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ぜんぜん違う話の断片その04

 最近定番になりつつあるカラオケボックスの一室。ほどよい密室感。遠く聞こえる他の部屋の音楽。

 向かい合って座る先輩後輩の二人のあいだには、そこはかとない緊張感があった。


「呪いの石の話、先輩ずいぶん活躍してたそうですね」

「ええ。最初は任務がてら気晴らしのつもりだったんだけれど、意外と楽しくて、やりすぎてしまったの」

「これっきりにしてくださいよ」

「もちろん、任務で必要にならない限りは。あんまり私が手を出すと、どうしても私主導になってしまうし。……でも、ただ遊びに行くくらいは構わないでしょう?」

「私に許可したり、禁止したりできると思います?」

「無理ね」


 後輩はテーブルに置かれていたマラカスを手に取り、軽く振る。サリ、サリ、と軽い音がする。


「それにしても。なんで会長にみんなの前で告白させたんです?」


 先輩はウンザリしたようにため息をついた。


「みんなそれを聞くのね。現場で孤軍奮闘してる自分にちょっとしたご褒美があったっていいでしょ。小さな報酬をこまめに設定するのは、モチベーション維持にも有効だそうよ」

「それで、肝心の成果はあったんですか? もしかしたら犯人探しに進展があるかもって言ってましたけど」


 問われて先輩は憂鬱そうに顔をしかめた。


「残念ながら、無関係ってことが解っただけ」


 そう答えて、先輩はテーブルに置いた紙片を手に取る。それは普通のコピー用紙を破ったもので、片面にはひどく読みにくい乱雑な字で“オカ研”と書かれている。そして反対の面には同じく読みづらいカタカナで地名とも、名字とも取れる4文字の単語が書かれていた。


「オカ研といえば原口さんでしょ。何か知ってるんじゃないかと期待していたけれど……」


 呟く先輩の口調には、悔しさが滲んでいた。成果が出せない。それは彼女にとって決して許せるものではなかった。なんらかの成果を出す。出し続ける。それこそが彼女の基本原理であり、名家の傍流に生まれ、中枢の頂点近くを狙ううえでは絶対に必要なことだった。


 先輩は裏に書かれた人名とも地名とも取れる言葉をじっと見つめた。まるでその文字をとおして、書いた人間が見えるとでもいうかのように。


 先輩はこれまで、片面に同じ地名のような人名のようなものの書かれた紙を、他に3枚手に入れていた。いずれも逆面の本文が異なっている。


 最初の1枚は初めて生徒会室へ来たとき、床に落ちていた。そこにはやはり読みづらい字で“次はどこ?”と書かれていた。最初は捨てようと思ったものの、なんとなく気になって取っておいた。ちなみに翌日、校内では不審火が起きた。先輩たちが入学する前にも1度、不審なボヤ騒ぎがあったので、短期間に2回も不審火があったことになる。

 とはいえこの時点で、先輩は紙と不審火を結びつけて考えてはいなかった。


 2枚目は更衣室にあった。荷物を置く棚に折り畳まれた紙があり、何気なく手に取って広げたところ、独特な雑さのある字で“だれ?”と書かれていた。その次の日に、今のところ最後となる体育倉庫の放火めいた火災が起きた。

 そこで先輩は紙と不審火に関係があるのではないかと考え、知っている限りでは一番頼りになる組織の若者向け窓口担当である後輩に相談をしたのだった。

 それ以来、先輩はもう一人の若手隊員となった。そして“協力すれば本家に「優秀な人物である」と口添えしてもらえる”ことを報酬として、後輩の支援を受けながら調査を続けている。


 しかし今のところ、目立った成果はない。せいぜい、紙片に共通して書かれているのが現在から過去までの鶴乃谷の地名ではないこと、生徒や教師、そのほか学校関係者や出入り業者の名前でもない、ということが解った程度だった。


 3枚目は図書室の奥まった書棚の最下段で、2冊の本に挟まれていた。そちらには“ゼッタい知らない”と書いてあった。

 最新の紙片は階段で拾った。何人かに踏まれていたらしく、重なり合う足跡がついていた。


「初めて名詞が書かれてたから、原口さんから何か辿れるんじゃないか期待していたんだけれど……。そっちはどう?」

「やっぱりこの辺りの地名で、当てはまる場所はないみたいです。生徒や教職員、そのほか学校関係者にも当てはまる人はいませんでした」


 後輩は組織の本隊と一緒に、紙の片面に共通して書かれている、人名のような地名のようなものが指すものを特定しようとしていた。しかし、今のところ成果は出ていない。


「こういう紙を拾った人が他にいるかどうかも、まだ見つけてない紙があるのかも不明だし、なかなか厄介ね」


 重苦しい空気。部屋の外から、やたら陽気な曲が聞こえてくる。


「ああ、そういえば」


 後輩が手にしたマラカスをシャランと鳴らして言う。


「原口さんと一緒に、オカルト同好会作ろうとしてた人がいましたよね?」

「表立っては活動してなかったから、ほとんど認知されてはいないけれどもね。いつも思うけど、あなたはよく知ってるわ。今さら驚かないけれど、感心する」

「あれこれ私に教えてくれる人がたくさんいるんですよ。それだけです。それで、どうなんですか? その人が何か知ってるかもしれないですよ」

「もちろんその線も考えてはいるけれど、あの娘は……原口さんよりも、怪しまれずに接するのが難しくて──」


 言葉を切り、メロンソーダを飲む。


「言い方は悪いけれど地味でおとなしいタイプ。でも勘が鋭いし頭の回転は速いし、うかつな接し方をすると余計なことまで読み取られそう」

「先輩がそこまで褒めるなんて、珍しいですね」

「火と水みたいに相性っていうのか、どうも苦手なのよね」


 うなずこうとして、途中で後輩は首をかしげた。


「その人と、そんなに接点あったんですか?」

「それこそ同好会を作ろうとしてたとき。原口さんが署名を募ったり会員募集したり、職員室に直訴しに行ったりしてた裏で、あの娘は私を引き込もうとしていたの。私を仲間にしたところで審査が通ったかは怪しいけれど、そういう着眼点とか、説得しようとしたときの話の持っていき方だとかが、絶妙にやりづらかった」

「けど、もしかしたら何か知ってるかも」

「ええ。そうね。解ってる。なんとか興味を引かない形で近づけるよう考える」

「でも、そのために七不思議を利用するのはなしですよ」

「ま、努力はするわ」


 先輩はそう言うとグラスの氷を口に含み、噛み砕いた。

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