第二十四話
「ダメだな」
「ダメだね」
「ダメっぽい」
「ダメやん」
「ダメかぁ~」
体育館の壁端に座り休憩していた1年A組のバレーメンバーが口を揃えた。
柴田が練習に加わって十数分が経過した。地獄のレシーブ練習に区切りをつけ、柴田の練習風景を見ているのだがこれがひどかった。
「ぶがぁっ!」
情けない叫び声を上げて盛大に倒れる柴田。
今のが腕から跳ね返ったボールが顔面に直撃した10球目である。
もはや笑いや呆れを通り越して心配の気持ちが上位になるほどの惨状だった。
「お、おいシバケン……マジメにやってる?」
「あぁっ⁉ やってるに決まってるだろ! そういう言い方が一番傷つくからやめろ!」
「い、いやでもさ、これだけやって一球もまともに上がらないってことはないっしょ?」
「よせよ、俺たちがみたままなんだ。シバケンは絶望的に運動神経が悪い…………うぅ……どうやっても顔面に跳ね返ってくるならもう初めから顔面でレシーブした方が良いのかも……」
「泣きてぇのはこっちだわ! 見ろ、栗田さんの熱まで冷めちまってんだよ! 俺が下手すぎるせいで!」
「だ、大丈夫だよ~……皆初めは下手っぴなのが当たり前だし…………あ、そうだ、まずはしっかりボールを目で見ることから始めよっか!」
「ほら見ろ! ナチュラルに煽られる始末! ごめんなさいね、ちゃんと目ぇかっぴらいて尚この様なんですぅ!」
先ほどまでの鬼教官然とした態度はどこへやら、保母さんのような口調で曖昧に笑っている。というより、笑うしかないといった感じだ。
「シバケン、誘った俺が悪かった、無理すんな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 時間さえくれればレシーブぐらいマスターできる! だからその憐みの目を向けるのやめろ!」
「ははは、こりゃメンバー探し直しじゃねぇか?」
「たった十数分でクビか俺⁉」
「で、でもね柴田くん……バレーってレシーブだけじゃないんだよ?」
「く、栗田さんまで……」
「そもそもさ、シバケンって身体能力高いの? 着替えの時に見た体はバッキバキだったけどさ」
胡坐をかいた長谷川が尋ねる。
「ん……そう言われるとどうなんだろ……昔から足が速いだけだったからな……腕力なんて比べることなかったし……」
馬鹿にされると分かっていたので少年野球時代は代走要員だったことは伏せる小さなプライドの男。
「強いに決まってる。このタッパなのにひょろ長い印象は受けない。筋肉がついているから」
ぴょん、と足場になった箱から飛び降りたミッコが柴田の隣にやってきた。柴田の右腕を掴み、そのまま前腕部をムニムニと揉み始める
「腕も太い……どれ、腹筋はどうかな……ふん、ふん」
「ちょ……ミッコちゃん? 何、痛いんだけど……何で無言で腹パンしてるの」
鳩尾の少し下あたりに細かい連打を叩きこむミッコ。
「でもさ……その、これ言って良いのか分かんないけど……」
「なんだよ」
ミッコに殴られながらも、構わない、と続きの言葉を促す柴田。
「うん……陸部辞めてるとはいえ、50メートル7秒って遅くないか?」
「あぁ……それな……確かに遅いよな。自分でも不思議だったんだそれ、しばらく走ってないとはいえ体は成長しているはずなのになんでこんな遅いのかなって」
疑問に思うのは当然だった。柴田の中学時代の自己ベストは100メートル12秒5。50メートル走で7秒というのは部活を辞めた時期が早かったとしても少し疑問が残る遅さだった。クラスメイトの前で7秒と発表した時の微妙な空気が思い出される。
だが、その答えは意外なところからすぐに明らかにされた。
「シバケン、その時スニーカーで走ってた」
「え…………そうだったっけ……」
「うん、運動部じゃない人もランニングシューズくらいは履いてた。何でわざわざオシャレスニーカーで走ってるんだろうって思ったからよく覚えてる」
ミッコが腹パンする手を止めてつらつら語った。
「あっはっはっは! まじかよ、んなもんで走ってたのか!」
「あー。言われてみればあの日、遅刻しそうでいつも履いてるスニーカーで来た気がする……」
「いや気づくだろ普通! どんだけ自分に興味無いんだ!」
「いやー、成績とかどうでも良いって考えたらシューズのことなんて意識しねぇよ普通」
ここ数日の疑問は意外な形で解決されたのだが、柴田は驚いていた。
(い、意外と人に見られてるんだな……嬉しいような怖いような…………一人飯やめるか……なんか恥ずかしくなってきた———あ? ってことは……」
そう考えると、後ろの席の三橋にはその姿がより明瞭に見えていた、ということにもなる。
三橋はよく人を見ているのだと思っていたけど、そうじゃなくて、もしかして俺が目立つほど浮いているだけ⁉ と身悶えしたくなる可能性を受け止められない柴田。
(帰りの6時電で聞いてみようかな…………いや、また弄られるだけか……)
ただでさえ、今日は流華を怒らせているのだ。これ以上何らかのアクションを起こすのは避けた方が無難であるとの結論に達す。
柴田がそんな益体もないことを考えていると、
「うし、走力は想定より高いってことにして、腕力の方ちょっと試してみようぜ!」
