第3の不思議︰逆ラブ地蔵-02
それは昨日の昼休みのこと。オレは圭人と廊下で出会った。
「兎和のやつ、僕がいないとき部室へ行ってるらしいな。大丈夫か? 迷惑かけてないか? あいつ、あれで少し抜けたところあるから」
抜けてるとしたら人としての心とか、そういう部分じゃないかと思う。というか、圭人の目に兎和さんはどう映ってるんだろうか。
オレが即答しなかったことに、圭人は何か感じたらしい。“解るよ”とでも言いたげにうなずいた。
「ま、兎和は誤解されやすい。そのせいでなかなか友達もできない。僕が言うのは変だけれど、仲良くしてやってくれ」
「お、おう」
というわけで、オレはなぜか圭人から兎和さんを背負い込まされたのだった。そこでまぁ、ね。宮華たちに押し付け……同性同士なら親しくなりやすかろうと期待しているわけだ。
宮華たちはほとんど喋れない。と言っても沈黙はオレが気まずいし、二人もますます口を開きにくくなる。
というわけで毎回、結果的にオレがけっこう兎和と喋っていた。
性格なのか俺のことをそこらの石くらいにしか思ってないのか、兎和はなんでも率直に話してくれた。
食べることが好きで、頭を使ってるからかどれだけ食べても太らないこと。
自分は圭人を鶴乃谷の当主にするため生まれてきたこと。それは世界が世界であるのと同じくらい自明で、理由なんてないこと。自分にはそれを実現するだけの能力があり、星高に来たのも圭人が通うからであり、常に圭人の成績や勉強ぶりを見て、それよりやや下回る成績を取ることで圭人に自分への劣等感を持たせないようにしていること。圭人は自分の言うことさえ聞いていればいいのであり、本当は自分以外の人間など不要なのだけれど、それでは当主にふさわしいコミュニケーション能力が育たないから他の人との付き合いを黙認していること。などなどなどなどなどなどなどなど。止まらない圭人語りの数々。
“いい? この世界には私と圭人と、それ以外。この二つしかないのよ”
と真顔で言われたけれど、確かに兎和の世界にはその二つしかないようだった。
もちろん圭人以外のことも話はしたんだけど──兎和さんって独りでラーメン屋とか行くんだ? とか──とにかく圭人絡みの話が強すぎてあんまり憶えてない。
今回もオレと兎和さんのトークを他の二人がじっと聞いて終わりそうな雰囲気だった。兎和さんはいつものように圭人に対するディスとのろけの入り混じった屈折した思いを語っていた。
すると、宮華が幽鬼みたいにゆらりと立ち上がり、呟いた。
「そう……。やっぱり恋にまつわるおまじない……」
「どうした宮華。唐突に」
すると宮華はオレを見た。
「兎和さんの話を聞いて思ったの。やっぱり、恋愛絡みのおまじないの話が一つくらいあった方がいいって。だって、兎和さんでさえ恋愛するんだもの。それだけ誰にでも身近で、興味のある話題だってこと。つまり、それだけ拡散されやすいし、定着しやすい、はず。それに超自然的な存在を出さなくても成立する」
「っても、おまえ恋愛に興味あるか? 身近か?」
「ないし、身近でもない、けど……」
言って宮華は兎和さんと日下さんを見た。二人は首を振る。
「圭人に興味があるだけで、恋愛そのものだとかどうでもいいわ」
「私も、男の人苦手」
気まずい沈黙。
「まあでも、恋愛関係のおまじないなんて星の数ほどあるだろうし、適当にそれっぽいのを拾ってくればいいんだろ? あとはそれをどうやってウチの七不思議に取り込むかっていう……」
「それじゃだめ。そんなのじゃ詰まらないし、わざわざ取り入れる意味がない。数合わせにために入れようっていうんじゃダメなの。やるからにはちゃんとオリジナリティもあって、私たちがやる意味のあるものじゃないと」
「しかし、オレたちにそんな恋愛関係で一般に刺さるような話が考えられるのか?」
考え込む宮華。兎和さんは面白がっているように、日下さんは少し心配しているように、そんな宮華を見守っている。
「よし。じゃあ、今日は恋バナしましょう。恋バナ。まずはそれで私たちにどれくらいの恋の引き出しがあるのか判るはずだし、やってみれば恋愛に興味が湧いてくるかもしれない。どう? やってみたら案外楽しいものなのかも。少なくとも、楽しさの片鱗くらいは見えるんじゃないかしら」
ここにいる誰もこれまでに恋バナなんてしたことない前提で喋っているが、たぶん間違ってない。オレもエロ話はしても、ガチの恋バナなんてしたことない。というか、なかなか男同士でそんな話しないよなぁ。
そこでオレは兎和さんと日下さんの様子をうかがった。どう考えても恋バナしたいなんて思わないだろう二人だ。
「恋愛の話、いいんじゃないの? 七不思議がどうこうは解らないけれど、トークテーマがあれば宮華さんたちも話しやすいでしょうし、さっきまでみたいに黙って座られてるよりは私としても呼ばれて来た張り合いがあるんだけれど」
ただの正論だった。兎和の口調は淡々としていて、表情もいつもどおりだ。
宮華は一瞬だけ渋い顔をすると、うなずいた。
「それもそう、ね。日下さんはどう?」
「私、は。うーん。まあ、いいけど……そんなに話すこと、ない、気が、しないでもない」
兎和がオレに何か目配せしてくる。が、何を伝えようとしてるのかよく解らない。もしかしたら意味なんてなくて、たんにオレを宮華たちと分断しようとしてるだけかもしれない。
だとするなら、それは無駄だ。なんせオレたちの間には断ち切るようなキズナなんてない。……自分で言ってて否定しきれないところが怖いな。
「じゃあ、まず最初は」
そこまで言って言葉に詰まる宮華。
「無難なところで好きなタイプとかでいいんじゃないか?」
「無難なの? それ」
「知らん。けど、よく漫画とか小説の恋バナしてるシーンで出てくるだろ」
こうして地獄の恋愛トークがスタートしたのだった。
 




