思惑と価値
『……ヒィラ・メイのこと、知ってるんですよね』
ヒィラが退室してすぐ、ルカがそう問いかけてきた。
「呪い持ちってやつだろ。聞いたよ……つーか知ってて聞いてる、よな。心読めるんだろ?」
『さっきまではよく聞こえたんですが、今はあまりあなたの考えが、所々読めません。思考が真っ白になっている状態だと読めないんですが、そうでもなさそうですし……』
となると、細工ってのはまだ影響があるのか……いや、わからねえことを考えても仕方ない。それにしても皆してヒィラのことを呪い持ちだと口を揃えているのは、何だか面白くねえな。
『彼女のことを知っているなら、言うことはありません。ですが深入りはどうか……。仲間にしよう、などとは考えないでください。有能なパーティを、協会で紹介することも可能です』
「呪い持ちが何かもわかんねえんだよ、オレは。深入りするかどうかはそのあとで考える。ところで、質問いいか」
『何故ここまで派遣者に親切なのか、ですか』
話が早くて助かる。コレは心を読んだんだろうか? オレは口にしようとした質問を飲み込んで、先を促すように頷く。
『かしこまりました。と言ってもすぐ答え終わります。大事にされる理由は、それです』
ルカはそう言うと、部屋の中をうろうろと遊んでいた亀を指差した。この亀が理由、ってことか……?
「どういうことだよ。そもそもオレはこいつの説明も、大して聞いてねえんだ」
『聞いてない……? そうですか。貴方達が連れてくる幻獣の力を、我々はお借りしたいのです。幻獣の力は個体によって違いますが、どれもマグにとってはとても役に立つものばかりでした。しかし、その能力を扱えるのは幻獣と契約した派遣者だけ。幸い派遣者は皆、世界の果てを目指しているので、進んで手を組ませて頂いているのです』
「この亀が? これ、役に立つのか?」
「ももも!」
するだろうと思ったが、案の定亀がヒレを地面に叩きつけて抗議しはじめた。幻獣ってのはみんなこんな感じなんだろうか。そして、役に立つんだろうか。この分じゃ布団叩きくらいにしか使えなそうだ。
『ふふ……幻獣は育つんです。体が大きくなるものもいれば。能力が進化する事もあります。幻獣の能力は必ず、私たちが知る限り一体につき三つ。三つのうちの一つは、言葉です。幻獣がそばにいないと、稀に派遣者と我々の会話が成立しないケースがあったそうです。でもその様子だと、説明は受けていないようですね。これは珍しいケースです。能力についての説明も、ありませんでしたか?』
「あー。運ぶ亀、って言ってた。それだけだ」
『……本当に? あ。本当ですね』
きょとんとした顔でルカは訊ね、そして心を読んだのか勝手に納得した。
これはあれか。カンナはよほどの手抜きをしてたってことか。素で驚いてたぞ。ルカ、すごいクールそうなのに。
『そこまで情報が少ないのは初めて聞きました。運ぶ、亀。思い当たる事はありますか?』
荷物を運ぶ時に喜んでいた節はある。疲れた様子もなかったし、今も元気にバタバタ抗議してる所をみると元気だ。
「ここに来る時、スコルピオ? の脚を運ぶのを手伝ってもらったな。でも脚を二本運んでもらうのがそんなに便利か? それに、それじゃ一つしか能力ねえ事になるぞ」
『そうですね……資料には、幻獣は能力を使えば使うほど育つと言われていますから、一概に判断は出来ないでしょう。もう一つは、今はなんとも。確かめる方法がないか、私も調べてみます』
心の底からお願いしたい。もう一度カンナに会えるなら、すがり付いてでもこの亀の役立て方を知りたい気分だ。が、他にも確認しないといけない事がある。
「それともう一つ。世界の果てにたどり着いた奴はいるのか。どうやったら帰れる」
ルカはオレの質問を受けて、僅かに目を見開いて驚きを見せる。しかし、すぐに脳内にルカの説明が流れ始めた。
『……いません。ですから、帰る方法も、わかりません。そしてそれが派遣者を助けるもう一つの理由。幻獣は何故か派遣者を失うと暴走を始め、我々に牙を剥きます。幻獣一体を討伐するのに、マグ百人を必要とした事もあります』
「そう、か。なるほどな。死なれちゃ困るって訳だな」
ルカが正直に教えてくれた事で、オレは少しほっとした。この世界で誰を信じていいかわからない以上、どうしても疑心暗鬼になってしまう。もし派遣者の死を隠されたら、オレは誰も信じられなくなっていただろう。
そしてもう一つ、わかった事がある。多分あの男が言った細工って言うのは、あの男に関わる情報だけを隠しているらしい。それ以外の事に関してはルカは正常に読み取っているようだが、今質問した
真意はルカは理解していないようだ。
それにしても参った。絶望的だ。今オレがすがることが出来るのは――
「この亀次第、ってわけか」
『我々も、出来る限り協力はします。ヒィラを仲間にせずとも、派遣者を仲間にしたいパーティは沢山あるでしょう。もちろん、実力のあるパーティも力になってくれるはずです』
そこでまた、オレは疑問を覚えた。派遣者が世界の果てを目指すのはわかる。でも、マグなんて奴らがいるのは、なんでだ?
「そもそも世界の果てに何がある。マグってやつらは、なんで危険な砂漠で奥を目指すんだ?」
『迷宮にはかつて、全てがありました。食糧、財宝、珍しい武器、特殊な効能を持つ薬剤、それに、名誉。伝承に過ぎませんが、我々には製法もわからない特殊なアイテムがあった、と言われています。そしてそれは奥に行けば行くほど、貴重なものでした。今でもそれは、変わりません。砂漠の奥に行けば行くほど、貴重な素材や宝が得られるのです』
なるほどな。危険に対する見返りはある、って訳か。命を危険に晒してまで冒険するやつ等が沸いて出るなんて、つくづくオレがいた世界……いや、日本とは違う。取り合えず、聞きたい事はこんなものか。
「助かった。後はまた、ヒィラにでも聞くよ」
『……ここまで話しても、一緒に旅をするつもりですか。彼女の呪いは、ある意味ではマグとして致命的ですよ』
「心、読めるんだろ」
そういうと、ルカは困ったように笑った。どうやらオレの確固たる意志を読み取ってくれたらしい。
『……わかりました。派遣者である貴方なら、或いはかつての彼女を取り戻す事が出来るかもしれません。ヒィラ・メイは、一階で貴方を待っているようですよ』
かつて……?
まあいい。ヒィラを待たせちゃ悪い。
「色々ありがとう。これから、宜しく頼む」
『こちらこそ、派遣者様』
向かう方向さえわかっていれば、案外気持ちは楽になる。オレは部屋を出るべく亀を抱き上げ、ルカの部屋を後にした。




