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二章 第19話 片桐景介は活躍したい

  第三クオーター。15点差ビハインドの圧倒的不利な状況。相手はスポーツ推薦者を集めた特別クラス。勝てる可能性は限りなく低く、絶望的。

  けれどその先の景色には――。

 

  「一本、大事にしていこー!」

 

  負けているとは思わせない快活な環春野がそこにはいた。

  流れは未だあちらのクラスにある。だが雰囲気という点ではこちらの方が圧倒的にいい。これは対照的だな。


  「締まってくよ!」

 

  負けじと相手も声を出している。呑まれないための方策だろうな。やらないよりはましだし、圧されていた勢いもちょっと戻ったかもしれない。けれど。

  それじゃ全然ダメだな。それはスコアにも表れており、点差は徐々にではあるが縮まってきている。

 

  同じ声出しなのに何が違うのか。これを説明するのはちょっと難しい。……いや、恥ずかしい。間違ってたら赤面モノだし。

  春野にはあって、相手にはないもの。これは俺は周りへの想い、……まあ、愛ってことだ。やっぱ恥ずかしい。

  詳しく説明すると相手の声出しは結局のところ、雰囲気作りだ。掴んだ流れを奪われないため。ひいては確実にうちに勝つための戦略の開示でもある。いわば勝利第一だ。

 

  けれど春野は違う。なにが違うかと言うとちょっと難しいけれど。目的は確かに相手と同じ雰囲気作りだ。でも春野の雰囲気作りは勝つためではない。

  球技大会を少しでもいい思い出にするためだと俺は思う。そこには勝ちに執着する様子は見受けられない。ただ球技大会が大敗という後味悪いものになるよりは。その一心で奮闘しているのがよくわかる。

  皮肉なことに明らかに楽しんでいるこちらの方が勝ちに執着した相手よりを圧倒する展開が続く。

 

  「そこマーク!」

 

  もはや悲痛な叫びだな。相手のクラスの声出しは声出しではない。ただの脅迫だ。これじゃついてけないやつも出てくるのは明白。逆にこちらの委員長といったら


  「いいよー。ちゃんと守れてるよ!」


  言葉の節々から感じられる温かみ。これが相手と春野の違いだな。それでいて春野しか出来ないこと。意外に難しいのだ。人に指示しながら好感を得るのは。


  点では負けているが、流れはうちだ。その状態が続きながら第三クオーター終了の笛が鳴る。スコアは21―30。9点差ビハインドか。悪くないね。ちらと先ほどまで静かな闘志をみなぎらせていた片桐を見ると、既に精力に満ち溢れている。

  場は整ったということか。窮地からの大逆転勝利。これは展開としては最高だ。そしてそれを決めるのは片桐景介。

  これは惚れる。いや俺は惚れないけど。ついでに言うなら普通の女子でも惚れない可能性はある。そもそも一回の優れた行動では人は動かない。

 

  けれど安達なら惚れるかもしれない。ほれたはれたは積み重ねなのだ。布石を紡がないと人は好意を持たない。

  片桐はこの球技大会で布石を十分紡いだ。それまでにもカフェとかでも会ったし。……いや、あれは不甲斐なさすぎたか。

  それでも安達が全く興味がないこともないだろうし、まさか認識すらされていないこともないだろう。だからここで活躍するのは間違いなく"効く"


  「オラ、行くぞ」


  いつものように威圧感のある片桐の声がかけられる。……それさえやめればもっとモテそうなのになぁ。

  そう思いながらポジションにつく。その瞬間、第四クオーターの笛が鳴り響く。さあ、パーティーの時間だ。……ダサいな。

  相手を見る。並々身長が180くらいはあり、うちのクラスとはそもそもタッパが違う。今回、バスケ部員は審判をやっているためクラスには本職はいないが、運動部だけあって身体能力は高い。

  しかも運動部叩き上げの指揮系統もあり、攻めの戦略、守りの戦略、どちらをとってもレベルがかなり高い。


  こっちは……展開は見えている。片桐景介のワンマンだ。他もそこそこ動けるが、H組の精鋭達には負ける。

  だがそれの何が悪い。勝てばいいんだよ、結局。

  マンツーマンディフェンスは相手はかなり高いレベルでやってくる。これを掻い潜るのはきつい。けど

 

  「パス!」


  俺はマークを外し、片桐からパスを受ける。そこからインサイドからのシュートを決める。

  観衆から歓声があがる。だが俺はそんなことに目もくれない。見ているのはマークしていた相手だけだ。

 

  相手は見るからに悔しがっている。ひょっとしたら次はかわされないぞくらいは思っているかもしれない。けどそいつは無理な話だ。

  俺は自分の運動神経がいいだんて全く思わない。高く見積もっても中の上くらいだ。けど小技なら話は別だ。

  ぼっちというのは目立たないプレーに関しては一日の長がある。そもそも目立たないからこういうプレーが成功しやすいのもあるが、それだけではない。

  目立つやつはこんなモテそうもない小技をしないし、常に大技を狙っているため優れたやつでも足元掬われる。むしろ劣るやつはそこを狙い目にする。

  弱者は強者には勝てないが、過信してるやつには勝てる。


  だが所詮は俺はジョーカーだ。ちょっと中二病ぽいな。けれどこうとしか説明がつかない。

  今まで活躍してなく、完全に注目してなかったやつが躍動する。これは恐怖だ。けれどそれで勝てるなら弱小校はジャイアントキリングを起こし続けている。

  ジャイアントキリングに本当に必要なものは相手の意表を突く意外性と王道的なミスをしない強さ。それをできるのはこいつしかない。片桐景介だけだ。


  「パスくれ!」

 

