第5の不思議︰スニークさん-04
テーマ決めも順調だった。圭人は決まってたし、湯川さんは昭和のはじめころに途絶えてしまった祭だか神事だかの記事を書くことにした。宮華はかつてあった温泉掘削事業について書くという。なんでも温泉掘って一攫千金を狙おうとしたものの失敗。ひと騒動あったらしい。
兎和は鶴乃谷にある歴史旧跡の紹介。
「創刊号らしいでしょ。撮影と現地の様子のメモは長屋君お願いね」
「なるほど」
問題はオレと日下さんだった。月曜どころか金曜になっても何も決まっていなかった。
調べものをするとかで宮華と湯川さんが図書館へ行ってしまうと、取り残されたオレたちは図書室から借りてきた郷土史の本をパラパラ眺めていた。
「あー。腹減ったな……」
思わず出た言葉に日下さんが珍しく反応した。
「なに?」
「いま読んでるのが郷土料理の紹介でさ。レシピもあって。それで腹減ったな、と思って」
「あ、それ」
日下さんは椅子から立ち上がる。
「それを作ってレポートすればいいじゃない」
「ああ、そっか。アリだな。じゃあオレはそれにするか」
「人のアイデア盗らないで」
「けどこの記事見つけたのはオレだぞ」
オレたちは無言で視線を交わす。
「二人でやってもいいんじゃないの?」
「共同研究ってやつか」
お互い疲れていた。焦っていた。飽きていた。テーマが決まれば他はどうでも良かった。うなずき合う。するとここ数日 心の中にあった分厚い暗雲が晴れ、透明感のある青空が広がった。
「長屋くん、料理は?」
「できない。そっちは」
「できない」
晴れたばかりの心の空に、一瞬でまた雲が湧いた。あ、雪だ。
「まあ、なんとかなるだろ」
「そうね。それで、どんなのがあるの?」
「今見てたのは“まつりポッペ”だな。名前の由来は不明。昔からお祭りのときに食べられてきたお菓子らしい」
「作れそう?」
オレはレシピを見て顔をしかめた。
「まず材料だけど、果糖ぶどう糖液糖、増粘多糖剤、ゆず香料、加工でんぷん──」
「ねえ、それって食べ物の袋の原材料名とかにあるやつ?」
「そうだな。作り方もそういうのに水を加えたり混ぜたりとか」
「他の料理もそんな感じなの?」
「いや、そんなことないぞ」
・イトコ雑炊:これはすいとんを雑炊の具として入れたもの。他の具はない。
・相合麺:一つのどんぶりに蕎麦とうどんを半々に入れた素うどんそばを男女で食べる。食べる前にはよく混ぜる。男性が蕎麦だけを、女性がうどんだけを食べきることができれば結ばれるとか、幸せになれるとか。
・修羅場麺:相合麺の派生形。男女とどちらかの浮気相手の3人で食べる。うどんと蕎麦と中華麺を一つのどんぶりに入れて、男性が蕎麦のみを、女性がうどんのみを、浮気相手が中華麺のみを食べる。食べる前にはよく混ぜる。浮気してるやつと浮気相手は失敗すると不幸になる。
「ロクなものがないじゃない。昔の人は何考えてたんだろう」
「そうなんだよなぁ。しかもこれで終わりだし」
「え。終わり……。他の本とか」
「うーん。オレが見た本の中じゃ、レシピのある本はこれだけだ」
しかたなくオレたちは借りてきた本の残りを漁り、図書室へ行って他の本も探そうとした、が。
「これ、無理」
日下さんが根を上げた。気持ちはわかる。本ってこういうときは不便だよな。なんか知らんが郷土史関係の本とか冊子ってタイトルが『鶴乃谷民俗調査 昭和〇〇年』とか『鶴乃谷の民俗』だとか『鶴乃谷史』だとか、とにかく中身の想像できないものばかりだ。
なので結果的に1冊ずつ手にとって目次を見て、その中でそれらしいものがあればそのページを開いて中身を確認して、という作業になる。検索できないのがこれほど不便だとは思わなかった。昔の人はどうやって調べ物とかしてたんだろう。
「じゃあ、“まつりポッペ”作るか? ここまで見た本で食べ物の話してる部分って、さっき挙げたやつくらいしか出てこないぞ。あとは“特定の日に赤飯を食べる”とか“餅美味い”とか“かゆ、うま”とか食べ物自体は普通のやつばっかりだし」
「そうね……。でも、あれ本当に正しいレシピなの?」
「どういうことだ?」
「だって他の本に書いてあったけど、“まつりポッペ”って室町時代から食べられてたらしいじゃない。そんな時代にあんな食品添加物ないでしょう」
言われてみれば確かにおかしい。
「わかった。教育委員会に連絡してみよう。たぶん相談に乗ってくれるんだと思う」
そこからオレたちの大冒険が始まった。まず月曜に教育委員会へ電話したところ、担当の人は具体的なことが解らないとかであのレシピを書いた人の連絡先を教えてくれた。まつりポッペのレシピを著者に教えた人の連絡先は知らないという。以後、このレシピを知ってるはずの人を謎の存在Xとする。
言われた番号に電話するとその人は実は一昨年に亡くなっていることが判明。娘だというおばあさんがぜひ来てくれというので、オレたちは市を横断して言われた家へ。と言うと一緒に行ったみたいだが、もちろん放課後に現地集合だ。
