二章 第18話 朝比奈尾道は信頼している
危なげなくリーグ三連勝を飾った俺たちE組は午後の決勝トーナメントに向かって腹ごしらえをしていた。
俺はというとどうも食欲がなく、一人で弁当の前でぼっーとしていた。周りからはさぞかしおかしく見えるだろう。……それはいつも通りか。
だが食欲がないのには理由がある。球技大会と言ってもほとんど試合に出ない俺はいつもの授業よりエネルギーが消化不良だった。そもそもエネルギーを取る気になれないのだ。
まあそれは後ろも同じようなもんだろう。理由はまるで違うが。
ちらと見ると片桐景介は弁当箱を睨み付け、ぴくりとも動かない。元々の顔の怖さもあって弁当箱破壊一歩手前にしか見えない。
たまに「はあ……」とか「うーん……」とか言葉にならない声が漏れている。三連勝ということでクラスの雰囲気は悪くないが、こいつだけはどうも表情が暗い。
いつもなら気持ち悪いなと思い、軽く話し掛けたりもするが今日はそういう気にはなれない。
多分、片桐は懸念しているのだ。これからのことを。
例えばこれからのE組の行方とか安達の体力面とか自身の見せ場とか。
わからないことはない。これらの問題は時間が過ぎ去れば解消されるものだが、逆に時間が過ぎ去れば取り返しのつかないものた。慎重に物事を見極めたくもなる。
……だけどこいつには荷が重いだろうな。問題解決能力はいつもの積み重ねで得られるものであり、普段それを避けてる人間は決してそれを手に入れられない。
こいつがこれから手に入れる可能性はあるが、今は無理だ。ならば
「あまり根詰めすぎんなよ。とりあえず飯食っとけ。午後から力出ないとかなったら本末転倒だぞ」
そう軽く声をかけてやる。すると水をかけられた植物のように徐々に意識が戻ってくる感じがする。
「ああ」
とだけ言うと片桐は弁当を食い始める。
これで心配はいらないだろう。そもそも考えるのはこいつの柄じゃない。不適なことやらせるくらいなら適したことやらせた方が絶対いいに決まっている。
そして考えるのは俺の本領だ。トイレに行くため席を立つ。廊下の窓を見ると雪が降っている。それに思わず声が出てしまう。
「……寒いな」
準決勝。相手は俺らのリーグとは別のリーグの二位の組だ。言うても心配はいらないだろう。相手が二位というだけではなく、引き値なしでうちの組は強い。負けるはずがない。
そのほとんど確信に近い予想は当たっていて、第一クオーターから差がつき始める。
まあ、こんなもんだろとも思ったが、本当にこんなもんなのか? とも思う。
差はついている。だが思った以上に差がつかない。ひょっとしたらこの後の試合展開次第で厳しい闘いになるのではないかと予感させた。
主な原因は安達にあるだろう。ちょっと動きが鈍い気がする。とは言っても周りよりは全然、動けているしなんなら安達無双は継続中だ。
だがこれからはわからない。いや、本当はわかっている。安達の体力が尽き、第一クオーターでの優位性がなくなることを。
ちらと片桐を見る。片桐は目をつぶりもう試合は見ていない。……なら心配ないな。こいつはわかってる。わかってる上でこうしている。
そうこうしている内に試合が終わる。今回は俺も片桐も休みの順番だった。……ていうか俺休みすぎだな、一試合しか出てないんですけど……。
スコアは41―31。まあ快勝と言っていいだろう。だが第一クオーターだけのスコアだけだと12-9。あまり差はなく、これは相手の実力がリーグに比べ上がったことと安達の勢いの失速を如実に表していた。
「さてと。次が決勝か」
「……ああ、そうだな」
やっと片桐は目を開き、重々しい口調でそう言う。
懸念はある。けれどそれを強く感じなかった。それは片桐がいつもより頼もしく見えるからだろう。……安達にそれが伝わるといいんだけどなあ。伝わらんか……。
「それでは決勝戦。E組対H組を始めます」
やっぱこのチームが上がってくるか。これが正直な感想だった。H組はスポーツ推薦が多く集まる組でスポーツに関しては一年最強。
早くもE組は敗戦ムードだ。俺もそのビックウェーブに乗りたいのだが、片桐がやるきなのでどうしようもない。ただこのムードはすぐ払拭されるだろう。
