表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/103

三章 第8話 朝比奈尾道の品定め

  電車を乗り換え、やがて箱根の玄関口である箱根湯本駅に着く。下りて駅舎を出るとそこにはバスロータリーがある。


  「んん〜。着いたあ!」


  春野が伸びをしながら歓声をあげる。

  時計を見るとだいたい朝の10時を回ったところ。出発したのは7時なので、三時間は電車に乗っていたことになる。伸びをしたい気持ちもわかる。


  「新鮮な空気がおいしいよ」


  「いつもという空気に触れるのは旅行の醍醐味ね」


  春野の傍らで夜空が相槌を打つ。まあ確かに旅行の形容しがたい解放感は感じられる。箱根は一大観光地なので、もともと町全体にそういう雰囲気が漂っている。


  「でも肩が痛いなあ……」


  「肩……?」


  俺はそちらを見る。より詳しく言うなら肩を見てはいない。胸を見ていたのだ。ふむ、まあサイズは……。


  「どこ見てるいるの? 変態」


  夜空が軽蔑した目を向ける。目敏いな、こいつ……。


  「待て。別に見たくて見ちゃいねぇよ。肩が痛いっていうから女性特有の原因の肩こりかと思ったんだよ」


  「それでも普通は肩を見るものよ、遠慮してね。真っ先に胸を見ることは心配とは言わないのよ」


  「ぐっ……」


  何も言い返せない。確かに普通なら原因ではなく、患部を見るものだ。肩が痛いという言葉を意識しすぎた。

 


  春野が流石に怒るだろうと思い、そちらをおずおずと見る。


  「えっ、いや、それは……うん」


  酷く赤面しながら、文章にもならない言葉を吐く。

  ……なんか最終的に納得しちゃった感じなんですけど。俺的には殴られたり、「バカ」とか「変態」とか罵倒(ご褒美)が来るものだとばかり思っていたのに。

  なんかすかされた気分になる。それは夜空も同じらしく、明らかに戸惑った表情を見せる。

 

  「何をそんな感じになってるか、わからないわね。肩が痛いのはその荷物のせいでしょ?」


  「ああ、そっち……」


  がっかりした気分になる。……待て。がっかりって何だ。何にがっかりしてるんだ、俺は。

  そんな答えがつかなそうな自分の中の疑問について考える。だがその間にも会話は続き、春野は気を取り直したように言う。


  「そ、そうだね。あはは、荷物多すぎたかな?」


  「『かな?』ではなく、実際多いと思うのだけど……」


  夜空がちらと荷物を見る。やっぱりこいつはこいつで荷物の量を気にしていたらしい。

 

  「あと、朝比奈くん。『ああ、そっち……』って何?」


  「それを掘り返すか……。話の流れを戻すなよ」


  「犯罪を揉み消すつもり? セクハラは民事訴訟もあって大変よ?」


  これはもう脅迫。こいつ、どんだけ俺を排除したいんだよ……。これが夜空ジョークなら笑えんな。


  「第一に俺は見てない。第二に男は女性の胸をとりあえず見る。これは反射なんだ。本能と言っていい」


  「第二を付け足したせいで第一が容易に否定できるわね」


  ……そうだった。夜空の言うとおりだ。なんでもかんでも穿った見方をしたせいで、自分が男という帰属意識を忘れていた。これはまずい。


  「え……? 尾道くんって男子じゃないの?」


  「なんでそうなんだよ……。お前、ちゃんと勉強してる?」


  この返答はなんか不安になる。馬鹿というか融通が利かない感じが。

  春野は俺の発言にご立腹のようで、頬を膨らましながら反論する。


  「し、してるよ! 学年末それなりにいいし! ……あ、あと今のはジョークみたいなものだから」


  「春野さんは天然発言とジョークが区別しにくいから……」


  「夜空まで!」


  春野は頭を抱えて嘆く。でもこれは擁護できんな。だってホントにわかりづらいし。

  だが春野はすぐにけろっとする。その瞬間、目を伏せ再び赤面し、とても言いづらそうに訊いてくる


  「そ、それで男子ってとりあえず女性の胸見るの……?」


  それ聞きたい? そんなことを思う。しかし何を言っていいかわからない。ここで下手なことを言えば、変態扱いは確定、お縄だってありえる。

  「うーん」とか「あー」とか特に意味もない言葉だけが出てくる。


  「見てるわよ。この男は」


  「ちょっと待て。なんでお前が答える。あと春野、夜空の発言を真に受けて、ちょっと引くのやめろ。傷つくだろうが」


  夜空が口角を上げたのに気づく。そんなに俺が嫌われるのが嬉しいですか、ええ。

  それでも変わらず俺を見続けるのは環春野。これは引いてはくれないパターンか。


  「あー、まあ、いつもじゃない。意識すると見ちゃうだけだ。気を悪くしたなら謝る。すまん」


  そう言って軽く頭を下げる。……で、どうして俺は胸見ただけで謝罪会見みたいになったるの?