おばあさんはオレたちに、当時の様子を録音したというカセットテープをくれた。残念ながら調理指導をしたXさんの連絡先は知らなかった。
にしてもカセットテープ。オレたちからすれば謎の古代技術だ。もうその家にすらプレーヤーはないという。思わず尋ねたよね。
「この辺でカセットテープ再生できるところ知りませんか?」
我ながらダメだろうと思いながらの質問だったが、意外にも返事かあった。
「コシヤマ電気さんなら、あるかもしれないわね」
そこでオレたちは延々と歩いてコシヤマ電気に向かった。そこは滅びた技術が収集、保管されている技術の殿堂、ではなくて、ただの街の電気屋だった。ヨドバシとかビックカメラとかじゃない、こういう店に入ったのは初めだ。
店に入ると、奥の方にデカい三面モニターがあり、その向こうにじいさんがいた。ヘッドセットつけて誰かとボイチャしてる。あとで知ったんだが、FPSをしていたのだ。
じいさんはマイクラの長Tを着ていて、その時点で予想できているべきだったのだけどゲーヲタだった。
というわけでオレはじいさんの用意したニンテンドースイッチでテトリス99の順位を競ったり、DBDでキラーとサバイバーに分かれて勝負をしたりさせられた。ちなみにオレはゲーマーではない。FGOくらいだ。あとはたまにゲーム実況観るくらいか。
というわけで結果は惨敗。結局、さんざんゲームに付き合わされてようやくプレーヤーを使わせてもらえた。
絶望したよ。だってプレーヤーから聞こえてくるおばあさんの声が言うんだもん。
「ここで増粘多糖剤を入れて、全体によく混ぜます。今日はキサンタンガムですが、ペクチンなんかでもいいです」
そんな感じで最初から最後まで、おばあさんが食品添加物を混ぜ合わせていく音声を聴かされただけだった。ASMRなら混ぜる音がいい感じだったのかもしれないが、実際はテープが劣化してるのか、ときどき不意におばあさんの声が間延びして地味に怖かった。
電気屋を出ると日はとっくに暮れていた。オレたちの顔も田舎の夜ぐらい暗い。
「つまり、室町時代からこの辺の人は食品添加物を使ってたってこと?」
「そんなはずないよな」
オレはこれまでの道のりを思い返した。うん。見事なまでの一本道お使いクエストだ。いつからこの世界はオープンワールドじゃなくなったんだ。
数日後。記事書いた人の娘さんから、オレたちはとある人を紹介された。研究仲間だという。オレたちは市内を縦断してその人の家を訪ねた。
出てきたのはやたら元気なじいさんだった。じいさんはオレたちの話を聞くと部屋を出て、しばらくして戻ってきた。
「ほら。この紙」
それは“正誤表”と書かれていて、誤字脱字の箇所と、正しい内容とが並べられていた。その中のひとつはこう訂正されていた。
誤:まつりポッペ/正:文化まつりポッペ
ここへ来てまさかの新たな謎が登場した。文化ってなんだ文化って。頭を抱えるオレたちを見て、じいさんが説明してくれた。
「昔、文化って言葉が最先端とかそういうイメージを持ってて、やたら新しいものに文化って付けるのが流行ってたんだよ。文化住宅とか文化包丁とかな」
どちらも知らん。
「文化まつりポッペは、まつりポッペの材料をできるだけ食品添加物で再現してみたってお菓子だ。そのころああいう添加物ってのは新しくて未来的でいいものってイメージだったんだよ。まあ、工場生産向けのまつりポッペを人力で作るようなもんだな。材料費が高いのと使いまわしができないのと、あと単純にオリジナルほど美味くなかったのとですぐに消えたが」
そしてじいさんは割と詳しく丁寧に書かれた本来のまつりポッペのレシピをくれた。デレレレー。
こうして数々の苦難を乗り越え、オレたちはついに本物のまつりポッペのレシピを手に入れた。
続きは明日ということで家に帰ると、ジャージ姿の峰山さんが夕飯を作ってくれてた。宮璃が出来上がりを待っている。
「遅いじゃねぇか。まさか夕飯食ったとか」
「いや。部活で忙しくて。むしろおなかペコペコだ」
「ならいいけどよ」
「部誌作ってるんでしょ。楽しみにしてるからね」
「おう。任せておけ」
宮璃の前ではいつだって頼もしいところを見せていたい。ちょうど見通しも立ったところだし、オレはいい笑顔で言った。
「どうした? 腹痛いのか?」
なぜか峰山さんに素で心配される。ちなみに峰山さんが作った料理は後でスタッフが美味しくいただきました。
翌日、部室で会った日下さんは明るい表情をしていた。どうにか無事に料理してレポート書けるところまできて、安心したんだろう。オレたちはオレが買ってきた食材を持ってオレが利用申請した料理教室へ行き、調理部の好奇の視線を浴びながらオリジナル版まつりポッペを作った。3回失敗したけれど完成したそれはゆず風味の餅とういろうの中間みたいな地味なお菓子で、マズくはないけどそれほど美味いものでもなかった。
あれだけレシピ手に入れるために苦労したっていう補正があってこれなんだから、誰も作らなくなったってのも納得だ。




