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第七話  炎天下の娯楽 後篇


前の続きです。

 


 所変わって、第三精霊研究所某所――。


「全く、所長の所在くらいはっきりと把握しておいて欲しいものだ……」

「まあまあ……」


 決して静かとは言い難い研究棟の内部を歩くは、この場所には不釣り合いといっても過言では無い二人――テオドアとエリオットだ。


「しっかし、お前が会いたい神話言語の翻訳者というのは、一体どういう人物なんだ?」

「うーん……俺も直接会ったことは無いからなぁ……。でも聞くところによると、その人、俺たちと同じくらいの歳だってさっきの人たち言ってたなぁ」

「それがまず可笑しいと思わないのか? 神話言語といえば、数々の学者が一を研究しつくしたら、十の新しいものが一年単位で出現すると言われてるものだろ? それを俺たちくらいの年頃の奴が一体、どうやって……」

「それも含めて、これから会いに行くんじゃんかー!」


 忙しなく行き交う研究員たちを尻目にテオドアとエリオットが裏庭に出ると、そこで繰り広げられていたのは我が目を疑うような光景だった。


「ちょ、なんで俺ばっかり狙うんだよ!」

「日頃の恨みじゃ、諦めて我が銃撃を受けろー!!」

「っぶ! 誰だ私の顔に当てたのは!」

「あ、しょちょーにヒットー!」


 ――なにアレ、なんか楽しそう。


 炎天下の中、テオドアが見たことの無い小型の拳銃から発射されるのは人を傷つけてしまう銃弾では無く、少量の水。ずぶ濡れになる量では無いが、この暑い時期にあんな風に水遊びが出来るならいいなぁと思えるくらいに銃口から出て来ていた。

 思わず唖然としたままその場に立ち尽くしていると、自ら逃げるためにテオドアたちの方へとやって来たメーテルが二人に気が付いた。


「あれ? お客様です? どうかしましたか? 誰かに用ですか?」

「ぅえへ!? あ……あの、俺たち、クラウス所長を探してきてほしいと頼まれて……」

「あ、そうなんですね。ちょっとお待ちください……。所長ー! お客様ですよー!」


 メーテルの呼びかけに答えたクラウスは自分の近くに居たフランチェスカに断りを入れ、濡れた髪を後ろにかき上げながら三人の方へと向かって来た。


「どうしたモルジェント」

「お客様ですよ」

「どうも」


 エリオットお辞儀に、テオドアも自然と頭を下げる。腰を曲げる最上位の例では無い事を失礼だとは思わないが、それでも首だけというのは些か……と自らの中の礼節が、僅かな罪悪感を訴える。

 クラウスもテオドアたちに倣うように小さく首を垂れると、顔を上げたエリオットの顔を見てこれはこれは、と驚いた声を上げた。


「エリオット殿下。それにそちらは……プロヴェンツァーレの次男殿ではありませんか」

「ご存知でしたか」

「え˝!? プロヴェンツァーレ!?」


 本来濁点が付かない筈の音階に、妙な鈍り声が入った。三人で思わず声の発生源の方へと顔を向けると、クラウスを呼んでくれた研究員らしき女性……メーテルが口角を引き攣らせながらテオドアを指さしていた。


「モルジェント。失礼だぞ」

「……っは! す、すみませんでした! ちょっと、その……あまりにも予想外過ぎる方の登場だったものですから……」

「いえ、お気になさらず」


 驚いたり顔を青ざめさせたりと忙しいメーテルを尻目に、クラウスはエリオットに向き合うとご用件はと比較的温和な声で問いかけた。


「あ、第三部署の方からクラウス所長を呼んできてほしいと言われまして……。後、此処に神話言語の翻訳者の方がいらっしゃると聞いて、是非お会いしたいと思いまして」

「第三……例の件か。分かりました、どうもありがとう。神話言語の翻訳者というのは……」

「あ……!」


 クラウスがフランチェスカの名を上げようと口を開こうとし、メーテルがそれを阻止しようと叫び声を上げようとした瞬間、研究所全体に響き渡るのではないかというくらいの大きな音が辺りを包み込んだ。

