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四章 第5話 環春野の企画プレゼン

  何もない一日。それほど幸せなことはないと最近感じる。

  そもそも俺は平和を好むのだ。そして誰よりも平和を崩されることを嫌う。俺はきっと誰とも接触しないため、引いては平和を崩されないためにだいたい家にいるのだ。やっぱ家最高。

  とまあ、こう思うのはカフェ「三ツ星」で上手くいってない証拠だろう。結局は職場に行きづらい言い訳に過ぎないのだ。


  「ふぅ……」


  そんな吐息が漏れる。なんかもう居心地が悪い。

  流成さんも復帰した夜空も会話を始めることはない。それどころか一様に暗い表情である。

  そこから察するに多分、家で月子さんや膳所についての何らかを話したのだろう。前に聞いた流成さんの後悔も話したかもしれない。

  正直、滅茶苦茶やりにくい。業務自体は慣れてるし、難しいものでもないのだが、コミュニケーションが生まれないとリズムが狂わされる。


  カフェ自体が暗い海に沈んでいるようだ。店内の静けさはいつもながら、店の外で降る連日の雨と、何より陰気な雰囲気がそう感じさせてしまう。

  凪ぎのような時間を過ごす店内の扉を開く音がする。からからとドアベルが鳴り、それに反応し「いらっしゃいませ」と挨拶する。


  「……って春野か」


  「あっ、尾道くん、今日なんだ……」


  俯きながらカウンター席につく。

  春野は槇島高校のブレザーを着ていた。どうやら学校帰りらしい。


  「え、えっと、アイスコーヒー」


  「かしこまりました」


  流成さんが声をかけると、早速準備を始める。仕事はちゃんとやっているあたりが、何か言いづらい理由でもある。


  「久しぶり春野さん」


  「うん……久しぶり」


  そこで春野は再び俯く。笑みもなんだか自嘲的だ。


  「春野はそんなに来てなかったのか?」


  春野の態度が気にかかり思わず訊いてしまう。

  春野とはゴールデンウィークに……まあ、色々あったし、俺と顔を合わせにくいのはよく分かる。俺も実際春野を避けていた節があったし、おあいこだ。

  だが春野はそれでもカフェ「三ツ星」に頻繁に来てると思っていた。夜空がいて、俺がいない時を狙っていたかと考えたが、今の口ぶりを聞くにそうではなさそうだ。

 

  「あー、うん。ちょっと忙しくてね」

 

