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三章 第21話 環春野と葉桜と時間切れ

  死人に鞭とはこういうことなのだろう。

  春野の本来の目的であった映画を見ることと服を買うことは既に遂行できた。それでも尚、時間が十分に余り、ついでにカラオケに行くことにしたのだ。……した所まではいいのだ。

  だが春野に振り回された俺は既に満身創痍に近く、春野が歌ってる最中に船を漕いでしまった。

  今はカラオケが終わった帰り道、それを馬鹿にされてる次第だ。


  「いや、ほんっとにありえない! 人が歌ってる時に寝ちゃうとか! あはは! 体力つけた方がいいよ」


  「くっそ……。春野に馬鹿にされるとか屈辱だ……。まじで運動しようかな……」


  「途中で寝ちゃうとか……。なーに? 昨日、もしかして楽しみで寝れなかった?」


  「寝れなかった」


  俺は正直に答える。それを聞いてニヤリと春野が笑う。やっぱりな。そこで俺は間髪入れず言葉を続ける。


  「ああ、寝れなかったよ。貯まってた録画番組見てたら夜中の三時だった」


  「ちぇっ。つまんないの。仲間だと思ったのに」


  春野は道端にある小石を蹴り始める。たまにこちらに小石が来るとタックルして俺を退かそうとする。暇潰しに本気すぎるだろ。


  「……仲間って楽しみだったのか?」


  「そりゃあ、た、楽しみだったよ」


  「それは何よりだ」


  春野は顔を赤らめながら楽しみだと言ってくれた。

  実は俺は行く前は結構不安だったのだ。俺なんか遊びに行っても楽しくないのではないか。期待外れな結果に終わるのではないか。

  昨日、夜中の三時まで起きていたのは録画番組を見ていたせいではあるが、そうしようと思ったのは今日のことを忘れるためだ。

  だが今の春野の表情を概ね満足というところだろう。それに俺はほっとする。


  「じゃあここらへんで」


  春野と話しながら歩いているうちに家の近くまで来る。

  遊びすぎたせいですっかり辺りは夕闇に沈んでおり、月も星も綺麗に見え始める時間帯になってきた。

  あんまり連れ回しても悪いし、俺も体力の限界だ。ここは別れるのがいいだろう。

  しかし春野はそう思ってないらしい。首を捻るとただ一言、意を決したように呟く。


  「……待って。その、ちょっと、もうちょっと歩かない?」


  「もうちょっとって……。大丈夫なのか?」


  「門限なら心配しないで。すぐ終わるから」


  先ほどとは打って変わって俺を毅然として見つめる。たまに見せる真面目な顔だった。


  「門限だけじゃなくてな、年頃の女子の帰りが遅いと良くないことが……」


  「尾道くん、私のお母さんみたいだね。大丈夫、学校帰りの方が遅いし、祭の後も遅かった」


  ふっと春野が表情を緩める。


  「そうだな……。春野のくせに正論だ……」


  「くせにって酷いなあ……」


  そう言う頃には俺たちは、どこに行くかも決めず歩き始める。

  だが数分黙りながらふらふらと歩いていたが、限界が来る。

 

  「なあ、どこに行くんだ?」


  「ん、ちょっとね」


  どうやら春野には行くあてがあるらしい。ならそれについていくのが良さそうだ。並んで歩いていたが、俺は歩みを緩め、春野の一歩後ろを歩く。

  そこで俺はあることを気づく。さっきから春野は会話も始めず、からと言ってこの雰囲気を噛み締めることもない。ただ遠い目をしていることに違和感を覚える。

  歩きながら俺がちょいちょい会話を振るが、やっぱり春野は空返事しかしない。いつしか俺も話さなくなっていた。

 

  ああ、これは似てるな。そんな感情を抱く。

  祭の後、帰り道。春野に感じた違和感。そして失望。

  あの時も春野のいつもの明るい表情は翳りを見せ、表情を失った。同時に俺は怖いと思ってしまったのだ。その時の情景もはっきりと覚えている。

  俺は次に何が起きるか、おっかなびっくりしながらついていくと、先頭を歩いていた春野の足が止まる。

 

