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三章 第7話 彼らは旅をする

  駅というのは自分にとって無縁な場所だ。

  学校には行っていないし、買い物など外出するときの移動手段は基本的に自転車だ。駅を利用したのは……記憶にないな。

  これは俺の遠出経験が全くないことを表す。まず必要性も感じないし、それについての誘いも受けないのだから、当然っちゃ言えば当然だ。

  だから分からないのだ。こういう旅行というものは。何を準備するのかも分からず、適当にリュックに詰め込んできただけだ。まあ、今の世の中便利だし、必要になりそうなものはコンビニに置いてるケースも多いので、あんまり心配はしていない。

  だが不安にはなる。そうなったのは春野のリュックにパンパンに詰め込まれた荷物を見たからだ。


  「なんだよ、その量……」


  「え? そりゃあ旅行だし」


  そりゃあの意味が分からない。旅行がなんたるかは知らないが、楽しむためにはなるべく荷物が少ない方がいいとは分からないながらに思った。

  だが春野は旅行だから重装備をしてきたらしい。この場合、分があるのは旅行や外出を頻繁にしてそうな春野で、俺はマイノリティなのかもしれない。


  「……ちなみに何持ってきたんだ?」


  俺が少し不安を感じて訊いてみると


  「えぇっと、着替えでしょ、美容品、充電器、あと地図に、そうだお菓子も! そういえばトランプとかも入れたかな。そうそう後ね……」


  「分かった。もういい」


  やっぱり自分を貫いて正解だったな。春野の持ってくる物はあっちで調達できるし、なんならトランプとかするはずもないので調達する必要もない。

  トランプとかお菓子ってなんだよ。子供の遠足か。

  しかし春野もそれなりに旅行を意識しているらしく、Tシャツに一枚軽く上着を羽織り、下はジーンズといういかにも動きやすい格好だ。

  まあ別に春野が大荷物だろうが俺には関係ない。運ぶのは結局春野で、苦しむのも春野だ。


  「ごめんなさい、遅れたわ」


  丁度、春野との会話が途切れたところで夜空が遅れてやってくる。

  夜空の格好はなんというか……軽装すぎる。

  格好は春野と同じようにパンツルックだが、肝心の荷物が、ない。過剰表現ではなく、実際小さなショルダーバッグしか持ってきていない。


  「お前……荷物は? 着替えすらないんですけど」


  「郵送で送ったわ。邪魔じゃない、着替えなんて」


  おおう……。それは効率的ですね……。まあこれまた俺に関係ないが。だが不満そうなのは春野だ。


  「えー! なんで皆そんなに荷物少ないの? 旅行だよ、旅行! 楽しまないと損だよ!」


  「お前がおかしいのでは?」


  ここへ来るときは自信がなかったが、今なら確信を持ってこういうことができる。俺の荷物が少なすぎるんじゃない。春野の荷物が多すぎるのだ。

  ふっと夜空が笑った気がした。なんだ? 春野の荷物が多いのは夜空の荷物の少なさで証明できたはずだが。


  「安心してもいいわ、春野さん。旅行は楽しみよ。だから荷物が多くなってしまって郵送せざるをえなかったの」


  「なんだあ~納得」


  「お前、俺を貶めるために手間かけすぎじゃない? ねぇ?」


  別に放置でもよかっただろうに、わざわざこんなことを言うとは……。


  「それはおいといて早く行きましょう」


  夜空が声をかける。時計を見てみると電車が出る10分前で急いだ方がよさそうだ。


  「うん。さあ行こう!」


  電車に乗り込んで指定席へ向かう。流成さんが取った切符は新幹線の三人席だった。

  夜空、春野、俺の順で座る。なんかこの並びだと仲のいい男女グループに思われそうなので嫌なのだが、知らないおっさんが隣よりはいいと思い、おとなしく座った。

  隣を見ると早速、春野がゴソゴソとし始める。……なんだよ、邪魔だな。その荷物も含めて。


  「っと。あった。やっぱり旅行と言えばこれだよね~」


  そうやって取り出してきたのはポテトチップス。


  「それって別に旅行じゃなくとも……」


  思わず口をつく。ポテトチップスなら家でも食えるし、旅行だからといって旨くなるわけでもない。


  「旅行といったらポテトチップスじゃないの?」


  「電車の中でお菓子食うのは定番かもしれんが、ポテトチップスはないだろ。手、べたつくし」


  「むー。ふん。別にいいもん。ポテトチップスおいしいし」


  すねたような声を出して、ポテトチップスの袋のギザギザに手をかけ縦にさき、あの訳わからん机に置く。やっぱ子供だ……。


  「一つもらい」


