012
これは後日談、というか地獄に落ちた後の話。
眠りから覚めた俺を出迎えたのは、見知らぬオッサンだった。
「……目を、覚ましましたか? ○○さん? おい! 主治医を呼んで来い! 何ぃ!? 今八百屋に行ってる? 何してんだあの人は!?」
あまりの騒々しさに目を開けば、そこは病院の一室のようだった。
「助かったんですよ、○○さん! 運よくロープが切れて、その後に近隣の方々がここまで運んでくれた! 本当に運が良かったよ、アンタ!」
未だ、状況が飲み込めない。
けれど、ぼんやりとした意識の中で、思考を巡らせた。
――俺は、生き返ったのか?
□□
夏は過ぎ去ろうとしているというのに、その日は真夏のように暑い日だった。
インターフォンを押すと、扉を開けて一人の女性が出迎えてくれた。
「……よく、来てくださいました」
「……お邪魔します」
玄関で革靴を脱ぎ、フローリングの廊下を通って居間に案内される。
出されたお茶の礼を告げると、女性は話を始めた。
「本当によく来てくださいました。瞳も、きっと喜んでいます」
「そうでしょうか? むしろ、疎まれているかもしれません」
「まさか、あの子に限ってそれは無いでしょう」
「そう……ですね」
確かに、笹森なら軽い皮肉くらいは言いそうだけど、それも本音ではなさそうだ。
「他の方のところにも、もう?」
「はい、今日はここが最後です」
「またこってりと絞られましたか?」
「……ですね。でも、最近はいろいろな話をしてくれるようになりました」
そう、最近は心を開いてくれている気がする。
笹森の家は母子家庭で、一人残された母親は初めから俺を受け入れてくれた珍しい人だった。
今もこうして最後に立ち寄ることで、ひそかに日々の心の支えになっていた。
古森の父親は工務店の代表ということもあり、やはり強面で初めは恐ろしかった。
だけど、話しているうちに打ち解けて、今日も古森のことを話してくれた。
古森が本土の高校で野球したがっていたのは知っていたけど、どうやらそれを断念しようとしていたらしい。
それは友達や家族を裏切ることを恐れていた、古森らしい話だった。
心ちゃんの両親は俺を激しく非難した。
それを受け止めて謝罪しているうちに、彼らは俺を許してくれた。
なんでも、つい昨年心ちゃんに弟が生まれていたらしい。
名前は心太。ところてんじゃなくて、しんただ。
名前の由来は、心ちゃんでも簡単に書けるように簡単な漢字にしたらしい。
心ちゃんが習字に『心太』と書いたのも、初対面で俺をしんたと呼んだのも、この弟あっての事だった。
圭人と世良さんの両親からは、まだ許しをもらってない。
ただ、近隣の方から聞いた話によると、圭人がピアノを弾き始めたのは世良さんがきっかけで、どうやら圭人の告白相手も世良さんらしかった。
蒼士の家庭は、蒼士と祖母の二人暮らしだった。
決して裕福ではない家庭で、昔から蒼士には迷惑をかけたと言っていた。
また、蒼士は古森の野球仲間で、古森が島を出たいと言ったとき、蒼士も誘われていたらしい。
けれど、家庭の事情から断念。それでも古森を快く送り出したかった蒼士は、古森のために劇を企画したらしい。
……まだ、正直生き返ったという感触は無い。
正直、あんな鮮明な幻を見せられた後では、これも地獄だと言われてしまえば納得するしかない。
でも、別にそれでもいいのだ。
アイツらにはそれぞれ希望があって、未来があった。
それを知れただけでも、俺は幸せだった。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「……あ、○○さん。これ見てもらえますか?」
去り際、そう言って笹森の母親が取り出したのは、一冊のノートだった。
「瞳の部屋にあった、瞳が作った色々なお話を書き留めたノートです。全然知らなかったんですけど、瞳は劇をする前からこういうものを書いていたみたいで」
「……どうして、これを俺に?」
「私はこういったものに詳しくないので、私よりも○○さんに読んでいただいた方が瞳が喜ぶと思って……ご迷惑なら、受け取って頂かなくても――」
「いえ、ありがたくお借りします。読み終えたら、また必ずお返ししますので」
笹森の母親に深々と頭を下げ、俺はその場を離れた。
□□
晴れ晴れとした青空が、俺を見下ろす。
風が、熱をはらんだ俺の首筋を撫でた。
「まったく、大した地獄だよ」
こんなに空が青いなんて、地獄にはもったいない。
「何が、後悔する、だ。何が、私は嘘は吐きません、だ。この嘘つきめ」
もしかすると、今もどこかでアイツは見ているかもしれない、
だから、ほんの少し大きな声で、言ってやった。
「――もう、後悔なんてしねぇよ」
最終話まで読んでいただきありがとうございました。