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番外編2-3 吉野深雪は教師である

この話は二章第19話の後の話になります。第19話読了後に読むことを推奨しますが、読まなくても特に影響はありません。

  カリカリとシャーペンを動かす音だけが静寂の中に響く。そこにコトリと何かが置かれる音がする。そちらの方に視線だけを送ると先ほど頼んだコーヒーが置かれている。

  持ってきたウェイターさんに軽く会釈する。カフェ「三ツ星」でバイトを経験してから労働って大変なんだなと思うようになった。だからこそこうして感謝の気持ちを伝える。

  間違えた。夜空と共に働くのな大変なんだ。礼をしても意味なかったな……。


  まあこんな思考も勉強には必要のないことだ。今日はあの黒歴史確定の球技大会も終わり、一息吐いたところで、不登校期間の勉強を補填するため学校最寄りのカフェに寄り、課題を黙々とこなしていた。

  学校最寄りということで学生達が溢れているかと思ったが、そうでもない。多分学生(リア充)は騒がしいファミレスを好むのだろう。この静寂には耐えられるはずもない。

  ということでかなりの集中力でやれていた、のだが。やはり半年以上の勉強のブランクは厳しく、いつまでやっても終わりは見えないし、むしろわからない所が多過ぎて精神が度々、終わりそうになる。


  あー、まじで関係代名詞がわからん。なんで5W1Hが一番始め以外に来るんだよ……。ワケわかんねぇよ……。

  わからないところが出てくると自ずと手が鈍る。やがてコーヒーに手をつけ始める。やっぱコーヒーはブラックに限るよなあ……。

  「あ、すみません、もう一杯ください」

  早めに飲みきってしまったので、おかわりをもらう。ここは結構、うまいのを出すなー。隠れた名店かな?

  自分しか知らない店を見つけると、テンションが上がるのは世の常だ。……まあそれでだいたい紹介するもんだが、生憎俺には紹介する人がいない。ふん、いいもん、秘密ってことにするもん!


  とまあ、そんなことを思っているうちに、カフェで勉強していると言うよりもコーヒーを飲んでいるようになっていた。英語で言うならstudyingよりdrinkingということだ。

  ほっと一息、いや二息、三息くらいついたところでカフェの入り口の鈴が鳴る。……これでキャピキャピしたリア充だったらはったおすぞ。

  だが入ってきたのは見知った顔だった。

 

  「って先生じゃないですか……」


  入ってきたのは自分が所属するクラスの担任、吉野深雪先生だった。


  「あら、朝比奈くん」


  セミロングの茶髪を掻きあげる。その雰囲気からは余裕が見てとれる。そしてすたすたと俺の前の席に座る。


  「なんでここなんすか……?」


  「? ダメ?」


  先生は不思議そうに首をかしげる。やめてくれませんかね? 先生若いからその仕草すると、なんか禁断の恋に落ちそうなんすよ……。

 

  「いや、ダメかって訊かれたら駄目じゃないですけど……。席ならまだあるじゃないですか」


  「君がこんなものを机に置いているからだよ」

 

  そう言いながら、机に散らばった英語の教科書類を指差す。ああ、なるほど英語の教科担当だから気になるのね……。

 

  「なに? テスト勉強? 勤勉だねぇ」


  感慨深そうに言うが、そんな高尚なものではない。


  「別に、不登校の分の勉強してるだけっすよ」


  「変な所で真面目だね」


  真面目じゃない。どちらかと言えば俺は不真面目だ。ただやらなければいけないことはやらないと落ち着かないのだ。まあ律儀と言うべきかもしれない。だいたい勉強するのは当然だし。


  「もしかしててこずってる?」


  「……わかりますか、やっぱ」


  当然っちゃいえば当然か。英語教師なら一目でその文が間違いか、そうではないかに気づくだろう。

  吉野先生は鼻を鳴らし、ふふんと笑う。


  「教えてあげようか?」


  「はあ……まあ……」


  本当なら別に教えてくれなくてもどうにかするのだが、何せこのままだと間が持たない。担任教師と二人きりというのはなんというか……嫌だ。だから理由を求める。


  「で、どこで迷ってるの?」


  なんだが吉野先生は嬉しそうだ。これはあれだな。誰に何かを教えたい願望の終着点だな。そう考えると教師というのはこの人にとって天職なのかもしれない。

  それはそうと俺は悩んでいる箇所を指差す。すると先生は何回かうなずく。どうやらどこが誤りか理解しようとしてるらしい。


  「関係代名詞か~。これはまず……」


  それから吉野先生のマンツーマン授業が始まる。正直、俺はマンツーマンが苦手だ。コミュニケーション能力が低いからぼっちなんてやってるのに、それを勉強に求められたらどうしようもない。

  授業はあくまで受動的に。だいたい勉強を進んでしたいやつはいるわけがない……いや、一人だけいるか、稀有ではあるが。

  そんなことを思っていた俺だが、先生から少しレクチャーしてもらうと、確かに腑に落ちた感じがする。それが理解したかはわからない。つまるところ先生の教え方がいいということなのかもしれない。


  「……教え方上手いっすね」


  俺が休憩がてら何気なく呟くと、先生はブンブンと手を振る。


  「そ、そんなことないよ……。授業中、皆寝てるし……」


  まあ、確かに。クラスを見回すと寝てる人が常時、目につくし、なんなら俺だって寝ている。

  吉野先生の授業はなんというか悪い意味でそつがないのだ。こういうのは失礼だが、興味を引くものがない。教え方が下手ではないが、惹き付けるものがないためにつまらなく感じる。


