011
「その吐きそうな顔を見るに、思い出されたようですね。ご自身の過去を」
「……ああ」
「であれば、もう早速話を切り上げて本題に行きましょうか」
「……いや、聞きたいことがある」
そうだ、確かに思い出した。
どうして俺が地獄に行くのか、その理由を。
でも、その上で知っておきたいことがある。
「死神の仕事だなんだのって俺がやったことは、幻ってことでいいんだよな? そう仮定して聞かせてもらうけど……この世界で俺と話したアイツらは、本物のアイツらなのか?」
本物のアイツらなら、俺は一体どんな顔してアイツらと話してたのか。
アイツらは、そんな俺を見てどう思っていたのか。
「お察しの通り、あれはただの幻です。そして残念ながら、彼らは彼ら本人でもありません。ただ、彼らの記憶をトレースしたので、言動や思想は全く同じですが」
「言動や思想は、同じ?」
「要するに、彼らが口にした希望や絶望は、生前の彼らが抱えていたものと同じという事です」
「――なら、俺はまたアイツらを……」
「それは違うでしょう」
黒猫の姿のままで、死神は首を振る。
「ハッキリと言いますと、この世界は貴方の贖罪のために作られました。未来ある若者を前にして、どうして貴方があのような馬鹿な行動をしたのか。その罪を知らしめるための演出です。ですから、彼らの生死は貴方には関係ない」
「ただ、私は知ってほしかった。彼らにも未来があったことを、彼らにも絶望があったことを。貴方がそれを知らないままに、どれだけ愚かなことをしたのかを。……貴方は、もっと彼らを知る努力をするべきだった」
……なんだよ、それ。
あの日、あの瞬間に、アイツらの事を知る方法なんか無かった。
あの時点で、アイツらを助けなければならない理由が欠けてたんだ。
それとも何か? あの日よりももっと前にアイツらと知り合っておいて、アイツらの事を知っておけば良かったって?
それこそ無理な話だろ、誰にもあんな自身が来るだなんて予想できなかったんだから。
……いや、でもまあ、仕方ないのか。
全部、死神の言う通りか。
あの日、俺自身があの光景に怯えて、アイツらの救出よりも自分の避難を優先した時点で、俺の罪は確定していたのか。
ああ、クソ。悔しい、悔しいよ。
でも、後悔出来た。だから、自己満足だろうけど、少しは気が晴れた。
死神は言ってた、仕事を手伝えば、天国に行ける権利をくれるって。
それは裏をかえせば、地獄に行ったって良いってことだ。
なら、俺はそれでいい。
――地獄に、行くんだ。
「お覚悟、決まったようですね」
「ああ。……いや、もう一つだけ、いいか?」
「構いませんよ。気の済むまでご自由に後悔してください」
「アイツらを見捨てたことが俺の罪なら、俺はどうして死んだんだ? 寿命か?」
「――――」
俺の問いを聞いて、死神は言葉を失った。
そして一瞬怒ったような、哀れんだような表情を浮かべて、俺を見た。
「貴方のあの瞬間の判断は、賞賛に値する」
「……え?」
「貴方があの子たちを見捨てたおかげで、彼らを取り囲んでいた、まあおそらく親族でしょうね。彼らの命が救われた。故に、あの瞬間の判断に関して、貴方の行動を称賛する。それが天界の判断です」
「は……はあ? どういうことだよ? あれが原因で、俺は地獄に落ちるんじゃないのかよ?」
「違います。あの瞬間の貴方の判断は、最善とは言わないまでも『正しい』ものだった。……けれど、その後の行動が良くなかった」
真剣な面持ちで、死神は言った。
「――貴方は、自殺したんですよ。彼らを見捨てた、罪の意識のあまりに、その首を吊った。初めてこの世界に足を踏み入れた時、貴方は喉の渇き、もとい首に熱い感覚があったでしょう。それは自殺の後遺症です」
死神に何もかもを語らせて、その時になってようやく、俺はすべてを思い出した。
彼らを見捨てたことで彼らの親族が助かったものの、当然彼らの親族から非難されたのだ。
そして馬鹿なことに、俺はその罪に耐え切れず、首を吊った。
――死んだのだ。
「泣いて、いるんですか」
死神に指摘されて、頬に涙が滴っているのに気が付いた。
熱い熱い、涙だった。
「もっともっと、アイツらの事を知れば良かった……。今みたいに、アイツらの事を知っていたなら、俺は絶対に自殺なんてしなかったのにっ、たとえ許されたとしてもっ、死ぬまで謝って、死ぬまでっ! アイツらの分まで生きたのにっ!!」
「そうでしょうね。今まで、この世界に入る前からも、私は貴方を見ていました。だから、貴方がそういう人だという事は分かっています。……だからこそ、知ってほしかった。貴方の取った行動の愚かさを」
ああ、クソ。――死にたくない。
まだ、死にたくない。まだ、アイツらに謝れていない。
アイツらの未来を奪ったことを、後悔しきれてない。
このままじゃ、死んでも死にきれない!
「……残念ながら、貴方はもう、死んでいます。それだけはもう、どうにも取り返しがつきません。嘘ではありません。希望もありません。私は嘘は吐きませんから」
「……もう、終わりなのか?」
「終わりです。さあ、決めましょう。貴方は、天国と地獄、どちらに落ちますか?」
「……地獄で、いい」
「本当に? 地獄は貴方が思っているほど、生易しいものではありませんよ? 今なら天国へ行っても、誰も貴方を責めません。それでも地獄に落ちるというなら、貴方はきっと後悔しますよ?」
「後悔……か。上等だよ、後悔出来るなら、そこは案外悪くないってたった今思い知ったところなんだ」
「……そうですか。分かりました。では、ここに来た時と同じように、目をつむってください」
死神に言われた通り、目をつむった。
そうしてまた思い出す。
生前の俺は、罪悪感に押しつぶされそうになっていて、夜もまともに眠れていなかった。
この世界に来た時に、久しぶりに安らかに眠れたような気がしたのは、きっとそれが原因だったんだろう。
そうして、俺は眠りについた。
死という、永遠の眠りに。
「……ああ、まったく。死ぬっていうのにそんなに笑って死ぬ人がどこにいるんですか」
そんな死神の軽口を耳にして、また俺は僅かに笑ったのだった。




