三章 第20話 環春野とのデートは悪くない
中華料理店を後にし、とりあえず映画館へ行くことにする。その道すがら、春野が質問してくる。
「今、何の映画やってたっけ?」
「お前それもわからずに……まあ、知らないけどさ」
「ほらね。皆、知らないんだって」
春野が得意そうに笑う。そうなのだ。気になる映画を見ることを楽しみにするのはよくあることだが、目的なくただ映画を見たいと思うのもまたよくあることだ。
春野の方を見ると、スマホを取り出していじっている。どうやら今日、上映する映画を探しているらしい。
「なんかあったか?」
「うーん……。ドロドロした愛憎劇とラブコメ漫画の実写化となんか純愛系もあるね。病気を患った人とその彼氏ーみたいな」
「なんで恋愛ばっかなんだ……」
正直、俺は恋愛系の作品を苦手に思っている。なんかもうあり得ないことが起きすぎて「ありえるか! そんなモン! リア充どもめぇ!」と絶叫してしまうからだ。
「もしかして気乗りしてない……?」
「映画は別にいいんだが、恋愛系はちょっとな」
「そ、そっか。困るもんね」
何が困るかはさっぱり分からないが、春野が恋愛系はなしにしようと考えてるっぽいのでそのことは黙っておく。
「だったら何がいいかな〜。あっ!」
もう一度、スマホを見返していた春野が、突然声を上げる。そうしてその画面を俺に見せてくる。
それはある映画のポスター『息をのむアクション! 硝煙が巻き上がる!』と銘打たれて、なんかイケメンの俳優の方が困り顔で吹き飛んでいる。
「意味がわからん……。そもそも硝煙の動詞は巻き上がるなのか?」
「さあ? 知らない。ていうか気にする?」
「一般常識あるなら気にする」
「私が一般常識ないみたいに言うなー!」
ポコポコと俺を殴ってくる。全然、痛くない。俺はそれを軽く手であしらってから言う。
「でこれが見たいのか? さっきの恋愛系とは格差が凄すぎるが」
「いやーアクションは見たくないけど主演の人がずっと好きなんだよねー」
そう言われてからやっとこの映画のキャストを見る。主演と思われる人の名前は、芸能とかに疎い俺でも聞いたことがあった。
「……もしかして恋してるのはこいつか? なら早めに諦めた方が……」
「な、なわけないじゃん! ずっと応援してるってこと!」
春野は手をブンブンと振りながら弁解する。
なんだ。アニメ好きなら推しのキャラのことを「嫁」とか言ったりするので、てっきりそっち系統かと……。
「尾道くん、非常識すぎ。そんな人気の人、恋愛対象として見るわけないじゃん……。ほんっとありえない……」
なんかめちゃくちゃボロクソに言われている。もしかしてってつけたのに……。
春野は顔を手で隠してはいるものの、真っ赤なのは一目瞭然だ。そんなに恥ずかしいか? 逆に物もわからずあんなことを言ってしまった俺が恥ずかしいのだが……。
結局、そこからは会話がなく映画館へ着いてしまう。
「そ、それでどうする?」
春野は身振り手振りしなからおどおどと訊いてくる。
「別にさっき言ったのでいいよ、好きなんだろ?」
「…………へ? あ、うん、まあね」
春野は一瞬、ぼけっとした顔になるがすぐに気を取り直す。それを確認してから俺は言う。
「じゃあ決まりだな、行くぞ」
「え、ホントにこれでいいの?」
「選ぶのはお前に任せたし、正直何でもいい」
チケット売り場へ歩き出し、さっさとチケットを購入する。そのついでにポップコーンにコーラという映画の定番メニューも買ってしまう。
スクリーンのある部屋に入り、席を探す。ゴールデンウィークということもあり、思ったより人がいた。だがスクリーンがよく見える場所は空いており、適当にそこらへんの席に腰掛ける。
「ていうかあんまり考えずに入っちまったな。タイトルなんだっけ?」
「うわ。結局、聞いてなかったのね……。『EXPLODE』ってタイトル」
「……」
思わず黙り込む。なんというか安直だ……。
確かに日本語で『大爆発! なんとかなんとか!』とかのタイトル付けをされてもB級感が否めないが、ちょっとオシャレにするために英語にするのも大概だと思う。だいたい邦画だよね?
