三章 第5話 朝比奈尾道は味見する
「ああっ! また失敗した!」
「はあ……どうしてなんでしょうね……」
そんな悲壮な声が二連発で響く。俺はというと、ただため息を吐くだけだ。なぜかって? それは……
「朝比奈くん、処理よろしく」
そう言って夜空からスローインされる失敗作の乗った皿。完全に俺が残飯処理係を任されていた。
今日はというと前の話し合いに出た、名物である桜並木の花見客に向けた新メニューを俺と夜空、春野の三人で考えていた。カフェの方は定休日である。
「酷くない? これ意外と3Kだぞ?」
思わず抗議の声を上げる。
ちなみに3Kとは焦げ臭い、汚い、きついのことだ。だがそんな苦悩などおかまいなしに夜空たちは次の準備を進める。
はあ……仕方ないな。そう思い、黙々と食べ進める。その姿がどう映ったかはしらないが、夜空が声をかける。
「良かったわね。単純な仕事は逆にAIに仕事を取って代わられることがないそうよ」
「俺は仕事したくないから、取って代わられる仕事をやるよ」
そうとだけ言うと、夜空が軽蔑の視線を向ける。やっぱこうなるか……。
「はいはい、嘘だよ。そんなにカリカリするな、また失敗するぞ」
「……そう」
夜空は新メニュー作りに戻っていく。まったく冗談もわからないのはやめて頂きたい。
それにしても不味いな、これ。子供が食べそうなゼリーのような形をした焼き菓子。
なんかカヌレとか言ってたけど、こんなに不味くなるものなの? そもそもカヌレって何?
「なあ……これって作るの難しいのか?」
俺が重々しく口を開く。流石にこの不味さだと、このカヌレが俺の口に合わないとか、調理法がとても難しいのではないかと思えてくる。
「そんなことないわよ。本当なら簡単のはずなのに……」
「じゃあ作り手の腕か」
俺が何気なしに呟くと、キッと強い視線が二つ届く。いや、だってそれしか考えられないじゃん。
「じゃあ聞くが、二人はどのくらい料理できるのか?」
俺も咄嗟に言い返す。これ以上、不味い菓子を食べさせられるのは嫌なんだよ!
「私は家で三食作っているわよ」
夜空の言。まあ、こいつが下手なイメージはない。完璧超人でこいつの作る店のメニューも絶品だし。流成さんが全く料理していないのが、少し意外に思っただけだ。
「わ、私も親がいないときは自分が弟妹の分、作ってるよ!」
春野の言。これまた信憑性がある。言葉に対しては信憑性はないが、夏樹はああ見えて辛口だから、少しでも不味かったらやめるように言うだろう。
となるとここで嘘をついてるものはいない。ここで嘘つきを暴けなかった時点で俺の残飯処理は継続される。
「そう言う尾道くんはどうなの?」
春野が尋ねてくる。別に被害があったりしないので、正直に答える。
「出来るぞ。アップルパイ、スコーン、クッキー、ホットケーキ限定だが」
「え、なんでそんなアンバランス?」
「全部、カフェのメニューじゃない……」
ご名答。この四つだけは夜空に叩き込まれたので人並み以上に作れる。だがそれ以外はさっぱりだ。俺の省エネは家でも変わらない。料理に限らず、家事は母親任せだ。
「人のこと言えないじゃん……。やっぱりそれ食べてて」
酷いな、おい。ていうか不味いの自覚してるなら俺に食べさせるんじゃなくて、捨てるなりして処理すればいいのでは?
「だいたいこれは上手く作れるかじゃなくて、新メニューなのだからオリジナル性がないといけないのよ」
「オリジナル性……」
言ってる意味は分かるのだが、具体的に何をするかが分からない。この小さなお菓子にどうやって変化をつけるんだ?
