022 深きものども
神ノアと其子等を祝しゆくして之に曰たまひけるは生めよ増殖よ地ちに滿てよ
benedixitque Deus Noe et filiis eius et dixit ad eos crescite et multiplicamini et implete terram
創世記第9章1節より
王都イリスが燃えている。
大陸において最大を誇る港湾都市、アルケディア王国の宝石と讃えられた都が陥落した。
わたしを祀る丘の上の大神殿は業火に包まれ、我が形代である荘厳な黄金造りのアクロア女神像は倒され、破壊され、簒奪されてしまった……。
弱小カルト教団と甘く見ていたのだ。
こうもダゴン秘密教団の信徒がこの王国の中枢にまで喰いこんでいたとは予想だにしていなかった。
半世紀ほど前から寂れた港町において貧しい漁民たちのあいだで信仰されるようになったのがダゴンとハイドラという神を祀るダゴン秘密教団であった。
当初、顕現した十二神のうちのひとりではないかと思い、注視したことがあったが結果的には実体のない偽りの神、つまり異世界人の空想の産物にすぎないと判断した。
たしかにダゴンは十二神ではなかった。多くの人間を溺れさせてきた海と酒を司るわたしのライバルたる存在ではない、はずだったのだ。
振り返ってみれば、ダゴン教の信徒はどこか異様であった。
雰囲気だけでない。姿かたちからして、わたしの知ろしめす国の民とは認めたくないほど醜く、知能もまた愚鈍であった。
だからこそわたしの信徒にすべきではないかと放置していたのだ。しかしすべてはそれが過ちだったのだ。
見よ、あのひょこひょことした不器用な歩き方の群衆が城壁を突破しているさまを。中には脚が退化しつつあり、鰭のようになっていてアザラシやアシカのような海獣のように歩くものさえいるではないか。
見よ、魚類とも両生類ともつかぬ醜い顔を不気味に歪ませて、善良なる我が信徒たちに刃を突き立てるおぞましき狂信者たちを。
いずこからこれだけの数がわいてきたのだろうか。まるで蝗か蛆虫のごとき大群が一斉にアルケディアの国土を蹂躙している。
すべては遅すぎた。
わたしの神威によりおぞましき船団を大津波で流し去り、溺れさせようとも、やつらは船を捨て平然と海を泳いで上陸してきた。
氷の矢も、水の壁も、水の竜さえも、その圧倒的な数の前には焼け石に水だった。
神であるわたしの加勢でさえこのありさまであるから、人間たちの抵抗はさらに無力であった。
精強を誇ったアルケディア海兵は奮闘するもじりじりと押され続け、あと残すは王宮の一画のみをかろうじて死守しているにすぎない。
すでにわたしのポイントは尽きた。もう神威を発動することはできない。
イリス城の落城も時間の問題となった。
じっと掌を見る。
100万に届きそうだった聖痕の数字が今や全盛期の半数を割っている。見ている最中、みるみる数字は減っていく。
狂信者に襲われているのは王都イリスだけでないのだ。
「これが邪神の力なのか……」
わたしは絶望感にうちひしがれた。
こうも簡単にこれまで慈しみ愛してきた信徒たちが蹂躙されるとは信じられない思いだった。
ゆくゆくはギガントマキアにおいて神々の王として覇権を握れるだけの勢力を持つのは四大元神であるウラヌンか自分しかいないとまで思っていたのに。
そしてわたしは見たのだ。
王都イリスの遥か沖、青黒い海原の下にありえないほど巨大なものが悍ましく蠢くのを――
ダゴン秘密教団【The Esoteric Order of Dagon】
アメリカ合衆国マサチューセッツ州エセックス郡にある漁村インスマスにある宗教団体。
寺院は村の中央広場であるニュー・チャーチ・グリーンのフリーメーソン会館を転用している。 (ピクシブ百科事典より)