「それでこの俳優を応援してるのか?」
コメントに困りたまらず、話題を変える。
「うん。一応、デビュー作から。イベントとかで直接、見たことはないけど」
「へぇ」
相槌を打った時にちょうどブーっと音がし、室内が一気に暗くなる。それと共に真っ暗だったスクリーンが明るくなり始める。映画の始まりだ。
「や〜。面白かったね!」
上映が終わり、映画館から出た春野がそんなことを言う。
「あんま言いたくねぇけど、……面白かった」
「でしょー!」
タイトルとかキャスト、ポスター、それに元は漫画だったという情報からとんでもない地雷臭がしたが、見てみると割と面白かった。
「やっぱりあの爆発のシーンすごいよね、ビクッってなっちゃったよ」
「あれはマジでビビった」
ハリウッドの超大作とは違い、予算も少ないはずの日本映画にしてはあんなにド派手に爆発をかましてくるとは思わなかった。
「それにあれだな……。主演の人がすげぇ良かった」
それを聞いて春野は満足そうににんまりと笑う。
テレビを見ても俳優の顔と名前が全く一致しないくらい興味のない俺であるが、あの演技は単純にいいと思った。
「だよね〜。特に……」
映画の感想を言い合っているうちに次なる目的地であるショッピングモールに到着する。やっぱあれだな。映画は話題作りには最適だな。
俺は買わなければいけない物も買いたい物もないので、春野についていくだけの楽なお仕事だ。……と思っていた俺を呪いたい。
「ねぇ、これどうかな?」
「うん。いいんじゃねぇの?」
本日18回目のやりとり。さっきからサイズを合わせるようにしたり、試着してくる春野に、もはやテンプレート化した言葉を投げ掛ける。
こんなに同じことが短期間に起こると、この世界はループしている疑惑が出てくる。トリガーはどうやら春野の試着らしい……。
とまあ冗談はおいといて、このやりとりで一番不思議なのは春野がその言葉を受けた後の態度だ。一様に嬉しそうにしていて服たちをバンバン、カゴに詰め込んでいる。
やっぱりループしてるよなあ……。
「うわ。ちょっと入れすぎた」
「ちょっとなんだな……」
そんな感想が漏れる。俺の感想的には「かなりいっぱい」なんだけどな……。
「ねぇ、どれがいいと思う?」
それについて俺は答えない。5回目を過ぎたあたりからはもう考えるのも面倒くさくなって、ちょっと変だなとか思っても「いいんじゃねぇの?」と返していたので、正直服をあんまり見ていない。
「あー、別にお前が買うんだし、好きなやつ選べば?」
やっとのことでそう言う。すると春野は頬を膨らます。
「決められないから訊いてるの!」
「はあ……そうかい。でも服とかわからんしなあ……」
俺は生まれてこの方というもの一度も服に拘ったことはない。中学生の時までは母親が勝手にチョイスしていたし、高校からもたまに服屋に立ち寄っては安いやつを適当に買うだけだ。
「確かに尾道くん、そういうの興味なさそう。ダサくはないけど、なんか地味だし……」
「ダサくないは俺にとっては最高評価だ」
あんまりコーディネートとかも気にしないので酷い格好を無意識でしていることがあるので、春野の評価は上々の部類に入る。
ちなみに今日のファッションはジーパンに上には濃紺のシャツ。自分でも分かるほど地味だ。
「もお〜。こだわらなすぎだよ〜」
「お前はこだわりすぎ。早く決めた方がいいぞ」
そう水を向けると春野は再びうーっと唸り始める。どうやら本気で迷っているらしい。
俺は一つため息をつく。
「はあ……。決めきれないなら俺に言え。ちょっとくらいなら買ってやるぞ」
「え……、いいの? お金とか……」
「いいよ、服くらいなら。お金ならバイトで稼いでるしな。あと、その……お礼だ」
「お礼?」
「いや……」
俺もお礼の意味はよくわからない。だけど贈り物をしてもバチは当たらないと思ったのだ。
春野は俺の言葉を聞いて、少し考える態度を見せる。しかし少しの峻巡の後、首を振る。
「ううん。別にいいよ。そのお金は尾道くんの努力だし」
「そうか? 遠慮しなくてもいいぞ」
「そんな、ダメだよ! もっと大事にしなきゃ!」
そう威勢良く言うが、ときとぎ眉間に皺寄せながら、服を取捨選択していく。……迷ってるなぁ。
「ねえ、尾道くんってそんなに稼いでるの?」
何気なしに訊いてくる。
「週四のバイトだし、たまに週五でもやるからちょっとした小金持ちって感じだな」
「リッチだ。それとも小財閥? やっぱり払って貰おうかな」
春野が冗談っぽく言う。
俺はそこで後れ馳せながらながら、春野が買おうとしている服の値段を値札で確認する。……一万!? ちょっと待て! 服って二枚組三千円とかじゃねぇの!?
余りに俺が服の知識に疎いせいで大金を払わされそうになっていたことに焦りを覚える。
でも同時に納得した。これが春野の遠慮した理由か。春野に思いやりがあって命拾いした……。
「でも偉いね、そんなに行ってて」
「別に偉くない。学校行かない代わりだ、代わり」
「そう思える所が偉いんだよ」
春野は俺の顔を覗き込みにししと笑う。俺は思わず顔を背けてしまう。
「……はよ選べ。飽きてきた」
「ふふふ。はーい」
結局、春野は二つくらいに絞ってレジで会計をする。そして戻ってきて笑いながら俺にこう言う。
「ねぇ、次はどこにいこっか!」
その笑顔は光り輝いていた。だが同時にこれはしばらく帰宅の途にはつけないなと感じる。まあ、これも慣れれば言うほど悪くない。
この部分での名シーン? は尾道くんの恋愛創作についての考え方です。恋愛小説の主人公でありながらまさかの苦手。らしいと言えばらしいですが、ちょっと寂しいです……。




