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本日中に完結します。

 


 七月十二日は、うだるような真夏日だった。

 梅雨は過ぎ去り、からっとした暑さが島を覆っていた。


 けれど、島民たちはそんな暑さにも拘わらず、みな足並みを揃えて一つの場所に向かっていた。

 そう、なんでも今日は島内の学校の生徒が体育館で劇を披露するらしいのだ。


 駐在としてこの島に派遣されていた俺は学校の要請で、劇中の警備を任された。


「ったく、あっちいな。こんな気温で体育館にあんな人数が入って大丈夫なのかよ」


 愚痴もほどほどに仕方なく仕事をこなしていく。

 とはいえ島内の人々は大概が知り合いで、不審者なんているはずも無く。

 校門を通り過ぎていく人々に挨拶していると、刻一刻と時間は過ぎていった。


 時刻が午前十時を過ぎたころ、体育館のアナウンスが耳に届いた。

 そのアナウンスが聞こえたということは、劇が始まることを意味していた。


 ならば、いつまでも校門に立っていても仕方無い。

 むしろこの気温だ。体調不良者がでてもおかしくはない。

 外で居るかも分からない不審者を警戒するよりは、体育館の中でそちらの対応をするのが優先だろう。


 ……なんて建前を考えながら、俺は実質日差しを避けるために体育館に入った。


 体育館の中は、どうしてか思いのほか快適だった。

 扇風機だけでどうしてここまで涼しいのか、と考えて、ふと冷気が送られてくる元手に目をやれば、そこには大量の氷を運んできている、なかなかのドヤ顔を決めた製氷店のオヤジがいた。


 良い仕事してるぜ、あのオヤジ。

 夏場になると売り始めるかき氷がまた美味いんだよな、あの店。


 そんな他愛ないことを考えているうちに、舞台上の幕が上がる。


 そうして、島民待望の劇が始まる――はずだった。



 ――ズドン、と、腹の奥底辺りを強く殴りつけられたような衝撃が、会場にいた全ての人々に伝わった。



 続けて、ガタガタと自分の足が震え始める。周囲にあった物もガタガタと震え始めて、遅れて震えているのが自分の足ではないと気が付いた。


 どこからともなく沸き上がった揺れに、人々は本能的な恐怖を感じる。


 その恐怖を感じて、ようやく俺は理解した。たった今、地震が起きたのだと。

 そして今から、さらに揺れの強さが加速していくことも。


 落ち着け、俺は警官だ。

 駐在所に入って以来事件と言う事件は無かったが、今まさに俺が動かなくてはいけない。


 体育館の強度がどの程度かは分からないけど、津波を警戒するなら校舎の二階以上に避難しなければならない。

 幸いにも島民の大半はこの会場に居る。落ち着いて対処すれば時間はあるはずだ。


 揺れが収まるのを待って、俺が先導して島民を避難させようと立ち上がって――、


 ガタン、と、重い何かが地面に叩きつけられた音を聞いた。

 悲鳴が、上がった。


 最悪が、脳裏をよぎった。

 音がしたのは、生徒たちの立つ舞台の方だった。


「――っ!? 皆さん、校舎まで避難してください! 慌てないで、落ち着いて、時間はまだあります!」


 幸か不幸か、静まり返った会場内に俺の声が響く。

 状況を飲み込めた者から、歩いて校舎の方へと避難を始めた。


 よし、それでいい。

 後、問題なのは……。


 頼りになる方に避難の先導を任せて、俺は舞台に駆け付けた。

 舞台の周りには、まだ避難していない人々が舞台を囲んでいた。


 人々の合間をすり抜けて、俺は初めて舞台を直視した。


 ――鉄骨が、生徒たちの上に落ちていた。

 鉄骨と呼んでいいのかは分からない。照明の部品なのかもしれない。


 ただ、ハッキリとしていたことは……それは、まだ幼い生徒たちの体で受け止めるには、あまりに大きすぎた。


 血が、流れている。

 助けを呼ぶ声は、もはや聞こえない。

 生きているのかどうかさえ、怪しい。いや、その時の俺の見立てでは、生きているとは思えなかった。


 ――だから、俺は彼らを見捨てた。

 ――まだ先の長い、生きるはずの六つの命を、見捨てた。


 それが、それこそが、俺の罪――、



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