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白夜

 ――― (せつ)は貰い受けた。 朔夜(さくや) ―――


「無事に着いたようで残念です。それにしてもあなた様の郷里は随分教養が無い文をお書きになりますのね」


 嫌みと(さげす)みの言葉は気にとめず、暴かれた自分宛の文を受け取る。

 反応の悪い白夜(びゃくや)に飽きたのか、妻は挨拶も無しに部屋を出て行った。


此方(ここ)に来て、初めて返事を貰ったな」


 雪に託した文を読んで全てを理解してくれたのだろう。簡潔な返事が、その全てを肯定してくれた。


 白夜が出し続けた季節の便りに、朔夜は一度も返事を寄越さなかった。


 自分は怒っていて、絶対に許す気は無いという意味の表れに白夜はいつも安堵していた。息の詰まる生活で、朔夜との文を通じた意識の確認だけが白夜の数少ない安らぎとなっていた。


 自分は忘れられてはいない。

 いつか帰ったら、どうやって償おうかと考えるだけで心が凪いだ。


 □□□


 その日は突然訪れた。


 自分達の住処は暴かれ火を放たれた。

 (またた)く間に火は燃え広がり、屋敷から次々に下男下女が逃げ出した。

 しかし待ち構えていた侍の矢で次々に鬼達は仕留められていった。


 前兆はあったのだ。


 住処としていた山は、周辺に人が住みだし切り開かれた事で力を失っていった。

 山に住んでいた鬼達は生きていくための養分を山から採ることが出来ず、仕方なく食べ物を口にするようになっていった。

 白夜が不本意な形で紅里(べにのさと)の長になった時には、既に食べなければ生きていけない鬼と土地へと変化して久しかった。もっと山奥に移動しなければと言ったところで、もはや山との繋がりが薄れた鬼には理解して貰えなかった。


 そうして悪戯(いたずら)に時間だけが過ぎていった。

 表面上は何も変わらなく見えたが、徐々に末端に変化が訪れていた。

 飢餓(きが)(あえ)いだ鬼が、人を食って永らえ始めていたのだ。


 人間とは純度の高い生物だ。それを一度口にしたら魅入られ欲して止まらなくなる。

 禁忌(きんき)を破った鬼は、もはや元々存在した鬼とは別ものとなる。理性を失い、欲を抑えられず、次から次へと人を(おそ)い喰らう化け物になっていく。体は中から(むしば)まれ、いずれ朽ちてしまうのに止められない。


 一度でも踏み込んだら取り返しの付かない一線は、衰退して久しい一族をあっさりと飲み込んでいった。少しなら大丈夫とばかりに、一人捕まえてはチビチビと皆で分け合っていた。

 その悪行を知らずに過ごしていたのはごく(わず)かであり、大多数は何か崇高(すうこう)な行いかの如く、その行為を正当化する始末だった。


 白夜が長に収まったところで、紅里は滅びる運命を逃れることは無かったのだ。


 燃えさかる炎と、怪我をした自分の足を見下ろしクソっと地面を殴る。


 何のために自分はこんな所で命を落とさねばならないのか。


 死ぬ前に一目で良いから、会いたかった。


 目を閉じて、思い浮かべるのは自分を送り出してくれた朔夜の顔だった。待っていると言っていた。

 一緒に居るはずの雪は、やはりどこかおどおどとした子供の姿だ。


 ――― 帰りたい。


 ずっと考えていたのに、踏ん切りが付かなかったのは、一目で気に入った雪の母親とその縁者(えんじゃ)を見捨てられなかったからだ。

 白夜を(とど)める原因になった妻は心優しく、けれど(もろ)い人だった。

 白夜を見る度に謝罪し、影で涙を流していた。笑顔にしてあげたかった。

 最後まで、ごめんなさいと謝りながら()ってしまった人。


 思い出して嫌になった。自分は誰一人幸せに出来ていないではないか。

 やれやれと膝に力を入れて立ち上がる。

 ここで死ぬのも、道中野垂れ死ぬのも然して変わりは無い。運が良ければ辿り着けるだろう。


 白夜は自分の故郷の方角に体を向けて、よたよたと歩きだした。


 直後、背中で声がした。


「お父様、助けてくださいませ」


 それは、自分のもう一人の娘の声だった。

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