早速、ジャンプボールから試合が始まる。
「すみれ!」
女子生徒A(仮)が叫びパスを出す。それを安達は華麗にキャッチ……できなかった。
「ちっ、パスカットかよ。くそ」
片桐は悪態をつくが、そうなるのもわかる。しかも相手はスポーツに優れた人間が多い。こうなるのはある程度は許容しなければならない。
けれど嫌な予感はする。こんな序盤にいきなりパスカット。これはもう……。
「ああ、やっぱりか……」
思わず声が漏れる。悪い予感はだいたい的中するものだ。
安達には既に二人がマークにつき、パスが通る気がしなかった。それに加え、心なしか安達の息が既に上がっているように見える。
マークを二人つけるのは安達を警戒しているだけではない。他の四人は三人で十分、抑えられる。そんな余裕も醸し出す。
その相手の目算はどうやら上手くいってしまっている。明らかにうちの動きが鈍い。なんとかボールをキープしてもすぐに獲られる。そんな感じだ。
しかし対策の打ちようがない。主力の安達は集中マークを受け、気力も削られる。
そうこうしているうちにだんだん点差がつく。E組の面々は早くクオーターが終わってくれと思っているだろう。
その祈りが通じたか否か、第一クオーター終了を告げる笛が鳴る。しかしスコアは6―15。完全にうちのクラスの劣勢だ。
戻ってきた安達や他の女子生徒も満身創痍で見てられない。本当ならその勇姿を讃えるべきなんだろうが、暗い表情を見るとその気も失せてしまう。
それでも安達は無理やり、笑顔を作る。
「はあ……はあ……はは、ダメだったよ。もっと活躍したかったんだけどなあ……」
「いやすみれも皆もよく頑張ったよ……」
春野はいち早く労いの言葉をかける。労いの言葉はこういう時にこそ身に染みるものだ。けれど労いの言葉だけでは心の傷が癒えたりしない。だからこそ根本的な解決が必要になる。
「ふぅ……。これは大変だな」
俺が呟くと片桐も同じようにため息をつく。それもとびきり長く。
「……そうだな。まあ俺は試合展開について心配してない。心配してるのは……」
ちらと安達の方を見る。そこで合点がいく。なるほどな。安達は傍目から見てもかなり疲れてる。それに心を痛めてるのだろう。
「ちょっとくらい声かけてもいいんじゃねぇの?」
そのもじもじとした片桐を見てると、どうも煮えきらずそう言ってしまう。
だいたいそのもじもじは美少女の特権であって、お前みたいなブ男のものじゃない。気持ち悪いから今すぐやめろ。
「ああ、そうだよな……」
そう呟くと安達の所へ駆け寄っていく。これで十分だろう。
さてここからの逆転は、と思い既に始まった第二クオーターを見るが、どうも上手くいっていない。むしろ差が先ほどよりもついてしまっていた。
逆転しろとは言わない。ついでに同点にしろとも言わない。けれどこれ以上の差は避けたい。
輝きとはギリギリのところで発揮されるものだ。だから片桐が輝きを放つ前に土俵の外などあってはならない。せめて土俵際までは粘ってほしい。
「なーに不安そうな顔してんの」
能天気な声がかかる。見なくてもわかる。環春野だ。
「不安じゃねぇよ。片桐なんてどうでもいいからな。……でも何かしないと気分が悪い」
「意外に義理堅いんだね」
ほえーと感心したように言う。義理堅い、か。それはないな。片桐の依頼を叶えるのは俺の安定のためだ。片桐のためじゃない。その時点で義理もくそもあったもんじゃない。
「まあ。大丈夫だよ。何も不安に思うことなんて、ない」
それは本当に春野の言だったのか。そう思うほどにはっきりと言葉を紡ぐ。
第二クオーターの笛が鳴る。スコアを見ると10―25。15点差。普通ならもう無理だ。実力差もはっきりしてるし、流れも完全にアッチ。勝率は低い。けれど。
春野の言葉を聞いてほっとした俺がそこにはいた。きっと手放しで信頼できると思った証拠だろう。
これならいける……。そんな身も蓋もない信頼だけが心に占めながら第三クオーターの笛が鳴り響く。
僕はわかりました。僕はスポーツ系の小説は書けないと。この部分を書くのに五日くらいかけたのに説明口調が抜けない……。躍動感が迷子です。




