第18話 平穏な日々と、凶報
【第1章のあらすじ】
※第2章から読まれる方向けです。第1章を読んでくださった方は飛ばしてOKです!
100万人に一人の天才的な頭脳、<天の叡智>をもつエルフの魔法大国アストリアの姫君、リリィ=フィンディールは、魔界戦争から逃れるべく転移した秋葉原で、燻ぶったニートの青年・結城学人に拾われた。
六畳一間での共同生活、そして異世界からのオークの追手の撃退を通し、二人の関係性は徐々に変化していく。
再度迫るオークの襲来に備え、リリィは学人から得たRPGの知識に着想を得て、新たに火炎魔法を開発する。
一方で、学人は、リリィから伝授されたオーク知識をもとにパターンを分析し、RPGの経験を生かしてバトルの指揮をとる。
二人は協力し合い、今度こそ完全にオークを退けることに成功した。
外の世界へと一歩踏み出す勇気を得た学人は、一度は諦めた大学受験に再挑戦することを決意する。
リリィは異世界コンセプトカフェ【カフェ・あるかでぃあ】で姫系リアルエルフ店員としてアルバイトを続けながら、<天の叡智>を活用して、学人の勉強をサポートすることに。
その間、異世界では、オークの黒幕と思われる謎の影・”ヴェルザーク”の正体を掴まんと、調査が進められていた。
リリィはその正体に一抹の不安を抱えつつも、再び訪れた束の間の平穏を謳歌していた。
「「乾杯!!!!」」
リリィと学人は、ビールの入ったグラスを合わせ、軽快な音を奏でていた。
「くぅ~!!! 久しぶりの酒、沁みるぜ……!」
「マナト、本当にお疲れ様じゃ。よく頑張ったな」
目を閉じて久方ぶりのビールを堪能する学人に、リリィは優しく微笑みかける。
この日、二人は、長かった受験勉強、そして第一志望の大学の入試本番を終えた学人の慰労会をしていた。
「まだ、結果わかんねえけどな。でも、ここまで来れたのも、全部優秀な家庭教師のおかげだよ」
学人は晴れやかな顔で笑う。
しばらくぶりに見るその屈託のない笑顔に、リリィの胸はとくんと高鳴った。
出会った頃の学人は、今と変わらず心根は優しかったものの、すべてを諦めたようなやさぐれた目をしていた。
一度失敗した大学受験に心を折られ、宅浪とは名ばかりの、毎日酒と煙草に溺れる自堕落な生活を送っていた。
その学人が、再び受験に挑戦すると言ったときには、少し驚いた。
”俺には魔法は使えないけど。……『知識』を武器にして、俺なりに外の世界で戦っていきたいんだ”
力強くそう言う学人に、リリィもできる限りのサポートをすることを約束した。
それからというもの、学人は毎日のように嗜んでいた酒を禁じて勉強に励み、短期間で目覚ましい成績向上を見せていた。
そして、今、こんなにも輝く瞳で、達成感に満ちた笑みを浮かべている。
彼のこれまでに思いを馳せ、リリィの胸には、ときめきとは別の、じんわりと熱い気持ちも湧き上がっていた。
「そんなことはない。マナトは諦めが早かっただけで、元々頭は悪くないのだ。……何せ、お主はリリィ専属の軍師・<神の盤上師>なのだからな」
「……それ、小っ恥ずかしいからやめてくれよ。さすがに厨二す……」
<神の盤上師>というのは、オーク討伐時の学人の指揮を称えて、リリィが授けた称号である。
”厨二すぎる”と言いかけて、学人は口をつぐんだ。
リリィのネーミングセンスを否定するのも悪いと感じたし、何より、そんなことを言ったらリリィの<天の叡智>も、十分厨二だからだ。
言わぬが花。リリィの傷つく顔は、見たくなかった。
当のリリィはきょとんとしていたが、不意に何かを思い出したかのように部屋を出ていった。
「マナト! よいものがあるのじゃ。ほら!」
戻ってきたリリィは、「マナトくんお疲れ様」というプレートの乗せられた、ホールケーキを手にしていた。
「わ、すげえ! これ、もしかして【あるかでぃあ】の?」
「そうじゃ。皆もマナトを労いたいと、こっそり用意していたのじゃ」
リリィは喜ぶ学人の姿を見て満足げに微笑む。
学人と、彼女の働く異世界コンセプトカフェ【あるかでぃあ】の面々とは、すっかり顔馴染になっていた。
特に、魔女っ娘メイド店員のユウカは、オークの襲撃後に学人に護衛してもらって以来、彼に気がある様子だった。
「……それから、これも預かっている」
先ほどよりも少し声を低くして、ややむすっとした顔でリリィが何かを差し出す。
それは、ユウカから学人へのプレゼントだった。
ユウカは今日の慰労会にも顔を出したがっていたが、リリィは「マナトの部屋は狭いから」とかなんとか理由をつけて、それを押し返していた。
「おぉ、日本酒! さすがユウカちゃん、センスいいな。お礼しとこう」
学人はリリィの気も知らず、ユウカからのプレゼントにはしゃぎ、いそいそと連絡をし始めた。
どうやら、彼の鈍感さは健在のようだ。
リリィは本格的にむくれて、グラスに残るビールを意気に流し込んでいた。
気高き姫君がビール煽るその様子は、アストリアの民が見たら卒倒ものだろう。
◇
そんな平穏な日常に影が差し始めたのは、宴もたけなわ、そろそろ寝る準備をしようかという頃だった。
不意に、リリィの持つ銀の魔鏡が通信の反応を示した。
この魔鏡は、異なる世界との通信や、自身の思念や映像の記録ができるという、異世界の優れ物である。
「Herinya Lirilissë, Ná henta.」
<リリィ様。ご報告がございます>
通信してきたのは、アストリア王国・リリィ姫直属の従者、フィグ=ヴェルデンだった。
やたらと神妙な彼の表情は、先ほどまでの楽しい時間から一転、二人に緊張を走らせた。
「I morna hesto i urcoron “Verzarkë” ná hlarna. …“Verzarkë” ná…」
<オークの黒幕・”ヴェルザーク”の正体が分かりました。……”ヴェルザーク”は……>
フィグは声を詰まらせている。
リリィは胸騒ぎが止まらなかった。
――どうか、違いますように。
心の中で祈りながら、フィグの次なる言葉を待つ。
フィグは相変わらず声を詰まらせ、身を斬られるような顔をして、唇を震わせていた。
彼のその様子が、リリィの胸騒ぎをさらに大きくさせた。
心臓が、どくんどくんと脈打つのが聞こえる。
それは、先ほどまでの心地よい高鳴りではない。吐き気を伴う、不快な脈動だった。
フィグは、緑色の瞳を辛そうに伏せたままだったが、ついに意を決したように深く息を吸いこみ、震える唇で一息に言った。
「......“Verzarkë” ná Hiril Eriol.」
<…………”ヴェルザーク”は、エリオ様でした>
「エリオ」という名前を聞いた途端、リリィは目の前が真っ暗になり、力なく床にへたり込んだ。
全身が震えている。まるで心臓が凍り付いてしまったかのように、あんなにもうるさかった鼓動がぱたりと止んだ。
彼女がずっと頭の隅に追いやろうと努めていた嫌な予感は、不幸にも的中してしまった。
エリオ=フィンディール。
それは、リリィが敬愛する、兄の名前だった。
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