 音の発生源は、研究所から西北西の位置にあるゼレンカ第一からだった。


「あ、正午の鐘だね」

「もう昼時か……」

「メーテルさーん! クラウスさーん! そろそろお昼ご飯にしようと思うんですけどー!」


 二人を呼ぶ少女の声。テオドアにとって、それはとても聞き覚えがある声だった。


「フランチェスカさん……!」

「鐘も鳴ったのでから――って……プロヴェンツァーレ、様……?」


 笑顔を浮かべながらクラウスたちに駆け寄って来たフランチェスカは、視界にテオドアを認識すると目を見開いて驚きを表した。


「ど、どうして此処に……?」

「エリオットの付き添いです。今日、丁度神話言語の翻訳者殿がこちらにいらっしゃると伺ったもので、エリオットがどうしても……と」

「そ、そうなんですか……」

「……あの、フランチェスカさんはどうして……」

「あーー!!」


 行き詰る会話にテオドアが率直な疑問をフランチェスカにぶつけようとした瞬間、メーテルが人一倍大きな声を張り上げた。


「モルジェント、さっきからなんだ騒々しい」

「あ、その、すみませんでした! ってか、そんな事より、私お腹すいちゃったんです! フランチェスカさん! 今日のお昼はなんですか!?」


 強引すぎる切り替えだ。苦しすぎる切り替え方に苦笑しか浮かばないが、メーテルもそれを分かっているようで、フランチェスカに助けを乞う視線を向けて来た。だが、フランチェスカ自身メーテルの助け舟は有り難いものであったことに変わりはない。


「今日はですね、そうめんにしようかと」

「ソウメン?」

「パスタよりも細い乾麺のことをそう呼ぶんだとか。今の時期だと、さっぱりしててのど越し爽やかな料理ですよー。薬味も沢山用意しましたから、色んな味を楽しめますよ」

「わぁ! 楽しそう!」

「ふむ……。エリオット殿下、プロヴェンツァーレ殿。よかったら、ご一緒していきませんか?」

「え?」

「はい?」


 クラウスからの予想外の提案に、テオドアとフランチェスカは思わず目を丸くした。それはメーテルとエリオットも同様で、目を大きく見開いたり口に手を当てながらクラウスを凝視していた。

 四人から疑念の視線を受けたクラウスは、身を貫く居心地の悪さに身を捩らせながら小さく心情を吐き出した。


「その、フランチェスカさんが用意してくれた昼食は、かなり量があったと記憶してます。幾ら食に飢えている彼らも、あれほどの量を完食できるとは思えなくて……。それに、食事は大勢で食べる方が楽しい、と、教わったものですから……」


 クラウスの言葉にフランチェスカとメーテルは「あ……」と、思った。

 ――大勢で食べる方が楽しい。

 それは、フランチェスカが第三精霊工学研究所ここにやって来て数か月経った時のことだ。



     ♢♦


 彼女の勤めるバイト先の一つが食事処であることが研究員たちの間に知れ渡り、何か一つ料理を持って来て欲しいと頼んだことがきっかけだった。

 店主夫婦と協力して作ったというパーティー用の料理に、忙しさ故に食事を疎かにしがちな研究員たちは挙ってそれにありついた。時に奪い合い、時に分け合い。一つの料理を介して話を弾ませ笑いあったその空間に、彼らは楽しいと思っていた。

 その中にクラウスも居たが「食事よりも研究」と根っからの研究者堅気であった彼は、和気藹々と食事を摂り続ける研究員たちを尻目に、栄養補給の何処が楽しいのかと本気で思い苛立っていた。

 そんなクラウスに食事の楽しさを教えたのが、フランチェスカだった。

 何がそんなに面白いのかと不機嫌さを隠さずフランチェスカに八つ当たりしたクラウスは、彼女に手を引かれるまま研究員たちの輪に強制的に入れられた。

 最初は訳が分からなかったがアルバロの変顔についつい笑ってしまったクラウスに対し、彼らは少しの沈黙の後、両腕を空に突き上げて「所長が笑ったー!」と、何故か大喜びした。

 クラウスはその光景にボケっと突っ立っていると、話したことが無い研究員たちに次々と料理を進められていった。更に困惑するクラウスだったが、あまりにも楽しそうな彼らを見ている内に、自然と笑みが零れ始めていた。

 そっとフランチェスカがクラウスの隣に立ち、独り言と聞き間違う様な小さな声でつぶやいた。


「美味しいものを食べて、笑い合っているだけで、人は幸せになれるんです。研究も、一人じゃ行き詰ってしまうけど、皆が居るから楽しいし、成功した時の喜びは倍増する。なんか、似てません?」


 その言葉がクラウスの心に届いたのか、それは彼にしかわからない。

 だが心境の変化があったのは確かで、以後クラウスはマドギワで定期開催されるようになったイベント事には事あるごとに参加し、フランチェスカのバイト兼居候先である忘れじ亭に食事に出かけるようになったのだ。



     ♢♦



 そうとは知らないテオドアとエリオットは顔を見合わせると、にこやかな笑顔を浮かべてクラウスに向き合った。


「ご迷惑でないのなら、ご一緒させてもらいますか?」

「迷惑だなんてとんでもない。お誘いしたのは、こちらですから」

「……あ、お湯が沸いたみたいなので、早速茹でてきますね! ちょっとだけ、待っててください」

「あ! 私もお手伝いしますー!」






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