第八話 安息と黄金の丘
ザッカルディア王国には、ある一つの宗教が存在する。
現代日本で言うキリスト教や仏教等と同じような扱いだが、ザッカルディアに住む人々はそこまで熱心な信者では無く、心の支えや教訓の一つとして信仰を捧げている。
その中に一つに、「七日の内、一日は安息日とせよ」という教えがある。
一つの周期が終わるのに三十日。それを四等分の七日間ずつに分けたサマリア周期だが、年がら年中働いていては身が持たぬ。その事を憂いた開祖が、週に一度の安息日を神から授けられたことが始まりと言われている。
要は「働き過ぎは身体に悪いよ」という事であり、日本人にとっては馴染み深すぎる日曜日のことだ。
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「ふっふふーん」
朗らかな鼻歌を奏でながら忘れじ亭の厨房に下りて来たフランチェスカ。本日は忘れじ亭の安息日であるため、普段は既に開店しており、調理やオーダーを取っている筈のビオーニ夫婦の姿は何処にも無く、店内にはフランチェスカ以外の人はいない。
久方ぶりの休日。しかも一人という事もあり、フランチェスカはほんの少しだけ浮かれていた。フランチェスカにとっての安息日は、大抵忘れじ亭の新作メニューを考案するか、カメリアと一緒にウィンドウショッピングに出掛けるかの二つに絞られる。
ここ最近は色んな出来事が重なり、新たなメニューを考案する時間を取れなかった。故に、何の予定も入っていない今日この時に、フランチェスカは新しい料理を作ろうと決意していたのだ。
厨房を自由に使う許可は昨日の内に予め貰っておいたので、フランチェスカは吊るされている鍋やフライパンといった調理器具を手に取って並べていく。ある程度準備を完了させたら、今度は大型の冷却ボックス(日本でいう業務用冷蔵庫)の扉を開け、本日使うであろう食材たちを確認していく。
「玉子に……。ニンジン……。タマネギ、マッシュルーム……。ピーマンとベーコン……。あ、パスタは昨日で品切れだっけ? って事はナポリタンは出来ないし……。ケチャップはまだ余ってる……。お米はそろそろ使い切らないと次のが入荷出来ない……。って事は、今日のメニューはオムライスかな?」
ボックスの中身で作れそうな料理を頭の中で模索し、まだ店のメニューとして採用されていない品を作るために食材を取り出していく。調理器具と食材を軽く洗い、いざ作るぞ! とフランチェスカが意気込んだ瞬間、カウンター席と厨房を仕切る棚の上に緑色の淡い光が溢れ出した。
光りが収束すると、そこには優しい緑色のドレスを空に泳がせるカメリアが居た。カメリアは眠そうに眼を擦りながら、その小さな口を開いた。
《ふぁ……おはよぅフラン》
「おはようカメリア。随分と眠そうだね? 夜更かしでもした?」
《んー……まぁね。昨日はほら、宝石月だったじゃない? この頃見たことが無かった素晴らしい月だったから、思わず月光浴しちゃって……》
「昨日のは特に綺麗だったもんねー。でも、あんまり夜更かししてると、カメリアのお肌が荒れちゃうよ?」
《ふふ! そうね、気を付けるわ》
宝石月というのは、空に浮かぶ月が宝石のように美しいと誰かが称したのが始まりだと言われる満月のことだ。宝石月には魔力を増幅させる作用があるらしく、カメリアの様な精霊たちにとっては欠かせない存在だ。
フランチェスカは濡れた手でカメリアの頬を小さく小突くと、用意した食材を細かく切り始めた。
《それで、今日は一体何を作るつもりなの?》
「今日はねー……新しいコメ料理で、オムライス作ろうかなって」
《オムライス?》
「タマネギとか鶏肉なんかの具材をオコメと一緒に炒めて、ケチャップで味付けしたご飯を薄く焼いた玉子で包み込んだ料理だよ」
《へぇ……》
カメリアが棚の上に寝転がり、両頬に手を当てながら興味深そうにフランチェスカの手元を覗き込んでくる。厨房は危ないと常に言っており尚且つカメリアもそれを分かっているからか、ふわふわとフランチェスカの周りを飛んだりはしない。
そうして材料を全て切り終わると、今度はコンロの上にフライパンを置いてバターを敷いて全体に行き渡るように転がす。バターが完全に熱で溶けると、切り分けた鶏肉やらタマネギなどをフライパンの中に投入して、炒めていく。
肉に火が通り、タマネギが半透明になったところで炊いておいたコメを投入する。入れた量はフランチェスカが食べるには少しだけ多いが、カメリアと分けるつもりなので問題は無い。十二分にコメに火が通ったことを確かめると、ボックスからケチャップが詰まった瓶を取り出して、匙で掬いながら入れていく。
微調整をしながらケチャップと具材たちを混ぜていくと、何ともおいしそうな色になって来た。出来立てを適当な皿へと移し、まだ使用していないもう一つのフライパンを準備し始める。
