第二十三話
「流華ちゃんっておもしれーなぁ!」
「どこがだよ、被害者がここにいるってのに」
「話すと気さくなのは知ってたけど、ああいうノリするのは初めて見たわ、つーかやっぱり仲良いんじゃん」
「あの暴挙を見て仲良しとは思わねーだろ普通」
「仲が良いからできるノリやんアレは! どういう流れでああなったん?」
「そ、それは秘密……」
「? そう……」
鮮度を保ったままの恐怖に柴田は身震いをした。迂闊に喋ろうものなら次はどんな処刑が待っているか分かったものではない。
柴田と山川は体育館へ向かう。
今朝、配られたプリントによると、本年度の体育祭から一部ルールの変更があるとのこと。全種目で登録メンバーに補欠1名を加える必要がある。怪我、体調不良、欠席などを理由に出場メンバーに欠員が生じた場合、当日混乱することがないようにするためということだ。
柴田は男子バレーチームの補欠として招集されたというわけである。
(正直バレーなんてできる気がしねぇけど、補欠ならいいか……何よりせっかく誘ってもらえたんだし、断るのももったいないよな)
体育館の重たいドアに手をかけた時、
「ぎゃあああああああああ! 無理無理無理! もう勘弁してください、半分感覚無いですってこれぇっ!」
尋常ならざる絶叫が鉄のドアを突き破って届いてきた。
柴田が思わず山川の顔を見ると、山川はなぜか柔和な笑みを浮かべながら肩に手を置く。
「え、なにその顔……」
「まぁまぁまぁ! 見た方が早いっしょ!」
「「え、ちょ何? なんでそんな力込めんだ? まるで俺を逃がさんとしているような———」
錆びて固くなった引き戸が開かれる。
飛び込んできたのは、地に伏せ、うずくまったクラスメイトらの光景。
両腕の内側が皆、一様に紫色に変色しているグロテスクな光景だ。
「はい次! 長谷川くん! 10本中5本取れるまで終わらないからねー!」
「誰かこのバカに昼休みは50分だって理解させてください!」
「じ、人体の耐久力についても教えてやってくれぇ!」
「ほら早く立つ! 試合まで時間ないよ!」
倒れ込んだ男どもを見下ろしているのは秋穂だった。
学校指定の紺色のジャージを着て腕を組んでいる。普段から動きやすいパーカーを愛用しているが、ジャージ姿というのは珍しかった。柴田の眼には少々新鮮に映る。
だが、感動など置き去りにするように昂っている様子の秋穂。少女らしい口調はそのままに、気迫と熱がこもった指導をしている。いつまでも起き上がろうとしない男子の頭のすぐ横に強烈なスパイクを叩きこんでいる。
男子の悲鳴が昼休みで賑わう体育館に響く。
「いや、さっぱり分かんねぇよ、どういう状況? 野球部の昼練?」
「野球部がバレーボール使わんっしょ」
「いやまぁ、分かるよ? 体育祭に向けてバレー練習だろ? でも何この空気? 何この熱量? 部活みたいになってんじゃん、こいつら本気過ぎねぇか」
柴田がしばし呆気にとられていると、秋穂が柴田に気づき小走りでやってくる。
「来てくれたんだね、ありがと~、いきなりルール変更でビックリしたけどすぐに新メンバーが見つかって助かったよ! 柴田くん、背ぇ高いし絶対戦力になるって思ってたんだ」
「あ、あぁ、うん……これ男子バレーチームだよね? なんで栗田さんが?」
「前にも言ったけど、私とミッコ、中学までバレー部だったんだよ? 省吾たちから頼まれて監督兼コーチやってるんだー」
えっへん、とばかりに胸を張る秋穂。奥には練習用の足場になる四角い発泡ポリエチレンの箱の上に立つミッコの姿も見える。
「そうなんだ、よろしく……うん、役に立つか分からないけど頑張るよ」
「うん、長谷川くん終わったら教えるから柔軟でもして待っててね、あ、ちゃんとやってね? 本気で怪我するから」
語気が低くなった瞬間、柴田の背中に冷たいものが伝う。一瞬、中学の陸上顧問だった女教師の姿と秋穂が重なってしまった。
嫌な予感を抱きつつアキレス腱を伸ばしていると山川が耳打ちをしてくる。
「頼んだは良いけど、思ったよりガチでな……皆すぐにボロボロにされた、シバケンも気を付けろ」
「どうしてこうなった……栗田さんは大人しい子だと思ってたんだが」
「いや俺らが『勝ちたいです!』って頭下げたもんだから本気にしたっぽい……それに前に言ったやん。秋穂は結構バカなんだよ、加減ってものを知らないんだ。やると決めたらどこまでも一直線、猪みたいなところがある」
「はぁ、それが分かっててなんでそんな頼み方したんだよ」
