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第5の不思議︰スニークさん-03

 翌日の放課後。オレは圭人と兎和に部誌を作ることとその課題を説明した。


「つまり何をどうすればいいか解らない、ということか」

「ああ」

「それで、私はどうして呼ばれたの?」


 兎和が不審に思うのも無理はない。別に部員じゃないのだから、二日連続で来る必要はないのだ。


「あ、それ私」


いきなり離れたところから日下さんが会話に加わってくる。ちなみに宮華と湯川さんはなにやらオカルト話に興じていた。


「日下さんが?」


 驚いた表情の兎和がオレに目で問いかけてくる。オレだって兎和を呼んでほしいと言われたときは驚いた。まさかあの、常に寝起きみたいに気だるげな日下さんが自発的に意見を言うなんて。

 けどまあ、引きこもりを自分から脱却しようとしてる時点で、たとえ普段どう見えてようと相当な覚悟と努力の人なわけだから、こんなことでいちいち驚いてちゃいけないのかもしれない。


「長屋くん一人だと、今回絶対危ないじゃない?」

「長屋君、一人で部誌作るの?」

「違う違う。危険なこと言うな」

「でも、部誌だからって全員で書かなくてもいいわけでしょ?」


 なんてこと言いだすんだ。この陰険女は。それオレも昨日思ったけどあえて言わなかったんだぞ。ほら、宮華たちの会話がやんだ。見えてないけど、絶対こっち見てるだろ。


「目次に執筆者の名前載せるからな。さすがにオレだけじゃ怒られるだろ」

「怒られればいいじゃない」

「そうじゃなくて、最悪やり直しだ」


 と、思うぞたぶん。それじゃ通らないよね? みんなもそう思うよね? 思いまーす。


「それで私に長屋君の監督をしてほしい、そういうこと?」


 兎和が日下さんに尋ねる口調は優しい。それでも日下さんは緊張気味の様子で答えた。


「兎和さんも部員みたいなものでしょう? 一緒に作ってほしいんだけど……。そのほうが安心だし」


 これまでになく殊勝なことを言う日下さん。だがオレは知っている。これが追い込まれた日下さんによる決死の策略だということに。


 というのも昨日、日下さんはオレに任せていると終盤で絶対に地獄を見るという謎の絶対的確信に怯えていた。

 そんなに不安なら自分でやれよと思うが、本人的にそれは無理らしい。

 圭人に頼めば張り切りすぎて最初から面倒なことになりそうだし、新人の湯川さんにやらせるのは本人の性格的にも酷だ。

 宮華には甘いから、そんな苦労はさせたくない。そういうことらしい。


 いつだったか日下さんは言っていた。“他人の良心を利用するのって最悪よね”と。だが今、その当人が自分を曲げ、なりふり構わず兎和のあるかないかも解らんような情に訴えようとしている。いつのまにか彼女は、図太くしたたかな女に成長していたのだ! ……いや、どんだけオレに任せるの不安なんだよ。そもそもオレだけじゃなく全員で協力すればいいだろうが……。



 親しくなったからか丸くなってきたとはいえ、オレは兎和が辛辣なことを言ってバッサリ断る可能性もあるんじゃないかと予想してた。ところが兎和は何も言わず、迷ってるようだ。


「私、ね。最初はここ卒業できても友達はできないんだろうと思ってた。でも、そうじゃなかった。それに、一緒に苦労したら仲が深まるのは本当なんだって解った。特に兎和さんは自分から作った友達でしょう? だから……」


 自分から? ああ、地獄のようなお茶会を何度も乗り越えて少しずつ距離を縮めてったもんなぁ。


 目を伏せ、口元に軽く笑みを浮かべて淡々と追いエモをしていく日下さん。その言葉に嘘はないんだろうけど、なんで今こんなポエムを口にしてんのか、その理由を知ってるだけに、純粋そのものにしか見えない言動が逆に怖い。


 兎和は日下さんとオレを交互に見て天井を見上げ、少ししてため息混じりに日下さんへ視線を戻した。


「原稿は書く。ただ、それ以外は指示出しとアドバイスだけね。初めての文化祭でなるべく生徒会の仕事を増やさないようにするので忙しいから。実務実用実行雑用は長屋君がやる。それでいい?」


 安堵の笑みと共にうなずく日下さん。もちろん誰もオレに意見を求めようなんて考えもしてない。オレとしても兎和の言うことならみんな聞くだろうから異論はない。


「それで、誰か書くこと決まってる人はいる?」

「僕は鶴乃谷仙蔵について書くつもりだ」

「ああ、仙蔵さん」


 分かり合う鶴乃谷一族。


「ご先祖様か?」

「そうだ。仙蔵さんというのは──」

「いや、いい。いい。予備知識ないほうが読者目線で意見言えるだろ」

「そうか。そうだな」


 危ねぇ。あやうく長話を聞かされるところだった。


「他は? ……じゃあみんな、月曜までにテーマを決めて。ここの過去の何かについて調べてレポート書けばいいんだから、テーマさえちゃんと決めればそこまで難しくはないはずよ。それと、書いたものをどうするかなんだけど、別に誰も本を作りたいわけじゃないんでしょ?」


 言いながら右手をヒラヒラさせる兎和。本のページがめくれる様子を表してるつもりなんだと思う。


「じゃあもう、Webマガジンでいいんじゃないかしら? 今どき、無料で簡単にそこそこ見栄えがするもの作れるわけだし」


 Webマガジン、だと? 確かにそれなら本作るより安いし楽だ。文化祭の間になにかする必要もない。

 これがあれか。中世レベルの異世界に転生した主人公が現代の知識で無双する例の……。


「でも、それって大丈夫なのか? 高校生の部誌って言えば普通は本だろ」

「それだと配布されたものをもらった一部の人しか読めないし、数年もすれば部室に残ってるもの以外は失われるでしょ。その点Webマガジンならサイトを消さない限りはいつでも誰でも、何年経とうが私たちの成果を見られる、とかなんとかそんな資料を作って帯洲先生を説得しておいて」


 もちろんオレが、だろう。説得案の説明と指示出しを同時にしてくるなんて、さすが兎和だ。やっぱ巻き込んで良かった。ありがとう日下さん。


 こうして兎和様の強力なリーダーシップのもとオレたちの部誌作りが始まった。



 オレがまずやったのは、兎和から言われた資料の作成だ。それを持って先生のところへ。紙でプレゼンしつつ“これ、資料のデータです。使ってください”と言ってUSBメモリを渡すと、大人とは思えないくらいの嬉しそうな顔で帯洲先生はそれを受け取った。自分の手柄として学校側にプレゼンするんだろう。それはいいとして、ちゃんとUSBメモリ返してくれるんだろうか。


「では、私がこの資料を使って学校に話を通しておこう。いやあ、先進的な感じがして実にいい。ようやく鶴乃谷さん獲得にも乗り出したみたいだし、部誌作りに続いて偉いぞ長屋君。そうだ。連絡先を交換しないか? 何か困ったことがあったら相談に乗るぞ」


 いいように使える奴を、スマホでもっと便利に。オレは丁重にお断りした。

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