借りと恩
階段を下りてすぐ、ぽつんと座っているヒィラを見つけた。
冒険の疲れを労いあう冒険者から随分離れた、人があまり通らそうな所でぼーっと一人天井を見上げる姿は、どこか居心地が悪そうにも感じる。賑わう場所を避けてるうちに、あんな端っこに辿り着いたんだろうか。
嫌な場所で待たせちまったな……。
用事を済ませても出るに出れず、あんな端っこでオレの事を待っていてくれたんだろう。申し訳なくなって、早歩きを小走りに変えてロビーの端にオレは急いだ。
ヒィラは、オレの姿に気付くと、こちらに向き直って笑顔を見せる。
「わりぃ、待たせちまったな」
「いえいえ、そこまで待ってないです! 説明もう終わったんですか?」
「ああ、取り敢えずここ出ようぜ。混んでるみたいだしよ」
ぼんやりしていた所を見ると、ヒィラの査定とやらももう終わったんだろう。ならさっさとここを離れた方がいいような気がする。
「そうですね。じゃあ、ご飯にしましょう」
ヒィラも同じ考えだったのか、足元に置いていた細長い包みのようなものを拾いながら立ち上がった。剣はもうない、って言ってたはずだ。あんな包み、持ってただろうか。
「それは?」
「ゴハン、です」
ご飯、と答えながらヒィラは素敵な笑顔を見せてくれた。オレはその笑顔で、ある情報を思い出す。
「まさか……さっきの脚か?」
確かそんな話をしていた気がする。しかしさっきまで追われていた敵の体を食うっていうのは、何とも不思議な気分だ。美味いと言われれば、そりゃ興味はあるが。
「はい! 沢山摂れたので、少しだけ残してもらったんです。荷物運び手伝ってもらったので、そのお礼させてくださいね?」
命の恩人に、荷物運びの礼をさせて欲しいと言われるのは不思議な気分だ。
「それに……ウラシマさん多分、お金ないですよね」
そうだった。ヒィラが小さな声で指摘した事実で、オレは自分の考えの浅さに気付かされる。これはもう、諦めてご馳走になるしかなさそうだ。
「こ、この恩はきっと必ず返す」
礼を言うために待っててもらったのに、結局また借りを作るハメになっちまった。だがヒィラは、そんなオレにまた、嬉しそうに微笑んでくれるのであった。何だよ、やっぱりいい子じゃねえか。
外はもう、すっかり夜だった。
協会の中と同じように、外は随分冒険者らしい姿が増えている。元の世界でもこっちの世界でも、夜になりゃ仕事は終わりらしい。ついでに、屋台やそこらでサラリーマンよろしく飲んだくれる男達の姿も、似たようなもんだ。
「じゃ、いきましょうか。こっちです」
「お、おう」
歩き出したヒィラに続いてオレは歩き出す。さすがに牛丼やラーメンは期待しちゃいないが、まさか見知らぬ土地にやってきて最初に食うのが大サソリの脚とは思わなかった。
それにしても、本当に賑やかだ。市場で商品を売り込む商人達。空いてる部屋を埋めるように主人に言われた、丁稚の小僧。新しい品物を荷台に積んでやってきた、やせっぽちの学者。それにもちろん、冒険者と、外をうろつくこいつらを呼び込むメシ屋のオヤジ。
「賑やかでしょう?」
あたりを見渡しながら歩いていたオレが目に付いたのか、ヒィラは前を向いたままそう言った。
「すげえな。こんなに人がいるとは思わなかったぜ。いつもこんなに賑やかなのか?」
「えぇ。マグの拠点になる街は他にもありますけど、ここが一番賑わってます。マグにとって一番大事なの、何かわかりますか?」
「そうだな……装備……いや、医療か?」
オレの答えに、ヒィラは前を向いたまま首を振る。なんだよ、マグのことでまだ重要な情報でもあるって言うのか。
「答えは、安らぎ。疲れて帰ってきたマグに取って、快適な宿やおいしい食事、それに砂漠でない景色なんかはとても大事なんです。過酷な仕事、ですからね。心を休める時間が、マグには一番大事なんです」
「わかるような、わからないような。でもアレだな。つまり、メシは期待出来るんだな?」
ヒィラはオレの質問に振り返り、にっこり笑うと道の先を指差した。
「ええ、あのお店は私のお気に入りなんです。期待してくださいね」
でかい看板を入口の上にぶら下げたその建物からは、確かにいいにおいが流れてきていた。オレの腹が、盛大に悲鳴を上げる。そう言えば朝から何も食ってないことを、オレは思い出した。