ゾンビのようになりながらも秋穂とミッコのスパイクを取るために男たちが練習を再開している。腕が紫色に変色し広い範囲で内出血していることが一目で分かる。
バレー初心者が本気で練習する時、しばしば見られる光景だが体育祭の競技にしては少々力が入り過ぎているようにも見える。
「は、何言ってんだよ? むしろ何でシバケンがそんな冷静なのかが分からねぇよ」
「? ……どういうことだ?」
山川がぼりぼり頭を掻いてため息を吐く。やる気になっているのは自分たちだけか、とがっかりしている感じである。
「俺らがだらしねぇと、シバケンが工業との賭けに負けちゃうやん。勝たなきゃヤバいだろ?」
「山川……」
「最初聞いた時はめちゃくちゃ笑ったわ、体育祭でギャンブルするなんて馬鹿みてぇな勝負だなってさ…………でも、改めて考えると、シバケンを置いて逃げたのは俺たちだし、責任押し付けるわけにはいかねぇだろ。俺たちはあいつら、特に加納にはビビりっぱなしでどうすることもできなかった。正直恥ずかったよ、事情も知らない遠くから奴に全部任せてボウリングしてたのがよ…………だからさ、話したんだよ皆に。俺らが優勝することでシバケン助けられるならガチで頑張ろうぜってな……」
「も、もしかして他の競技の皆も?」
「あぁ、男子全員だ」
「…………マジか、俺のために……」
「な・の・に」
突然、山川の腕が伸びて柴田の頭をロックした。
「なんで肝心の本人はケロッとした感じで過ごしてんだ! もっとこう、慌てたり、ブルーになったり、思いつめた感じで登校してくるもんだろうが! しかも、なにちゃっかり流華ちゃんと札幌デートしてんだ、あぁん⁉ あれか、戦いの前に一発抜いて、スッキリしようとかそういう感じのアレか⁉」
「お、お前何言ってんだ⁉ っつーか、なんで札幌にいたこと知ってんだよ!」
山川はヘッドロックを解かないままポケットからスマホを取り出す。
「ネタは上がってんだよ、ほら!」
映し出された画像はスマホのカメラ機能で撮影されたと思われる縦長の写真。ズームを最大にして撮ったのか画質は荒い。だが、そこに写っているのは背の高い少年と同じく背の高い少女だった。衣服もその時着用していたものと一致している。間違いなく柴田と流華だ。
「画像には残ってないが、この後流華ちゃんからシバケンにバックハグをしたという目撃情報もある。言い訳はあるか?」
「あれはハグなんかじゃねぇって! 背中押されただけだから! 大体デートとかそういうんじゃなくて、たまたま遭遇しただけなんだよ。流れで飯食う感じにはなったけどそれだけだって!」
「ほー……苦しいな。友達がいないだのなんだの言っておいてちゃっかり女だけは確保するその狡猾さ、許されねぇな。俺たちの結束に水を差す愚行ではないかね」
「かね? じゃねぇよ! なんでちょっと知的になってんだ! おい面倒くせぇよ、長谷川どうにかしてくれ!」
長谷川に救難信号を出すも、彼は彼で秋穂の殺人スパイクを拾うことに必死になっており、声は届かない。
「で? 実際はどうなのかね? 付き合っているのかいないのか、キスはしたのかしていないのか、ヤったのかヤっていないのかを含めて回答願おうか」
「クソ! どうしてこうなる⁉ 俺のために結束してくれてるのを知って感動するところだったじゃん! 急カーブでとんでもねぇ疑いかけられてるんだがー⁉」
「返答次第じゃ、結束指令を解除して言いふらす! 流華ちゃんファンからの嫉妬&工業の恐喝によってお前の高校生活は終わりだ! さぁ、どうなんだ! この返答にお前の青春がかかってんぞ!」
そんな脅され方をされては、もし事実だったとしても言えなくなるのでは? と喉まで出かかったが言えばより面倒なことになるのは確定。ここは率直に答えることにした柴田。
「付き合ってねぇし、そんな関係になる予定もねぇよ。大体考えてもみろよ、カップルがお互い名字呼びなわけないだろ? バレるのが嫌で距離感を演出しているにしたってボロが出ないわけない。それにこんな田舎で誰にも内緒で付き合うなんて無理ゲー過ぎると思わないかね?」
「た、確かに」
「俺が三橋と会話しているところ見たことあるか?」
「ないな……」
「同じ電車に乗って帰るんだが、隣に座っているのを見かけた、という目撃証言は?」
「ないな……」
「そういうことだ。ご理解いただけた?」
山川がの勢いが急速に減衰していく。
スマホをしまい、改めて向き直った山川は、
「俺たちはこれからも仲間だぜ! これから皆で力を一つにして頑張ろうや! ワンフォーオール! オールフォーワン!」
「なんかもう全員面倒くせぇ!」