  「あ、えっと。ま、まあ! 早くいこ? 時間もないしさ!」


  春野は仕切り直すように声をかける。おい、俺に恥かかせてそれで終わり? 完全に謝り損なんだが……。

  しかしこのままこの話をされるのも面倒なので、既に歩く始めた春野についていく。

  逆に止まったままなのは夜空。どうしたと思いそちらを振り向くと、口を真一文字に結んで何やら言いにくそうにしている。


  「夜空、どうした?」


  「いえ……目的地行きのバスはこっちなのだけど」


  そう言って指差すのは歩き始めた方向とは真逆。


  「ああ、そう……」


  そんな情けない呟きが漏れる。春野に到っては完全にフリーズしている。これは知ったかぶりの恥ずかしいパターンだ。……はあ、箱根にまで来て黒歴史なんて作りたくないんだけどな。


  気を取り直して乗ったバスが揺れながら、俺たちを運んでいる。窓の外を見ていると緑が多くなってくる。その事実が目的地に近づいていることを証明する。


  「……なんか、すっごいわくわくしてきた」

  「そうか? 見渡す限り木でちょっと不安になってきたんだけど……」


  元風景と言えば聞こえはいいが、どうもそういう気にはなれない。どこを見ても木。俺の中で箱根=木のイメージが定着せんとしているほどだ。


  「まあ箱根はこういう所だし、感じとるのが一番では?」


  夜空がもっともなことを言う。春野がそれにウンウン頷く。こいつ本当にわかってるのかな……?


  「感じとるって言われてもなあ……。観光地でそういう感慨に耽ってるやつは感じとってるフリしてるだけなんだよ」


  「何、その変わった見方。なんかテンション下がる」


  「俺が似合わずやってる方がテンション下がるだろ」


  春野がブーブー言いながらそう言うので思わず言い返す。その瞬間、夜空の眼光が鋭くなった気がした。


  「あなたは情緒もわからないの? 情緒を感じるには感受性を高めないといけないの。それにはまず形から入るのよ」


  「口を開けば、愚痴ばっかだな……。箱根じゃなくて、わびさび覚えるために京都行くべきだったんじゃ?」


  「あなたは相変わらず減らず口ね、京都のお寺で仏道修行でもしたら? 煩悩がなくなるわよ」


  お前も大概だけどな。そんなことを思い、何か言い返そうとする。だがそれを止める声が入る。


  「まあまあ、落ち着こうよ。せっかくの旅行だし。ね?」


  「別にケンカしてないんだけどな……」

 

  夜空の罵倒に大体慣れてしまい、もうじゃれているようにしか思えない。

  むしろまだ少し口元が笑ってる時点でましだな。これで笑ってなかったらただの無慈悲だ。……なにこれ、めっちゃ夜空の生態知り尽くしてるんですけど。どっかの博士なの? 俺。

  あとこれは夜空の一方的虐殺に近い。もはや俺は天災を過ぎるのを待つ無力な市民ですらある。

  その後は当たり障りのない会話が続く。どうやら天災は去ったみたいだ。


  そうこうしているうちにバスが目的地へ着く。そこからは既に芦ノ湖が見える。

  一面の青。それは圧巻だった。それと同時になるほどと思う。これが箱根が観光地たる所以か。多くの人に愛されたののは、有無を言わさぬ美しさがそこにあるからだ。


  「……すげぇな」


  思わずそんな呟きが漏れる。夜空が言う、先ほどの情緒がわかった気がする。

  ちらと隣を見ても春野は嘆息を漏らし、夜空は瞑目して情感たっぷりに感じている。どうやら俺と同じ思いらしい。

  ひとしきり芦ノ湖を見ると、俺たちは誰からともなく歩き始める。

  これはいい旅になりそうだ。そんな予感が俺の心で充満する。

既に読んだ方はサブタイトルの意味がわかると思いますが、今まで付けたサブタイトルで最低です。けどラブコメなのでこれでもいいかなと開き直ってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