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歪んだ愛  作者: S.S
第九章 生体管理のシステム

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第68話:システムの拒絶

美咲の構築した「生体管理のシステム」は、まさに完璧を絵に描いたような精密さで稼働していた。

大輔が横たわる特殊仕様のベッドの周囲には、医療用モニターが複数配置され、彼の心拍、血圧、脳波、そして血中の薬物濃度がコンマ一秒単位で解析され続けている。美咲のスマートフォンには、それらのデータが美しいグラフィックに変換されてリアルタイムで通知されていた。

【高橋大輔:生体ステータス】

・意識レベル:深度4(完全昏睡)

・体温:36.4℃

・心拍数:62bpm

・生命維持:極めて安定

「ふふ、とっても良い子です、大輔さん」

美咲は、大輔の腕から伸びる無色透明なチューブを指先で愛おしそうになぞった。

昨日、敷地内に侵入した「汚いネズミたち」を排除して以降、美咲は大輔への遮断薬の投与量をわずかに増やしていた。大輔の精神がほんの一瞬でも外界の不穏な気配を察知し、涙を流したことが、彼女の独占欲と防衛本能を過剰に刺激したからだ。

美咲にとって、大輔はただ生きているだけでいい。自分の作った檻の中で、自分だけを頼り、自分だけのために呼吸をする「お人形」であればそれでよかった。外の世界にあるすべてのノイズ――仕事、友人、家族、そして彼の自由な意思――は、大輔という美しい存在を汚すだけの不純物でしかない。

しかし、人間という生体は、美咲が愛を注ぎ込むプログラムのように単純にはできていなかった。

異変が起きたのは、時計の針が深夜の2時を回った頃だった。

静寂に包まれた寝室に、突如として無機質な電子警告音が鳴り響いた。

ピピッ、ピピッ、と、それまでの規則正しいリズムを破る高い音が、美咲の耳を刺す。

美咲は跳ね起きるようにしてスマートフォンの画面を見た。緑色だったステータス画面が、禍々しい赤色の点滅へと切り替わっている。

【警告:心拍数の急激な上昇を感知】

【心拍数:118bpm……124bpm……132bpm】

【体温:38.7℃(急激な発熱)】

「……っ、大輔さん!?」

美咲は慌ててベッドに駆け寄り、大輔の体を覗き込んだ。

先ほどまで蝋人形のように静かに眠っていた大輔の肌は、恐ろしいほどの熱を帯び、真っ赤に火照っていた。額からは大粒の汗が絶え間なく吹き出し、乾いた唇が小刻みに震えている。

「あ……、が……、はぁ……っ、く……」

大輔の胸が、激しく上下していた。酸素を求めて喘ぐように、浅い呼吸が繰り返される。彼の腕に取り付けられたセンサーの数値は、なおも危険域に向かって上昇を続けていた。

「どうして……? 投与量の計算は完璧だったはず。彼の体重、代謝率、すべてを計算して、脳の認知機能だけを麻痺させる最適値を導き出していたのに……!」

美咲の細い指先が、キーボードを叩くように素早くコントロールパネルを操作する。

しかし、大輔の肉体が起こしているのは、蓄積された薬物に対する深刻な「拒絶反応」だった。どれだけ精神を薬で抑え込もうとしても、彼の肉体が、生存本能そのものが、美咲の支配に対して「否」を突きつけているのだ。

「いや……嫌です、大輔さん。私を拒絶しないで……!」

美咲の目に、初めて狂気混じりの焦燥が浮かんだ。

彼女はすぐさま、薬物の投与を一時停止し、代わりに解毒剤と強力な解熱剤をラインへと注入した。チューブの中を、別の青みがかった液体が流れていく。

生体管理システム。それは美咲にとっての完璧な揺りかごのはずだった。しかし今、そのシステムは大輔の肉体を破壊しかねない諸刃の剣へと変貌していた。大輔を失うかもしれないという恐怖が、美咲の背筋を冷たく凍らせる。

薬が浸透するまでの数十分間、美咲は大輔の体を抱きしめ、狂ったようにその名を呼び続けた。

「大輔さん、大輔さん……! 戻ってきて。私の可愛いお人形。あなたがいなくなったら、私は世界をすべて壊してしまうわ……!」

激しい拒絶の嵐の中で、大輔の意識は、混濁した暗闇のさらに奥深くへと引きずり込まれていた。

熱病のようなうなされの中で、彼の脳裏に、薬の霧を突き破って「過去の記憶」が鮮烈に蘇り始める。

それは、この館に監禁されるよりずっと前、まだ美咲が「普通の恋人」として自分の隣で笑っていた頃の記憶だった。

『大輔さん、もし私がいつか、大輔さんを困らせるような悪い子になっちゃったら、どうする?』

夕暮れ時のカフェで、美咲が冗談めかしてそんなことを聞いてきたことがあった。

その時の大輔は、彼女の頭を優しく撫でながら、真っ直ぐに彼女の目を見て答えたのだ。

『その時は、僕が全力で美咲ちゃんを止めるよ。どんなに美咲ちゃんが迷子になっても、僕が必ず見つけ出して、元の場所に連れ戻すから』

(あ……、そうだ……)

(僕は……美咲ちゃんを……)

その古い約束の記憶が、薬物によって去勢されていた大輔の魂に、猛烈な拒絶の炎を灯した。

自分はここで、ただ生かされているだけの人形になっていてはいけない。自分を縛り付けているこの歪んだ愛の連鎖を、美咲の狂気を、自分が止めなければならない。

「……み……さ……き……」

大輔の唇から、かすかな、しかし明確な意思を持った声が漏れた。

それは薬物に依存した甘えの声ではなく、彼女を拒絶し、立ち向かおうとする「人間の声」だった。

ピピッ……、ピ……。

解毒剤が効を奏したのか、それとも大輔の精神の覚醒が肉体を凌駕したのか、激しかった心拍数が、徐々に下降を始め、危険域を脱していく。体温の急上昇も収まり、スマートフォンの画面は、再び冷徹な緑色の「安定」へと戻った。

大輔は、再び深い眠りへと落ちていった。

だが、その表情は先ほどまでの虚無なものとは異なり、どこか静かな決意を秘めているように見えた。

美咲は大輔の胸元に顔をうずめ、荒い息を吐きながら安堵の涙を流した。

「よかった……、本当によかった……。大輔さん、愛しています、愛しています……」

美咲は大輔をきつく抱きしめる。しかし、彼女のスマートフォンに表示された脳波の解析ログには、美咲が見落としてはならない「異変」が刻まれていた。

深度昏睡を示すフラットな波形の中に、一瞬だけ、通常の人間が覚醒している時と同じ、極めて強い「アルファ波」のスパイクが記録されていたのだ。

生体管理システムという名の檻に、目に見えないほどの小さな、しかし決定的な亀裂が入った瞬間だった。

外では、雨がすっかり上がり、雲の隙間から冷たい月光が差し込み始めている。

物置小屋に放置された侵入者たちの死体のような沈黙が、この館の未来を暗示しているようだった。

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