  「着いた」


  とただ一言告げる。俺は見上げて気づく。

  そこは先日、カフェ「三ツ星」の出店を行った町の名物である桜並木。しかし既に桜は散っており、その代わりに若緑の葉がついていて満開に近い。


  「なんでここに?」


  「たまに来たくなるんだよね」


  そう言って春野は一本の木に近づき、軽く触れる。


  「たまに」


  「そうたまに。気分が落ち込んだ時に」


  俺が繰り返し言っても、春野はあまり気乗りしてないのか返事は素っ気ない。それに俺はふとした不安を覚える。

 

  「もしかして今日、楽しくなかったか……?」


  「ううん。そんなことない。楽しかった。でも……でも」


  そこで春野は言葉に詰まる。そこで春野の表情が歪む。何か苦いものを噛み砕いた風だった。


  「はあ……。やっぱり駄目だ」


  そこで一息つく。


  「悩み事か? そのくらいなら聞くぞ」


  「悩み事だけど、尾道くんに言っても意味ないよ」


  「なんだそりゃ」


  一向に意味が分からない。分かろうとしてもどうも腑に落ちないことが多すぎる。


  「まあ、俺が助けられないなら何言っても無駄か」


  「かもね。少なくとも手助けはできないだろうね」


  「それでどうしてここに連れて来たんだ?」


  春野は黙る。ただ一瞬、小さく「わからない」と呟いた気がした。確信はないが少なくともそう聞こえた。

  だがすぐに春野は別の言葉をかける。


  「……綺麗だよね、ここ」


  「ん? ああ、そうだな」


  今は散っているが、出店した時に見た桜は本当に綺麗だった。ピンク色の花弁が風に吹かれる景色はとても絵になった。


  「多分だけど今、尾道くんが思い描いてる桜って祭の時の桜でしょ?」


  「そうだけど……、よく分かったな」


  「わかるよ。皆好きなのは、ピンクの賑やかで明るい桜。この地味な葉桜を見るために花見する人なんていないから」


  春野の言うとおりだ。花見というのは世間一般ではピンクの花びらがつく桜を見ることを差す。当然ながら俺もそれを想像した。けれど春野が言いたいのは別のことらしい。

 

  「皆が好きな桜ももちろん好きだけど、私はこの葉桜が……好き」


  「……珍しいな」


  合いの手としてそんなことを言ってみるが、おそらく春野は聞いていないだろう。

  今の春野の言葉にはただ自分が思ったことを言い、それを噛み締める自己満足な所がある。なら俺が言うことはない。否、俺が何を言っても無駄だ。

  その証拠に春野は既に若緑に覆われてしまった桜をいとおしそうに見る。


  「皆も薄情だよね。こんなに綺麗に緑に色づいた桜があって、力強く幹は成長して、ただピンクの花びらが散っただけで見なくなるなんて。……まだ桜は生きているのに、綺麗なのに」


  俺はそこでやっと春野から視線を外し、桜を見る。

  俺が見ていながら、本当はその過去を見ていた桜はとても健気だと思った。

  ピンクの花弁が散り、もう誰も見ていない。それでも緑の葉をつけ、冬を越え、春にまた花を咲かす。それもまた悪くないと感じる。


  「この桜もいいな……。今日はありがとう、いいもんに気づけた」


  お礼の言葉は口にする。こういうものに気づけるのはとてもいいことだと思う。

  ほとんど誰も知らない、けど僅かな人だけが知っている宝物のようなことに気づけるのは一つ人間が大きくなったようにも感じられる。

 

  そしてふと、俺もなんでこう思ったのか分からない。それでも。

  もっと春野のことを知りたいと思った。

  今もなお、春野は桜の前に座り込んで、暗い表情をし何やら思い詰めてるようだ。

  その理由を俺はやっぱり知りたかった。これは興味ではない。憧れでもない。もっと別の"何か"だ。


  「……なあ、やっぱり悩み事があるなら聞くぞ。場合よっちゃ助けてもやる」


  その言葉を聞いて春野はすっと立ち上がる。そして俺を見つめる。風が吹き、春野の短い髪がしなやかになびく。

  ドクンと心臓が鳴る。今までにこんなことはなかった。これもまた"何か"が要因なのだろうか。


  「尾道くんは……優しいね。自然に私を助けようとしてくれる。でもその先には最後まで気づかなかった。だからもう時間切れ」


  春野は一歩近づいてくる。今にも泣き出しそうなくらい痛々しい笑みを湛えながら。


  「――私は尾道くんが好き。ずっと好きだった」

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