唐突に手を叩いて立ち上がる山川。足場になっていた赤色のボックスを引きずり、壁際に置きなおした。
「へい、かもーん!」
山川がボックスに肘をついて握手を求めるように掌を差し出した。
「腕相撲? 脈絡なさすぎな」
「シバケンのフィジカルを測るんだよ!」
「いいけど……その台じゃ不安定すぎないか? クッション入ってるし」
「いいんだよ、こうでもして時間潰さねぇとまた秋穂のバカトレーニングが始まっちまう! シバケンは何でか加減してもらってっけど次はまた俺たちの番。見ろよもう全員腕がゾンビ色だ。これ以上続けたら腐り落ちるぞ!」
「あぁ、そういう……分かった」
秋穂は先ほどから手持無沙汰にボールをズバンズバン壁に当てている。早く練習を再開したがっているように見える。その手遊びが山川らには死神が処刑を待ちきれずに大鎌を研いでいるようにでも見えているのかもしれない。
柴田としても一刻も早く上達しなければならないという気持ちはある。しかし、仲間は裏切れなかった。
そんなこんなで緊急開催、腕相撲大会である。
練習はー⁉ と抗議する秋穂を無視して男どもが盛り上がる。
適当に宥めるのは長谷川の仕事であり、「シバケンの筋力を知っておくのもチームとして必要だろ」と曖昧模糊としたフォローのおかげで開催の運びとなった。
第一回戦
長谷川VS柴田
両者がTシャツを肩まで捲ってスタンバイする。
山川ら他の野球部と比べると長谷川は線が細く華奢である。対する柴田は腕一本とっても厚みが違う。結果は火を見るよりも明らか、といった感じだ。
「やっぱ太いな……」
「はは、改めて見ると結構すげぇ……本当に帰宅部か」
「壊されんなよ、はせやん!」
ギャラリーには女子もいる。柴田は結構やる気になっていた。しかし、
「あの、シバケン? あんまりイジメないでね?」
「あ? あぁ、そうだな、はは」
身体を見れば結果は明らか。こんな遊びでけが人を出すわけにもいかない。
(危ね、本気でやろうとしてた)
「よーし、準備はいいか? レディー……ファイッ!」
合図と同時に交差する両者の腕に力こぶが盛り上がる。
ビタッ、と完全に力が拮抗し、どちらに傾くことなく静止する。
だが、表情を見ればその趨勢は明らか。
顔を真っ赤にして苦悶の表情を浮かべる長谷川に対し、柴田は笑っていた。
「俺の身体能力が何だって?」
「あ、ごめんなさい、無理だわこれ! マッジで動かない!」
数秒その状態が続いた後、パタリと力なく拳が倒れた。下になっているのは長谷川。
「勝者、シバケン!」
お~! と数名(男子とミッコ)の拍手に称えられる。
(なんだこれ、わざわざ体育館の端でやることか)
思いながらも誇らしげに右腕を天高く掲げる。
「思ったよりやべぇぞ」
右肩を回しながら長谷川は山川にバトンタッチ。
「おいいきなり省吾かよ!」
「俺たちが先だろ、大ボスが出るなよ~」
大ボスとはどういう意味だろうかと柴田が首を傾げているとミッコが説明してくれた。
「去年の学校祭で生徒会主催の腕相撲大会が行われた。中学生から高校生まで参加可能だったけど、省吾は中学生で準優勝。むかつくけど結構強い」
「むかつくんだ……」
「私、負けたから」
「出たのかよ!」
「うん、ちなみに優勝者は今の生徒会長」
「へ、へぇ……」
ともあれ強敵には違いない。柴田が唾を飲み込む。
「省吾は昔から腕相撲だけは強いよねー、何でだろ、そこまでフィジカルが強いわけじゃないのに……」
「ふふふ……コツがあるのだよコツが」
第二回戦
山川VS柴田
今度は長谷川がレフェリー役になり、両者がスタンバイする。
「お互いリラックスしてー」
(ふふ、開始と同時に手首を巻き込めば勝ち確、手首が返された状態じゃ力も入らねぇだろ。シバケンには悪ぃけど腕相撲を持ち掛けたのは俺が絶対的に有利だからだ! 野球部の意地と抜け駆けの粛清のため、ここで潰しておく!)
目の奥が燃えるような気配を感じ取った柴田。
(なんか本気っぽいな……ここは分からせておくか)
「レディー……………………ファイッ!」
合図と同時に山川が吠える。
「シバケン死ねぇえええええ! げっっっ!」
柴田も同時に動いた。渾身の力を込めて、上体を巻き込むように腕を倒しにかかる。
決着は一瞬でついた。
改めて考えれば場所が悪かった。
彼らが腕相撲に興じているのは体育館の端。壁際である。彼らの他にも休み時間に体育館を利用する生徒は多い。邪魔にならないように自然とここまでやってきたが、スペースなら他にいくらでもある。なにもわざわざ窮屈な場所で行う必要はない。
ゴン! と鈍い音がした。
腕に力を込め過ぎたのか肘をがっちり固定した山川の腕が倒され、そのままの勢いで頭から壁に激突したのである。
鮮やかな半回転の軌跡がその場にいる全員の瞳に映ったことだろう。
ずるずると力なく山川の体が崩れ落ちていく。
「や、山川! 大丈夫か!」
頭頂部を抑えた山川がうずくまる。皆が心配気な顔をしてのぞき込んでいると、やがて山川はゆっくりと絞り出すようなうめき声で、
「お、俺が彼女作るその時まで……皆、彼女作らないでね……やく、そく……」
その言葉を最後に山川は動かなくなった。
「勝者、シバケン!」
「言ってる場合じゃねぇ!」