  はいはいとばかりに俺はパスをする。俺にパスしないなんて選択肢はねぇよ。能力はあっちが上だし。

  片桐にパスが通る。相手とのワンオンワン。どうなると思い、その姿を見守る。だが心配は要らなかったようだ。

  片桐はボールを手にするやいなやすぐにドライブで相手を突破する。相手は完全についてこれない。しかも周りのヘルプも遅い。

  華麗にレイアップが決まる。周りからは歓声の嵐だ。それもそうだろう。絶体絶命から連続得点。応援もしたくなる。そしてそれは安達も例外ではない。

  そうこうしてる間にも試合は進む。俺はというとひたすらマーク外し、パスカット、スクリーンと裏方の仕事をしている。そして手に入れたボールは全て片桐の元へ。

 

  「しゃあ! 見たか、コラ!」

 

  またもや片桐は点を決める。これで10点目だ。相手の攻撃、守備は既に崩壊しており、能力的に劣る片桐以外の選手でもどうにかなるほどだ。

  それにしても片桐威勢よすぎ。ちょっと観客怯えてるよ……?

  しかし逆転とまではいかない。やはり始めの差が意外に厳しい。スコアは35―36。一点差、けれど時間は僅か。相手もここが正念場とわかっているのか本来の守備を取り戻す。これは容易じゃないぞ……。


  だが絶好調の片桐は簡単に止められないのも事実だ。片桐はまたもやドライブで突破しようとする。しかし相手も食らいつく。しかも周りも集まってくる。……あ、これは無理だな、獲られる。

  そう思った瞬間だった。片桐の特徴的ながなり声が聞こえる。それは不思議とよく通った。


  「尾道!」


  体がとっさに動くとはこういうことなのだと理解する。そう思うほどに素早くパスを受けとる構えをしていた。

  思ったとおりの場所にちょうどパスが通る。

  俺はこのことを意外に思ったものだ。普通、誰かにいいところを見せたいなら、自分を大事にするはずだ。

  時間残りわずか。相手とは一点差。ここで決めればヒーローになれる。そのタイミングで自分がそうなれる可能性を潰すパス。いわば自己犠牲、自分を大事にすることに最も遠い行為。


  そんなことを考える余裕がなかったと言われればそれで終わりだが、大抵こういうギリギリの場面で人の本性は表れるものだ。

  つまりこいつの本性は、まあそういうことだ。……全く周りの女子も見る目がないな。目立つことにしか能のない糞野郎よりこっちの方がよほどいいぞ。


  これは決めるしかないな。そうじゃなきゃこいつが報われなさすぎる。ただでさえ手柄が奪われようとしているのに。

  地を蹴る。マークも誰もついていない。これも片桐が引き寄せたおかげだな。

  バスケットゴールに徐々に近づいていくのがわかる。レイアップの基本、ボールは……置いてくる!

  ガンッ。無機質で無慈悲な音が耳に響く。……え、あの気持ちのいいゴールに入る快音は……?

 

  ピッ、ピッ、ピー。これまた無機質で無慈悲な音。試合終了を告げる笛の音だった。

  あれ? ゴールは? あれ? 状況が分からず、周りを見渡す。明らかに皆、がっかりそうな顔をしている。それだけではない。「はあ!?」とか「何やってんの、あいつ!」とかの怒号も聞こえる。

  ああ……、わかった、わかっちまった。ゴール下に転がるボールを見る。まるで前の、いや今の俺だな。

  シュート外したんだな……。それに気づいたのはおそらくこの体育館中最遅。もはやこの事実は覆らず、ただ虚しい非難だけが響き渡る。他人事みたいだが、その原因は俺……。


  ほとんどその声に聞き覚えはないが、聞き覚えがある声だけはよく聞こえる。


  「あー、うん。よく挑戦したよ!」


  無意味なフォローをする吉野深雪先生。

 

  「あちゃー。やっちゃたな、尾道ちゃん……」

 

  額に手をやり、明らかに呆れている安達すみれ。


  「ダ……ダサい……」


  なにやら勝手にショックを受けてる環春野。

 

  「お前はどうやっても嫌われる運命にあるんだな」


  もうわかりきっている事実を突きつける片桐景介。


  わかってるよ……。わかりすぎて俺を基にしたクイズ番組作ったら全問正解できるレベル。俺のこと知らなすぎて、周りが全く答えられないのもあるけど。

  俺はいつもこうだ。何かやろうと少し先に進もうとすると出鼻を挫かれる。だから慣れた。もうそれを新鮮には思わない。

  だけど……やっぱショックだなあ、何回経験しても。

  はあ、学校帰りたいなあ……。

 

僕は主人公とはあんまり似てないので彼の心情を本当に理解することは難しいと思ってました。けど球技大会編のラスト。あそこの尾道の心情はわかりすぎます。尾道クイズ大会があったらあれだけわかります。

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