「一番ベタなのは生地に何か混ぜる方法ね」
それを今、試行錯誤しているのか。どうりで不味い訳だ。だか焦げ臭いのは納得がいかない。
「でも焦げてるってことは下手なんじゃないか?」
「……この男はいちいち、他人を貶める言葉しかでないわね」
夜空は舌打ちでも出そうな雰囲気で俺に言う。
「いや、安心しろ。お前は信用してる。信用してないのは春野。お前だ」
「なんで!?」
驚愕している。が普通に考えればそうなのだ。さっきまでの製作行程を見ていると、夜空が指示を出して春野が作っている。となるとこれは春野の腕に問題があるように思える。
「お前がこれを普通に作ってみろ。話はそれからだ」
「むー。言い方むかつくなあ~」
最近はお前もウザイ時あるからお互い様だろ。
何やら恨み言を言うものの春野はさっさとカヌレを作り始める。夜空はただそれを観ているだけだ。これで真実がはっきりする。
こう見ると春野は意外に手つきがいい。もっとあたふたしてるイメージがあったが、料理となると別なのかもしれない。表情を見ても集中している感じがする。
「はい。出来たよ」
まもなくしてカヌレが出来上がる。匂いの時点では……普通にいいな。
お味の方は……そう思い手を伸ばすが、そこで声がかかる。
「えっ、食べるの?」
「は? 食べなきゃどうしようもならんだろ」
「あ……うん、そうだよね……」
何言ってんだ、こいつ。味を判定するには食べるしかないだろうが。春野は今の発言を恥じているのか、顔が赤い。
気を取り直して、カヌレを手に取り食べる。
……うん、うん。外はカリカリしていて、中はしっとり。これがカヌレか。味の方は食べれる、というか普通においしい。今までカヌレを食べたことはないので、これが正しい味かは分からないが。
「ぐ……普通にいける……」
特に否定するところがなくて認めることしかできない。
「ほらね。どうだい!」
ふふんと春野は胸を張る。これだよ。俺は割と誉める人間なのだが、周りが誉められると調子に乗るタイプだから誉めたくないんだよ……。
春野も嘘をついていなかった。ということはあの失敗は夜空の言うとおり、オリジナル性を入れるがあまり難しくなっているということだろう。
「そもそも色んな物を入れると、融点が違うのだから温度が分からないのは当たり前なのよ」
「それもそうか……」
夜空に正論を言われてしまう。よくよく考えればそうだな。そんなことをカヌレを食べながら思う。
「それにしても上手いな、これ」
「確かにさっきから手が止まってないしねー」
なんというか癖になる。それは春野の技量が優れていうというのもあるし、物珍しさもあるのかもしれない。
「カヌレ初めて食べた?」
「まあ、そうだな。甘味は好きだが、こういうのは初めてだ」
春野が素朴な疑問を投げ掛ける。
そこでふと思う。このカヌレというのはどのくらいの人が食べたことがあるのかと。
ここでは二対一でカヌレ食べたことある派が優勢だが、世の中だと逆の可能性もある。多数派=一般論ではあるが、そもそも三人では多数も糞もない。
スタンダードというのは怖いものだ。スタンダードじゃない人間を排除する理由になるのだから。
俺もカヌレはスタンダードだと思わされていたが、実は違うかもしれない。俺はそれを指摘する。
「なあ……このまま出すのはダメなのか? 普通に出すならいい線いってるし」
「駄目ではないけれど……オリジナリティが……」
夜空は腕を組む。やはり悩み所はそこらしい。だがそれなら解消できる。
「いやカヌレってだけで相当、オリジナリティないか? 少なくとも他のカフェで見たことはないぞ」
「確かにカヌレ出してるカフェってないかも……」
春野が少し同意してくれたっぽい。ここで畳み掛ける。
「そもそもカヌレ知らないのに、特別な味出されたって敬遠するだけじゃないか? それくらいなら、得意な味で勝負した方がいいだろ?」
うーんとどちらも唸っている。確かに固定概念を崩すのは難しい。だがそれも見越しての得意なやつで勝負すべきということだ。
「……なるほど。春野さん、それで行きましょう。準備に時間をあまりかけすぎたりは出来ないし」
「あ、うん、そうだね」
正に鶴の一声。やはりこういう時はそれなりに求心力のありそうなやつじゃないといけない。
「じゃあ早速作ろー! おー!」
「はいはい……」
春野のかけ声で彼女たちは再びカヌレを作り出す。
さてこれで俺のお勤めは終わりだ。カヌレの作り方は分からないし、毒味の必要もない。
少し休憩するかと思い、従業員控え室に行きかける。その背中に冷徹ともいえる声がかかる。
「どこへ行くの?」
「ああ、控え室に」
眼光が鋭くなる。えっ、別にサボろうしている訳じゃないし。本当に終わりだろ、これ……。
「得意なもので勝負しろと言ったのはあなたでしょう? ならば最後まで付き合ってもらうわよ」
「……最後とは?」
俺はおずおずと訊く。嫌な予感しかしない。
「無論、完璧なカヌレを作るまでよ」
そうとだけ言い、再び春野に指示する。
失念していた。こいつは完璧主義者でもあるのだ。妥協など許すはずもない。
はあ……。結局、また残飯処理係、いや、味見係に進化か。そんなことはどうでもいい。とにかく俺にこれ以上、食べさせるな!
後日、このせいでカヌレが嫌いになったことは言うまでもない。
二章を読むと恋愛要素が少なく、甘くないなと思いました。だからこそ三章は甘々でいきます。この作品を甘やかします。