  こうして見てみるとポテトチップスが食べたくなってきて、一枚つまむ。味を確認する。……うん、やっぱいつ食べても旨いな。


  「ああっ! さっきまで色々、言ってたのに……」


  「俺はポテトチップスを批判してない。旅行といったらといってポテトチップス出すやつを批判してるんだ」


  「結局、私のこと馬鹿にしてるし!」


  苛立ったように春野はポテトチップスをバクバクと口に入れていく。


  「ねぇ、一つ貰ってもいいかしら?」


  「夜空まで!」


  そうは言うものの夜空の方へポテトチップスの袋をスライドする。

  今日は春野のテンションが異様に高いな。ていうかいつもより感情がはっきりしている。旅行の気にあてられたらしい。

  まあ、わからんでもないが。言葉にできないわくわく感。これが体の中に充満してるのがよくわかる。


  「春野、何か甘いものないか? ポテトチップスの塩味を中和したい」


  「むー。わがままだなあ」


  「その男に餌付けするのはやめておきなさい。依存するから」


  「餌付けってなんだよ……。俺は犬でも猫でもないぞ」


  もはや人外扱いされている。ねぇ、俺の立場低すぎない? こんなに色々考える(悪いこと)のに動物扱いとか……。

  夜空は手の甲を顎に持っていき、こう言う。


  「あら。そんなにかわいい生き物を想像していたの? ペットじゃなくて家畜よ、想像していたのは」


  「社畜の間違いじゃなくて?」


  思わず訂正する。こんだけこき使われているのだ。家畜なんていう何もしなくても、食料だけが与えられる存在な訳がない。

  ていうかそういう考えになるように調教した夜空が怖すぎる。もう社畜でもいいやとか思ってしまってる時点でヤバい。


  「調教されてるわね」


  「おかげさまでな」


  「この会話、黒いなー」


  思わず春野が呟くほどにこの会話は異様な雰囲気を醸し出していたらしい。まあ、これに対しての不満なら夜空に言ってほしいですね、俺は被害者だし。


  「それより箱根着いたらどうする?」


  「そうね……。まずバスで芦ノ湖へ行くのはどう?」


  「まあ定番だな」


  箱根といえばクイズなんてものを出されたら、真っ先に出る答え。多分点数配分は低めのやつ。


  「何があるの? そこに」


  「いや……それは……」


  言葉につまる。芦ノ湖といえば有名ではあるが、何で有名かは全く知らない。せめて雑誌とかで事前にリサーチすべきだったと後悔する。


  「そうね……。例えばロープウェイとかがあるわね。それと遊覧船……海賊船とかもあったかしら。他にも箱根神社もあるわ」


  「おー! かなり豪華だね~」


  「なんでお前そんなに知ってるの? ねぇ? 歩く旅行代理店なの?」


  前の流成さんとの会話も含めて、こいつは観光地に異様に詳しい。多分旅行先で一人で大興奮してるタイプだな、これは。


  「別に大したことはないわ。一般教養よ」


  「一般的ってなんだっけなあ……」


  「あなたは一生かかっても、一般的という言葉の意味がわからない気がするわ」


  俺がそう呟くと即座に夜空が返してくる。失礼この上ないな。

  春野の方をちらと見るとただ笑っているだけだ。これだと援護には期待できそうにない。おとなしく撤退だ。

  俺が押し黙ると夜空がゴソゴソと小さなショルダーバッグから何かを取り出す。


  「お前……それ……」


  思わず指差したそれは旅行雑誌だった。几帳面そうな夜空には珍しく丸まって小さくなっている。逆にそれが無理やりでも、鞄に入れようとした執念か感じられる。

  俺が指差すと夜空にギロと睨まれる。……いや、見られるの嫌なら誰もいないところで見ればいいじゃん。それか持ってこないか。

  だがこれで謎が解けた。なぜこんなにも箱根、というか観光地に詳しいのか。まさかの旅行雑誌愛読者ですか。まあ、夜空は意外に庶民派だからなあ……。


  しかしここで現地に詳しい人がいるのはいいことだ。観光地とか電車とか何にしても行動が楽になるし、充実したものになりやすい。

  それに……見てみると夜空も楽しみそうだし。もちろん春野も。俺もちょっと……まあ、そうかもしれない。

  これからの旅行を楽しみに思うふわふわとした感情が車内に充満し始めているように感じる。そんな俺たちを乗せた新幹線は快走していく。

ついに旅行篇が始まりました! 予定では最長の話になります。だからこそ一気に物語が進んで、関係性が進展していきます。ジャンルに恥じないようにしなければ……。

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