  「ふーん。学校も大変だな。今日も学校だったっぽいし」


  一応相槌は打つが、本当かどうかは疑わしい。こいつなら例え忙しくともカフェに来る時間を無理やりにでも創出することも考えられた。


  「そーなんだよ。委員長なんかやってなくても色々、大変で……」


  そこからは春野による学校話の独壇場であった。学校であった面白いこと、教師への愚痴、今後の予定などをざっくばらんに話している。

  俺たちはそれに適当に相槌を打ったり、コメントしたりする。俺学校に行っていないので、新鮮に思う部分も多くて、割と楽しい時間だった。

  それでもやがては会話が途切れる。そもそも俺や夜空は話を広げるタイプでもないし聞き手に回っていたので、春野が会話を止めたらそれまでだ。


  「そうだ。最近、来てない間になんかあった?」


  春野が間を埋めるように切り出す。

  ピクリと従業員の面々は皆、反応した。だが誰も口を開こうとしない。


  「……なんかまずかった?」


  「いや、別に大したことじゃない」


  星合父子が完全に沈黙しているし、それが解けることがないと予知したので俺が反応したが、この言い方だと春野に隠し事をしていることに気づいた。

  慌てて一言を付け足す。


  「まあ一応、メールでちょっと話すよ」


  「うん……、わかった。ありがと」


  春野がお礼の言葉を言うと、それを見計らったように流成さんがコトリとコーヒーの入ったグラスを置く。

  しばし春野がアイスコーヒーを味わう時間となる。そういやこいつ、いつも頼んでるのホットの方だったな。これは新鮮かもしれない。


  「やっぱりおいしい」


  「光栄だね」


  流成さんは目を細める。少し気持ちがほぐれてきたのか、笑う余裕ができてきたようだ。店内の空気が僅かに良くなった気がする。


  「そういえば来月、夜空誕生日だよね?」


  「……そうね」


  夜空が固い口調で肯定の言葉を紡ぐ。誕生日の話をしてるのに、こんなに浮かれないやつはそうそういないだろうな……。

  それよりも。俺は思ったことを率直に口に出す。


  「ていうか誕生日、来月なんだな。忘れてたよ」


  「えー! 尾道くん、サイテー。友達の誕生日忘れてるなんて」


  「そんなに言われることかよ……」


  思わず辟易する。別にただ忘れてただけだ。知らなかった訳ではない。流成さんに偶然、教えられたはずだ。

  そもそもそんなに誕生日が大切な日だとは思わない。大切にするのは個人の自由で構わないが、少なくとも夜空は俺と似たような考えな気がする。

  だいたい誕生日にこだわるのは小学生までくらいのもんだ。そこを越えてくると徐々に老いていくことに儚さを覚えるようになってくる……はずだ、きっと。


  「朝比奈くんの誕生日は祝ったのにね」


  「おい、それは……」


  あんまり突っつかれたくない話だ。十月の誕生日に確かに祝われている。それは全然いいのだが、その場には春野はいなかったはずだ……。


  「え? 十月の誕生日祝ったの?」


  案の定、春野は素早く首を俺の方に巡らせる。その感じにぎょっとする。すぐ食い付いたし、口元は笑っているが目がマジだ。しかもなぜ誕生日が十月だと知っている……。

  春野の俺に対する感情を知ってしまっていると返答に困る。どう返しても不幸な未来しか見えない。


  「あー、まあ、たまたまな」


  「ふーん。たまたまねぇ……」


  納得したような声を出す。だが内心は……言わずもがなだな。とにかく嫉妬深そうな目でこちらを見ている。


  「まあいいや。夜空〜なんか欲しいのある?」


  春野はぱっと話題を変える。正直、それにほっとした。ここで問い詰められると、俺が不利になりすぎるからな。

  それに春野は春野でこれ以上言うのは、しつこいと思われるという考えに至ったのかもしれない。


  「そうね。欲しいもの……パソコンかしら?」


  「リーズナブルにいこうね、夜空……」


  春野は困ったようにため息一つ吐く。


  「リーズナブル……。参考書?」


  「参考書って誕生日の味気ゼロだろ。なに、夜空って誕生日、祝われたことないの?」


  パソコンに参考書。どちらも夜空らしいアンサーでそこそこ需要があるものだが、誕生日向けではない。ホント融和ってものを知らないのな……。


  「あるわよ。その……親に」


  夜空はムッとしたような声を出す。


  「親はそりゃあ祝ってくれるだろ。俺が言ってるのは学校の知り合いとかだ」


  「じゃあ朝比奈くんは祝われたことあるの?」


  夜空は口角を上げながら言い放つ。多分、祝われたことはないと馬鹿にしているのだろう。だが残念。


  「ある」


  「えっ、あるの!?」


  「そんなに驚くことじゃねぇだろ……、春野。あるぞ、その、まあ……アレだけど……」


  俺の言葉は尻すぼみに小さくなる。あるにはあるのだ。けど、ああ……トラウマを思い出した。

 

  「どったの? 尾道くん」


  能天気に春野が訝しんで訊いてくる。


  「見栄を張るのも大概にしなさい。どうせ、あれでしょ? 小学生の時に皆に帰りの会とかで祝われた程度でしょ?」


  夜空は呆れたような声を出してくる。

  くっそ。丸わかりかよ。だが少しディテールが違う。もっも酷い。アレは事件だった。

  帰りの会で誕生日の人が祝われるのだが、俺の時は学級委員が忘れやがって、失敗を取り繕うように放課後、ほとんど誰もいない教室でテキトーに祝われたとさ……。

  俺の沈黙を是とみたのか、春野も呆れたように言う。


  「当たってるんだ……、悲しい……」


  「よせ……俺が一番、分かってる」


  お通夜のような空気が流れる。その……ごめんね? 見栄張って。


  「まあ、とにかくさ! 夜空祝うために誕生日会開くのどうかな?」

 

  「別にしなくてもいいわよ」


  「それ、夜空が言うの!?」


  春野は驚愕の色を見せる。まあ確かに誕生日会を開かれる側が拒否するのは珍しいかもしれない。


  「祝われたくもないのに祝われるのも辛いもんなんだぞ。春野には分からんだろうが」


  「そうなの?」


  「そうだ。例えばな……」

 

  そこで俺は言葉を止める。またもや俺の黒歴史披露会みたいになっている。これ以上傷をえぐるのは得策じゃない。


  「とにかくだ。こればっかりは祝われ慣れてないと厳しいんだ」


  俺が力説するが、春野は釈然としない様子だ。

  春野の学校での立場を見ていれば、そうなるのは納得だ。クラスメイトと積極的に関わるから、誕生日なんて絶対に見逃さないだろう。俺の誕生日忘れも春野にとってはありえないことに感じている。

  そんな社交性のある人なら、誕生日を祝い慣れてるし、祝われ慣れているのだろう。だがそれが欠落している人間は誕生日を憂鬱に思うことだってあるのだ。


  「うーん。そっかあ……いいと思ったんだけどなあ……」


  残念そうに春野は肩を落とす。もしかしたらカフェ「三ツ星」の空気感を敏感に感じ取って、提案したのかもしれない。それなら悪いなと思う。


  「……別に悪くないんじゃない? ささやかにやるなら」


  夜空が静かにその言葉を噛み締めるように提案する。春野はそれを聞いて一気に破顔し、夜空の手を掴む。


  「分かった! ささやかにやるよ! 今世紀最大のささやかくらいに!」


  「言ってること矛盾してると思うけれど……」


  一応夜空は抗議するが、春野は聞いていない。その代わりあーだこーだと誕生日会の企画について喋り続けている。

  俺はそれを見て、これこそ望んでいた何もない一日だと思った。ただだらだらと希望的観測について話す、意思もなければ意味もない日常の延長線。

  俺の幸せとは正にこれだ。永遠にこの時間が続けばいいのにとすら思う。いつか終わる関係なら尚更だ。

  だが今日は少し違う。俺と春野の関係性も変わってしまった。今日の夜空も少しおかしく、内面の変化があることがまじまじと分かる。

  そんな違和感を覚えながら、日常は続く。

凄く久しぶりの更新です。12月ははっきり言ってスランプの時期でした。書いては消し、書いては消しの繰り返し。もうちょいテンポよく投稿できたらいいなと思います。

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