  先ほど勉強を進んでしたがるやつはいないと考えたが、それでも多くの人間が勉強をして、社会に参画していく。

  なぜ勉強する? その問いの答えは間違いなく将来のためだ。だがそうとわかっていても今、勉強することを怠けがちである。

  だからその辛さを紛らわすために、勉強に楽しさを見いださなければならない。なのに吉野先生の授業にはその肝心の楽しさが欠けているのだ。

 

  「いや、まあ、なんというか、一対一ならわかりやすいなって思っただけですよ」


  それは言外に吉野先生の言葉を肯定している。けど俺の言葉何も間違っていない。わかりやすかったのだ、本当に。

  多分、教師にも色々あるのだろう。教え方が上手い人、下手な人、大勢に教えるのに向いてる人、個人に教えるのに向いてる人……ほかにも色々ある。

  学校とは社会勉強の場とはよく言ったものだ。たとえどんだけ気にいらない人でも最低一年はその人に教えを乞わなければいけないのだから。さしづめ学校は屈辱に堪える試練と嫌ながらも妥協することを鍛える訓練の場である。


  「マンツーマンがわかりやすいのはなんでだろ、家庭教師やってたからかな……?」


  腕を組みながらうーんと唸っている。どうやら何か不思議に思うことがあるらしい。


  「へー。やっぱり教師志望は家庭教師がバイトなんすね」


  俺が適当に相づちを打つ。


  「まあね……。手っ取り早いし、後々役に立つから。……あ、そこ間違ってるよ」


  「ああ、ホントっすね」

 

  指摘された部分を直しながらふと思う。俺は思ったことを口に出してみる。


  「先生ってどうして教師やってんすか?」


  何気ない質問だった。

  先生は真面目すぎる。知識と話力と人格の優秀さが求められる教師という職業には少々、先生は頭でっかちな気がしたのだ。

  先生は始めは「なんのことやら」みたいな顔をしていたが、やがて持っていたペンを顎につける。


  「うーん、うーん。……うん、これかな」


  長い峻巡。だがどうやら答えは決まったらしい。


  「私はね子供が好きなんだよ。だから応援したくなる」

 

  「はあ……」


  曖昧な返事ではあるがこれしか言えなかった。あの長い峻巡はなんだったのか聞き直したい。そのくらいに微妙な返答だった。

  だって子供が好きなら保育士でも小学校教師にでもなればいいのに、どうしてわざわざ高校教師なんかに。子供と大人が入り交じって面倒くさい時期の生き物を手懐けるのは、骨が折れるはずだ。


  「高校生は子供じゃないっすよ」


  我慢できずに皮肉っぽく返す。しかし吉野先生にはどうでもいいことらしく


  「子供だよ。経験した私が言うんだから間違いない」


  ああ……そう。やはり経験というのは最も説得力のある理由だ。これを言われてしまえばもう言い返せない。ましてやまだ俺は経験してない項目なのだから。

 

  「まあ、高校時代が一番楽しかったから、教師としてやり直せたらなあって理由もあるけどね」


  吉野先生は口元に笑みをたたえる。高校時代を思い出しているのかもしれない。


  「割とテキトーっすね……。教師はもっと高尚なものだとばかり」


  俺は驚愕する。それはなんとも安易な理由だ。教師になるためには色々な試験に受からなければいけない。それは壮絶なのだろう、確固たる意思がないと厳しいのだろう。そんなことを思っていた。


  「そんなことないよ。皆、そんな感じの理由だし。だいたいにして高尚な存在だと思うなら、もっと敬ってよ」


  まあその通りだな。教師はかなり身近な職業だ。それゆえ学生の一部には先生に愛称をつけたり、呼び捨てにする者もいる。

  敬ってよ、という吉野先生の言葉は本心なのだなと思う。


  「っていうか俺には無理っすね、教師なんて。高校なんて一回で十分、いや胸焼け起こすくらいです」


  「あはは。わかるよ、その気持ち。確かに色んなことがありすぎて、頭がパンクしそうだよね~」


  青春。それを今、流行りの擬人化をしたらきっと統一感のない雑然とした派手なキャラになるだろう。皆はその姿を追い求める。

  だがモノクロもまた悪くない。これはモノクロを体験した人にしかわからないだろうが。モノクロは地味ではない。整頓されてシンプルなのだ。俺はそれを追い求めている。


  「でも本当の高校生活は一回きり。教師はやってても真似事でしかないよ。だから」


  そこで言葉を切る。少し先生は寂しそうな顔をする。それが何を意味するかはわからない。


  「だから、今を楽しむべきなんだよ」


  「そっすか」


  俺はそうとだけ答える。多分、俺の返しに意味はない。教師としての俺への言葉ではなく、きっとこれは吉野深雪個人の自分に向けての言葉だ。

  それが俺の心に残ったとしても全く意味はない。ついでに言うなら心が揺さぶられても、だ。


  「……無駄話してないで勉強しましょうよ」


  「あ……うん、そうだね」


  こんな言葉しか出ない俺が嫌になる。そんなひねくれた返しにもまともに反応する吉野先生は案外、思慮深いのかもしれない。

 

  俺はこれが理想的な高校生活で、吉野先生が言う「楽しむ」とは違うと思う。けれど少なくとも俺にとって有意義な時間であることは間違いない。

  短期的な結果としては小テストの点数が上がった。わからないところを人に聞くのは、やはり効果的だった。

  長期的な結果としては……、いや、何も言うことはない。俺の高校生活はいつだってつまらないものだ。けれど心持ちだけは変わった気がする。ただそれだけだった。

これでとりあえず番外編は一区切りです。……とは言いながらも番外編のネタは日々、増えていっています。多分また投稿します。関係ない話が大好きなので。例えば三章の終わり頃に。

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