ボウルに玉子を割り入れ、菜箸で溶き解していく。オムライスの醍醐味である薄焼き玉子を作るのだ。
《どれくらい作るの?》
「新しいオコメを入荷するために全部使うつもりだから……。オーソドックス、野菜ときのこたっぷり物に、バターライスタイプ……後は、半熟玉子タイプの四つかな?」
《じゃあこれ、ちょっと量多くない?》
「あ……」
いくらカメリアとシェアすると言っても、四つも同じ分量を作るとなると流石に食べきれない。
保存しておく訳にもいかず、どうしよっかーと少し現実逃避気味にカメリアと話し込んでいると、来店を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「すいません。今日安息日でして……って」
「すまない、大丈夫か?」
笑顔を作りながら入口の方へと顔を向けると、扉を押して立っていたのはフランチェスカの後援者であるローランドだった。意外な来客だが、後援者を追い返すとなると色々とマズイ事になるので、どうぞとフランチェスカは入店を促した。
ローランドはその一言に小さく笑みを浮かべると、後ろ手で扉を閉めフランチェスカの前にあるカウンター席に腰を据えた。
「いらっしゃいませローランド様。視察ですか?」
「まぁ、そんな所だ。漸く長い会合が終わって一息つこうと思ってきたんだが……安息日に当たるとは、俺も運が無いな」
「うちの安息日は不定期ですからねぇ。賄い……というよりは、新作にしようかと思ってる料理なら出せますけど、どうします?」
「貰う。正直な所、腹が減って仕方ないんだ」
少しだけ気恥ずかしそうにそっぽを向きながら答えるローランドに、フランチェスカは貴族様でもやっぱり食べ盛りなんだなぁと、ほんわかした気持ちを抱いた。
「ちょっと待っててくださいね」
本来ならばふわふわの玉子を使ったオムライスを作ってあげたいところなのだが、フランチェスカの技術ではかなり練習しないとそれは作れない。故に、ごく一般的な薄焼き玉子を上に載せた家庭料理のオムライスをローランドに提供する。
そう決めたフランチェスカは、フライパンにバターを入れ全体に広げる。バターが完全に溶けきったら、溶き解しておいた玉子を流し入れて薄く伸ばす。その際に軽くかき混ぜてふわふわの部分を作ると、後は玉子が焼けるまで待つ。玉子の表面に気泡が出来てきたらそれを潰し、端の方をほんの少しだけ持ち上げて焼き具合を見る。
何となくいい感じだと、自らの感がそう告げてきたら火を止め、先程移しておいたケチャップライスの上に薄焼き玉子をそっと被せる。玉子の上にケチャップを少々少なめに垂れ流し、付け合わせとしてパセリを添える。
右側にカメリアがナプキンとスプーンを置いたのを確認してから、オムライスが乗った皿をローランドへと提供した。
「お待たせしました。当店の新作候補、オムライスでございます」
「うん」
そう言うや否や、ローランドは性急な動きでスプーンを手に取り、黙々とオムライスを口に運び始めた。フランチェスカはくるりと後ろを向き、片手鍋に入っている三人分の野菜スープを温めはじめる。
それは自分がカメリアと一緒に食べようと思っていた物だが、多分ローランドは食べ足りないだろうという配慮からだった。
「――ふぅ……」
「如何でしたか?」
ローランドが食べ終わった頃を見計らい、スープ皿をカウンターへと置く。
「オコメをケチャップで味付けし、尚且つその上に玉子を敷くというのは新しいな……。これは、中身を変えられたりするのか?」
「現在予定しているのは、今のケチャップライスに、ケチャップの代わりに野菜ときのこのクリームソースタイプ。それとケチャップライスでは無くバターで炒めたバターライスに、玉子を今よりもふわふわに仕上げた四種類を予定しています」
「ふむ……。流石に四種類となると、無理があるんじゃないのか?」
それはフランチェスカも懸念していた事だ。
フランチェスカの新作メニューはどれもこのザッカルディアには浸透していない現代日本の料理であり、尚且つコメ料理は調理方法が独自であるが故に、この国では忘れじ亭以外に取り扱っていない。
「それは理解しています。ですから、最初の内はケチャップライスとバターライスの二つのみで提供し、秋から冬の季節限定で野菜ときのこのクリームソースタイプを出し、お客様に定着してきた頃合いにふわふわ玉子を出してみようかなぁという算段を取ろうかと……」
「その、ふわふわというのは?」
「上の玉子がですね……」
ローランドに料理の説明をしながら、彼とカメリアと共に新作メニューを考案していく。
この穏やかな安息日が消えない事をフランチェスカは切に願った。
NEXT.




