迷宮と砂漠
まず映し出されたのは、見た事のない谷だった。
ぽっかり開いた入口を降りていくのは、服装から察するに冒険者だろうか。
こいつらよくこんな所に入っていけるな……禍々しい山肌は、地獄の門だって言われれば納得しそうだぞ。
『この谷は”果ての谷”と呼ばれていました。エントランス以外からの侵入を堅く拒み、奥の迷宮がどこまで広がっているのか、誰も知りません』
なるほど。これはまさに街の名前通り、”エントランス”って呼び方がしっくりくる。
頭の中に流れてくる情報によれば、どうやら過去の冒険者達はそこに潜って必死に地下で小銭を稼いでたらしい。迷宮の中は宝にモンスター、危険と死、それに、夢。一攫千金を目指すヤツらにとって格好の稼ぎ場だったようだ。確かに谷に向かう丘には見覚えがある。ついさっきヒィラと渡った丘だ。
『その丘は頂きを境に、エントランスと迷宮への入口を分けていたのです。この大渓谷は、もう見る影もありません』
ルカの説明が聞こえ、場面が切り替わる。
映像は色のついた壁画みたいなイラストがコマ送りに代わった。蟻の巣みたいに入り組んだ地下迷宮のずっと下の方から砂があふれ出し、そして砂は迷宮を埋め尽くし、中にいたモンスターも宝物も、なにもかもを隠してしまった。いつの間にか谷は砂で埋め尽くされ、末広がりに広がっていた谷は一面の砂漠に姿を変える。
『こうして、砂漠が出来ました。今では全て砂に埋め尽くされ、迷宮の中にあった宝物は砂に覆い隠されてしまいました。ですが、迷宮に巣食っていたモンスター達は別です。奴らは自力で砂から逃れ、地上に現れました』
なるほどな。おかげでダンジョンを動き回っていた冒険者らは潜らなくてよくなったものの、変わってマグ達がせっせと砂を掬ったり戦ったりしながら、さすらうようになった、って訳か。
オレは冒険者達が活動する場を地上に移す様を、また映像で見ながら納得する。
『何故砂があふれたか、それは誰にもわかりませんでした。ですがちょうど砂に埋まった頃から、貴方のような派遣者が現れるようになったのです。』
また、頭に流れるイメージが変わった。
ぬいぐるみのように可愛らしい犬と猿と雉を連れた、軍服姿の若者。マサカリを担いだ大熊と砂漠を歩く、一昔前のカラーギャングのようなかっこうのにーちゃん。沢山の冒険者の頭上で飛んでいる、三本足の大烏に、シーサーのような姿の火を操る犬。こいつらがオレのセンパイか?
『砂漠を訪れた派遣者には、共通した特徴がありました。彼らが皆、同じ世界からやってきたこと。”世界の果て”を目指している事。そして、特殊な力を持った獣……幻獣を連れていた事』
この動物達が、亀みたいなもんだってことか。随分頼りになりそうだ。亀とは大違いだ。
また、映像が変わる。
一瞬のノイズと暗転のあと、今までと違って凄惨な場面ばかり選び抜いたような映像だった。
冒険者の絶叫、干からびていく様、モンスターたちに食い荒らされる体。そして、さっき見たばかりの派遣者の末路。誰も”世界の果て”に届く事は出来なかった。モンスターに倒れ、仲間に倒され、未練を叫びながら倒れていった。中には、果てを目指す事を諦め、こちらの世界で生きる事を選んだヤツもいた。
「おいおい……」
彼らの苦しみが、映像越しに伝わってくる。死の間際の絶叫が、耳に響くような気がする。
「何が派遣者だよ。派遣社員なんて目じゃねえ先行きのなさだぜ、これ……」
つい、口に出してしまう。心の底からの愚痴が、勝手にこぼれていく。
なんだよコレ。帰らせる気なんてねえってことか。あの女、ふざけやがって。
「参ったな……帰れるのか、これ」
あと、どうでもいいけど、熊がマサカリを担ぐのか?
『随分余裕だな、別の世界から来た男よ』
オレがどうでもいい疑問を抱きながら絶望を味わいつつ、それでも何か手がかりがないかと情報を追っていると、声がした。ルカの声とは違う、男の声。誰だ、こいつ。
『面白い。先達の散り様を見て尚、まだ心に余裕があるか。苦難を屁とも思っていねえ。これは随分、見所がある』
声はさも面白いモノを見つけたように、語り続ける。
『これは遊びよ。だが貴様らがアリを遊び半分に眺めるのと同じように、ヤツらは貴様らを見てるぞ。一匹一匹の命などさほど気にしていねえ。ただどう足掻くかを楽しんでいるだけだ。足掻けよ、面白き男』
なんだなんだ。励まされてんのか?
『ここまで来てみろ。いいものをやる。途中で死ぬなよ。……っと。騒がれると面倒だな。少し細工させてもらう。我との会話を伝えるかどうかは、任せる。好きにしろ』
『――さん? ウラシマさん?』
男の声が遠のくように小さくなり、気付けばルカに呼ばれていた。
『どうかされましたでしょうか。説明が終わったのでずっと声をかけていたんですが……』
「それさ。説明って、どこら辺が最後かな」
『……? 過去の幻獣達の映像で最後です。何故ですか?』
「そうか。いや、なんでもねえんだ」
ルカが見せたのは幻獣の姿までってことか。
じゃあ、その後の派遣者の末路を見せたのは、あの声の野郎か?
自問自答を繰り返す。何だかどうも、様子がおかしい。途中で語りかけてきたあの男の事をルカは知らないようだ。わざわざ前の奴らの死に際見せるなんて、悪趣味極まりない。
いや。派遣者の死は、もしかしたらルカ達が隠そうとしている部分なのかも知れない。
都合のいい部分だけを見せて、オレに何かさせるつもりなのか。だからわざわざここに連れてきたのか。
信じていいのか。誰も頼るもののいないこの世界で、こいつらは頼っていいのか。
『お疲れですか? 心がとても静かになっていますね』
心が読まれなくなった?
思い当たる事と言えば一つ。あの男が言った細工は、このことか。
「いや、大丈夫。それより詳しい事、聞かせてくれ。説明はこれで終わりじゃないんだろ」
取りあえず、もう少し話を聞きたい。
どこに立ってるのかさえわかれば、前には進める。なら立ち止まるつもりはハナからない。それに、カンナと声の男。待ってる相手が二人になっちまったらしい。
あの男はオレを面白い男だと言った。確かに、変わってるかもしれない。苦境に置かれていることがわかればわかるほど、オレは自分の心が高ぶっていくのを感じていた。
ヒィラの説明と脳内に流れてきたイメージのおかげで、今の状況は……というか、派遣者とこの世界については大分掴めた。知りたいことはまだまだあるが、多分ルカが見せてくれたアレは教習ビデオみたいなもので、これから詳しい説明をしてくれるんだろう。
ため息が出そうだった。
何だってあのうだつの上がらないおっさんの素性調査が、こんな大冒険に巻き込まれるんだろうか。まあ、取り合えず世界の果てって所を目指さないと帰れないらしいから、目的は決まった訳だけど。
オレが目指すのはやっぱり、砂漠の果てだ。