのよ。腐っているのよ」
「こいつ……調子に乗りやがって……」
誕生日だから何でもアリなのかよ……。いやどちらかといえば俺だから何でもアリという感じがする。悪態をついてしまいたくなるが一応我慢する。
少し険悪な雰囲気を察してか春野が口を出す。
「まあまあ。夜空、誕生日だしさ、何かお祝いの言葉言おうよ、尾道くん」
「結局、俺かよ……」
そっちの方が丸くは収まるだろうが、そういう理論を抜きにしたら言いたくはない。恥ずかしいのは誰もが分かることだろう。
しかし周りを見ても、視線は完全に俺の方に向いている。はあ、と一つため息をつく。
「あー。その……夜空、誕生日おめでとな。普段いろいろ助かってるし感謝してる……。今年もよろしくな?」
シンと静まりかえる。え。何この空気感。せっかく恥ずかしさを殺したのに。
「なんだよ。そんなにおかしいか」
「いや! 意外に素直だなーと思って……。そういうのも悪くはないけどさ」
「尾道先輩、そんなマジなの期待してないから」
「おい、お前ら。殺す。ぜってー殺す。とりあえず夏樹だけは普通に天国に行けると思うなよ!」
俺の心をいちいち弄びやがって! 特に環姉弟は!
「あははは。ごめんごめん。なんかすっごい真面目だったからついね」
「だからこういうのは嫌なんだよ……」
俺に期待通り恥ずかしい思いさせた夜空はさぞやご満悦だろうとちらと見るが、どうしてか俯いている。その状態を維持したまま口を開く。
「……何をしているの? 早くケーキ食べるわよ」
「ああ、そうだな……」
夜空の掛け声で春野が包丁を使いケーキを切り分ける。本当に用意周到だな。
だが俺のコメントが完全スルーされている。これでは恥のかき損だ。まあだからといって掘り返す愚行はしないのだが。
「はい。夜空には苺一番大きいやつあげる!」
「ありがとう」
「お前、甘いの苦手じゃなかったか?」
前に俺が祝われた誕生日で夜空はホールケーキを買ってきながら、甘いものは苦手だと早々に退散したはずだ。それを不思議に思い突っつく。
「ああ、それは朝比奈くんだからからよ」
「なんかさらっと言ってますけど、それどういう意味っすか、夜空さん……」
俺見ると甘いもの苦手になるの? 原理が分からないんだけど。
「あなたにはケーキを1ホールまるごとたべさせたいのよ。だから嘘つくの。わかった?」
「なにその変化球的ツンデレ。あとそれ普通にいじめだから」
一応抗議してみるが、夜空はいつも通りの涼しい顔。何言って無駄だな。
それを察しておとなしく切り分けられたケーキを切り崩し食べ始める。うん、甘いな。ていうか甘すぎる。前のホールケーキのせいでここ一年はケーキは避けたかったんだが……。
だいたいケーキを八割食べた所でプレゼントのことを思い出す。あーもうこれ食ったら、プレゼントタイムになるよな……。
果たしてプレゼントは喜んで貰えるか、そんなことに胃をキリキリさせながらケーキを押し込む。
誕生日によく歌われるあの歌の名前は「ハッピーバースデートゥーユー」という曲名らしいです。初めて知りました。知らないのは自分が無知なのか祝われ慣れていないのか……




